24、条件
「うう、お腹が痛い。」
ここは?私どうなったんだっけ?
「えっと…ネアを送り出して…それから変な男が。寒ってなんじゃこりゃー。」
自分の格好を見てびっくりするシルクの生地の赤いキャミソールのワンピース。ネアのより丈が短く、下着も物凄く寄せてあげるブラなのかめちゃくちゃな谷間がある、しかもパンツはティーバックタイプ。
「な、ななななな。なんで。」
そして檻にいれられている。大型犬が入る位の。バッグは檻の外にある。部屋はとても広く教室位あり壁中に様々なエスニックな布がはりつけてあってどこが窓か分からない。3人は座れるであろう革張りの豪勢なソファとローテーブル、お酒が並んでいる棚、簡素な木の椅子のみ。
だ、誰か入ってくる。近くから足音がして扉の方を見ると扉からガチャガチャと鍵の音がして昨日の男が入ってきた。
「おはよー姉ちゃん起きたん?お腹がごめんな、大丈夫?着替えさせた時にはもう痣になってたわ。ごめんな。いつもやったら女の子には絶対に手はあげへんねんけど姉ちゃんはちょっと特別やったから、ごめん。」
優しい声だけど全然心配してない。昨日の格好のままだけどサングラスじゃなくておでこから鼻までの黒い仮面を着けている。
「あれなんで返事せえへんの?」
あんたが喋るなって言ったよなぁ。
「服剥がれたくなかったら喋りや。」
怖い!びっくりする程怖い!
「おい聞いてんのか?」
檻を覗き込んでくるので仕方なく返事をする。
「ええ、聞いてます。」
「可愛い声やねんからすぐに聞かせてな。あっでも魔法は無し、外にいる奴に女が一人で出てきたら有無を言わさずに殺せって言ってあるからよく考えて行動しーな。」
ニッコリしてる。こいつ腹立つがやっぱりあの人だな。
「そんな事よりもう朝なんでしょう。早く出勤すれば?守衛さん。」
「あらすぐに気が付いたねー。でも残念、今日は休みやねんなー。今日はずっと一緒にいよなシャロン。」
仮面を取るとやっぱり昨日の守衛の若い方だ。守衛の時とえらい違いだがあのニッコリで分かった。私にもう一度ニッコリとするとまた仮面を戻した。
「姉ちゃんは人、探してるやん?昨日は嘘ついてんけどこっちは知ってるねん。」
デイビッドさんの写真を檻越しに私に見せる。バーテンダーさんも知ってた。デイビッドさんこの街で何をしてるんだろう。
「それでさ何日かしたら、会う約束してるけどどうする?」
「会う約束?」
「いつか分からんけど近いうちに寄るって連絡がこの前きてそろそろくる頃やねん。この男はたまーに人を連れてきて置いていく。俺はそいつにチョコをあげる。」
「………。」
こいつ……。あのチョコレートやっぱり何か薬が入ってるんだな。あのバーテンダーさんもそうだしネアも住人もいっつもチョコを食べてるし。
「そしたらそいつはチョコが喉から手が出る程欲しくなって住人になって働いてくれる。働いてくれへんかったらお金に変える。」
「人身売買って事?」
「まあ…そうかな?」
ニコニコと怖い事を言うこの男が恐ろしくて仕方ない。
「そんでどうする?一緒に話聞きたい?」
「聞きたいけど、私と彼は知り合いなの。すぐにバレるわよ。」
「ふーん、でもその姿じゃ分からんのちゃう?仮面を着けてもらうし。俺の横にピッタリくっついとけば大丈夫でしょ。」
「分かった。」
「じゃあシャロンの願いを叶える俺の願いも叶えてや。」
こいつ…。
「内容によるわ。私の力を魔法と呼ぶけどあれはなんでもできるわけじゃないの。嘘はついてないわ。」
だって何ができるかも分からないし。
「ええー叶えてやーー。俺の言う事聞かへん奴がおってーそいつが言う事聞くようにしてほしかったのに。」
「ごめんなさい。」
「じゃあ、殺すしかないかな。」
と言った瞬間、扉から慌ただしく男が3人入ってきた。1人は縄でグルグル巻きにされて頭に袋を被っている。2人の男が椅子に座らせて縛り部屋から出て行った。仮面の男が私を檻から出してソファに座らせる。大型犬よろしく内側がフワフワの首輪とリードを着けられる。
「はいこんにちは。」
「おい、離せ!!ぶっ殺してやる!触るな!俺はクラウンと知り合いなんだぞ!おい!」
クラウン?
「ふーーん。でもお前そのクラウンの女をみすみす逃したんちゃうん?」
「違う!あれは横から変な女が入ってきて。」
こいつあの時の!仮面の男がシーッと人差し指を口にくっつけたのでそのまま黙っている。
「えー人のせいにすんの?でもどうするん?逃げた女は?」
「探します!どんな手をつかっても!」
ああ、そういう事か。これは脅しだ仮面の男は婉曲的に私を脅しているんだ。
「ふーーんどうやって?」
「まずあの変な女を見つけます!そして居場所を吐かせます!」
「吐かなかったら?」
「吐かせます!チョコを食べさせ男どもを使えばすぐに吐くでしょう。」
私は血が滲んでもお構いなしに唇を噛む。そうでもしないと怒りが爆発しそうだ。仮面の男が私の唇を舐めて耳元で囁く。
「シャロンどうする?こいつこんな事言ってるけど。」
そしてニッコリと私を見ている。悔しいけど私に何ができるのか……。
「でもさそもそも逃げる原因を作ったお前にも罪はあるやんなぁ。」
「へ?」
「だってクラウンの女達を守るのが役目やのに、殴って言う事聞かせてたやろ?クラウンの耳に入らへんと思っとったんか?」
「そ、それは……。」
「ほんまに言う事聞かへん奴ばっかりやな。お前のお仕置きはどうしようかなー?クラウンに決めてもらうか。」
「そ、そんな…やめてください……。おれ…違うんです…命だけは……おれ…死にたくない…死にたくない……死にたくない……」
そして仮面の男がまた耳元で囁く。
「さあどうする?決めていいで、こいつをどうするか。手ぬるい事したらこいつはあの親子を連れ戻す。それともあの2人の為にこいつを殺すか?そしたらあの親子は一生安全やな。」
「な……。」
目の前の男は叫び暴れて椅子ごと倒れてしまっている。駄目だどうすればいいのか検討もつかない。
「ほらどうするん?」
私の髪を優しく撫でて下に滑らせそのまま腰を掴んで私を引き寄せ耳にキスをしている。駄目だ何をしたって誰かが犠牲になる案しか思い付かない。
仮面の男が私の首輪のリードを掴み椅子ごと倒れている男の隣に座らせる。
「さあどうぞ。ふふふいい顔してるなぁ。」
「な、なんだ?誰かいるのか?おい!」
「お前うるさいから黙れ。」
ぐえっという声がして男が黙る。昨日から暴力しか見ていない。来るんじゃなかった、ケネスを探しに来なければこんな事には……。
「ほらシャロンどうする?」
「ど、どうするって。」
彼を犠牲にするか彼女達を犠牲にするかって事?私は仮面の男を見上げる。彼の望みが分からない。
「うーん何その顔めちゃくちゃ良いやん。仕方ないなぁ普通の女の子に殺しは無理か…。じゃあぜーんぶが上手くいくように俺がしてあげようか、あの子らには手は出さないしこの男もまた街で暮らす。誰も傷付かない。どう?」
「じょ、条件は?」
「ふふーん俺の女になること!シャロンが犠牲になればあの親子とこいつの命は助かる!さあどうする?」
リードを引っ張られて顔を近付けられる。私は仕方なく仮面の男に自分からキスをした。
「よし!じゃあ決まり!おい、こいつを外へ。逃げた女はもういい放っとけ。」
「「はい。」」
さっきの男達が入ってきて男を椅子ごと連れて行った。
「よろしくねシャロン。俺の事はフィンって呼んで。」
抱きしめられてキスをされる。私は悪魔と契約した。
くそーーーーー!でも切り替えて色々探ろう!
「ねえフィンどうして街から出てはいけないの?」
私がずっと疑問に思っていた事を聞く、なんとなく予想はついているが街の人間から答えを聞こう。
「チョコレートしか売るものがないヌーンの街にとって栽培方法や加工方法、何か少しでも情報が外に漏れて専売特許が無くなったら街の奴ら全員、おまんまの食い上げや。だからここで産まれた奴はここで死ぬ。男は栽培、女は加工。でもたまに人が増えすぎる事がある。そうなると職にあぶれる奴が出てきて、体売ったり犯罪に手を染めるしかないんやなチョコレート関係以外の仕事も先祖代々同じ家が継ぐからな。」
「そんなの………。最悪ね。」
「でもそれがここの運命、それがヌーンの街。生まれた時から地獄。逃げ出すことさえ許されない壁に囲まれた街。」
フィンはニッコリと笑っているけどなんだか可哀想に思えてそっと抱きしめる。
「いいやん、そうやって俺に優しくしてくれたら俺も優しさを返すよ。」
バッグを返してくれた。中を確認すると写真が無い位で他は全てある。いやお金はない。おい金返せよ。
「ありがとう。」
「ええよ。さあ昼食にしますか自分結構寝ててもう昼やねん。」
「そうなの?ここは窓がないから分からないわ。」
「ああ、あの布の後ろが窓やで。」
フィンが指差す方向を見る。ふむじゃあ玄関もあっちの方向だ。ヌーンの街は殆どの建物が横にくっついていて建物の形が統一されているのか1階部分の窓は玄関の横、それより高層階は玄関の窓の上で縦に並んでいた。指差した箇所の隣に扉は無いし玄関開けてすぐの部屋をこんなヤバイ部屋にはしないだろう。
「ふっここは3階やで。」
考えてる事、全てお見通しって感じ。だったら私にも考えがある。フッフッフ。
「そう。ねえお腹が空いたわ。何か食べさせてくれない?私の男なら。」
フィンは目を丸くさせてすぐに笑う。
そう私の作戦はフィンに嫌われて捨てられたら街から出られるんじゃね大作戦!!
流石に殺しはしないだろうという願望込みの微妙な作戦ではある。
「急にキャラ変わったけどまたなんか考えてるん?」
「いいえ、私って嫌な女だからいつもこんなもんよ。さあ早くご飯を持ってきて!」
「ふっそれは嫌な女っていうより食いしん坊な女やな。まあ用意してあげるわ。シャロン。」
「ふん。」
この作戦微妙かな、でも何とかぎゃふんと言わせたい。
「美味しい!!!何このスープ!!」
ヌーンの街に来て初めて新鮮な野菜を使った料理を食べたかも外のお店とは味が違う味が。久しぶりにいつもの味に触れ合えて嬉しい!
「これは近くの村と売買した時についてきた野菜を使ってるからな新鮮やし街の野菜より美味いねん。」
「それでか!やっといつも食べてる味で嬉しいわ!私いつもは農業をしてるのよ!と言っても兄に任せきりで少し手伝うだけなんだけど、本当に楽しいの!」
「そうんなんやね、楽しそう。お兄さんが居るんやね。」
いつものニッコリじゃなくて優しく笑うので私も調子に乗ってはしゃいでしまった、恥ずかしい。
「ごめんなさい、はしゃいじゃって。」
「良いのに、もっと見たかったわ。無邪気な笑顔。俺の前に来る女は作った笑顔やから。」
私の手を握ってそのまま指で私の指を掴んで遊んでいる。
「そうりゃそうでしょ。あんたがそうだもの。あんたが作ったニッコリだから相手も作ったニッコリなのよ。」
ヤベッ私ったら。慌てて口を抑えるとフィンがまたニッコリしている。こえっ!
「そうかもね。」
あら、言い返してこず……。
「ごめんなさい。貴方が悪いな奴だからって何を言っても良いわけではないわね。私が悪かったわごめんなさい。」
私が真剣に謝るとフッとふき出しめちゃくちゃに笑う。
「シャロンはちょろいな。ちょっと落ち込んだ風にいればすぐに騙される。だからここにいるんやで。」
そうだけど…なんか…こいつ…。本当に傷付いてそうなのに隠すなんてこんな事で傷付く自分が恥ずかしいのかな?意外と若いのかも、それなのにこんな仕事をしてて自分の感情がもうどんな感じか分からなくなってるのかな。
「フィン…そうね…だからここに居る。」
手を握ってフィンの目を見る。まっすぐに見られると彼は目をそらす。後ろ暗い事があり過ぎるのかそれとも本当の自分が見られるのが怖いのか。
「はよご飯食べ、冷めるで。」
「ええ、ありがとう。」
昔、次々と悪い男にはまる友達がいてその時は分からなかったけど今なら少しは分かるかも助けてあげたい気はする。
フィンと扉の外にいる男がすばやく昼食の後片付けをしてくれた。
「さっき冷めるで思い出したけど、この服本当に寒いの!お願いだから他の服をもらえない?」
「あかんよ、その服じゃ逃げられないでしょ。やからわざわざ着せたのに。」
自分は長袖長ズボンのくせに。
「あんたも着てみなさいよ。この服がいかに寒いかが分かるから。風邪ひきそうだわ。」
「はいはい、じゃあ俺は仕事行くから。」
「さっき休みだって。」
「守衛の仕事はね。じゃあねシャロン。」
パタンと軽い音がして扉が閉まる。あの音じゃ体当たりで開くかもな、外に誰もいなきゃだけど。
「はーあ、ケネスどこに居るんだろう。」
私は深くため息をついてソファに寝転んだ。