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22、ヌーンの街


 目的地だしもう見えているのにどうしても入ろうという勇気が出ない。


「ここは一体。」


 それに明らかに馬の具合が悪くなっている。ここに居続ければもっと悪くなってしまうでも帰りが。ぐぬぬでもこの子は健康なまま返さなくては……。積んでいた餌を食べさせて決断する。


「ここまでありがとう。戻れ。」


 馬は力をふり絞って走っていったが遠くまで行くと元気を取り戻してあっという間に見えなくなった。

 ここから家まで歩きだと一日中歩いてやっと辿り着くだろうというレベル。


「さあもう後戻りできなくなったぞ。進むしかない。」


 よく見ると壁の近くに宿がある。何故街の外に?でも何故かあそこに泊まる方がいい気がして急いで前まで行く。近付くと意外と大きい建物だ。3階建てかな。


「ごめんください!」


「はいよ!いらっしゃいませ!」


 声がよく通る威勢がいい女性が階段横の受付に座っている。


「すみません、10日程、泊まりたいのですが。」


「じゃあこれで!」


 スパッとまっすぐに顎のラインで切られた赤い髪を振り乱して算盤をはじき、見せられた額はとても高い、が値切って断られて路上で眠る事は避けたいので素直に払う。


「はい、お願いします。」


 木のコイントレーに置いたがお金を受け取ってくれずにまじまじと上から下まで見られる。

 しっかりと結ったお団子頭に白いワイシャツ、ルークから借りたストレートの黒いズボン、膝が隠れる長さの黒いヒールなしの乗馬ブーツ。それに大きな麻袋を担いでいる。完全に田舎から出てきた家出娘に見えるだろう。


「アンタお上りさんかい?」


「そうです…多分。」


「ここでボラれてたら中じゃ裸にされるよ。」


「優しいですね。でも早く休みたかったので苦渋の決断でその額に応じました。」


「アンタ交渉する気ゼロだね。面白い。アタシはアリカ。料金はこれで良いよ。」


 とコイントレーに乗っていたお金を三分の一程返してくれた。でもこの人は良い人だから恩を売っておこう。


「私はシャロンです。お姉さんご忠告ありがとうございます。でもこのお金は受け取ってください。田舎娘に教えてくださったお礼です。」


「そうかい、じゃあもらっておくよ。朝食付きで時間は7時から9時まで。風呂は男女別の浴場のみで朝は5時から10時。夜は17時から1時まで。食堂も浴場も1階にあるから。この目の前の玄関扉は夜の12時には閉めるけど玄関の鍵と部屋の鍵をセットで渡すから失くさずにチェックアウトの日に返してね。部屋の清掃は前日までに言ってくれたら入るから。」


「はい。」


「アンタの部屋は205、一番奥、2階は女性しか泊まってないから安心だろ。何かあればフロントまで。ここね。」


「ありがとうございます。ちなみに部屋数は幾つなんですか?」


「201から205と301から305の10部屋だよ。」


 言い終えると鍵をくれた。木の札に205と彫られていて5の横に穴がありそこに紐が結ばれておりその紐に鍵が通されている。金と銀の鍵だ。


「ありがとうございます。」


「金が部屋、銀が玄関ね。アンタの部屋は階段上がって左ね。」


「分かりました。ありがとうございます。」


 建物の中央に階段があり右に2部屋、左に3部屋という建物だな。壁紙は白一色だけど扉の色が全て違う色でカラフルで可愛い。205と書かれた金のプレートがネジで扉の中央に固定されている紫の扉を金の鍵で開ける。中はとても綺麗でむせ返るようなチョコレートの甘い匂いがまだましだ。入ってすぐにある扉はトイレ、奥に進むと一人用の紫のソファとダブルサイズのベッド、リネン類は白で統一されている。小さめの白樺のキャビネットに同じ木材を使った机と椅子のセットのみ。閉められたカーテンを開けると外が見えるが方向が悪く街の中は見えなかった。もう一度カーテンを閉める。

 麻袋の中から革でできたショルダーバッグを取り出し、二本の聖水と持ってきた全てのお金、ハンカチ、ノート、万年筆を入れる。考え直して三分の二のお金をハンカチに包んで下着に隠す。


「とりあえずお金は肌身離さず全て持っておく。そろそろ情報を探しに中へ行かないと。でもその前に。」


 聖水を一口飲む。なんとなく気分がいい気がする。こういうのは思い込む事が大事だから。またバッグにしまう1l弱入っているので重いがこれも持っておこう。

 他に女性が泊まっていると言う割にはとても静かだ。


「よしじゃあ街へ入ろうか。」


 部屋を出て鍵をしっかりかけて宿を出る。甘い匂いも少しは慣れてきたようだ。


「すみません。ヌーンの街へ入りたいのですが。」


 門番の男が私の上から下まで見て笑う。門番にしては制服も着ていないしまだ昼過ぎなのに酒を飲んでいる。


「おお、姉ちゃん。この街に入るには質問に答えなくちゃいけねえんだ。」


「なんですか?」


「あんたチョコレートを盗みに来たのか?」


「いいえ。」


「よしじゃあ書類を渡すから入っていいぞ。」


「ありがとうございます。」


 書類には名前を記入させられた。旅人と書いてありその下に名前を書いて終わりの簡素な書類。


「この門から出るにはこの書類が絶対に必要だ。これがなければ出られない簡単な話だろう。」


「失くしたら?」


「出られない。」


 おいおいなんて街なんだ。


「これ穴をあけてもいい?」


「は?構わないが?」


 私はショルダーバッグから紐を取り出し、紙の穴に紐を通し首からかけた。


「これでよし。」


「あっはっは。ガキか。でもまあそれなら失くさねえな。じゃあ無事に戻ってこいよ、シャロン。」


「ええ、ありがとう。」


 扉を開けてくれたので恐る恐る入る。入った瞬間、甘い匂いがより一層濃くなってクラクラしそうだ。中は石造りの家が多く何処の家も店も扉の近くにランプをさげている。昼過ぎなのにランプが全てついている、ということは一日中灯りがついているのか。資源があるんだなぁ。

 とにかく話を集めるなら酒場だろう。ブラブラと歩いているとニヤニヤと見られたり顔を背けられたり住人がいやに私を気にしている。


「旅人が珍しいのか?」


 私の独り言に返事が返ってきた。


「旅人が珍しいというよりは綺麗な女の子が旅人の書類を首から下げて歩いているのが珍しいんだと思うよ。」


「ああ、そういう事ね。」


 横を見ると私と同じ位の年齢だと思うが化粧が濃く胸元ががっつりあき太ももの半分が見えている丈のキャミソールのレーシーな薄い水色のワンピースを着ている女の子がいた。


「私、ネア。貴方は?」


「私はシャロン。酒場を探してるの。」


「ああーそう。私の職場の横だから連れてってあげるよ。」


「ありがとう。」


「どういたしまして。ねえチョコ持ってる?私ちょうどきらしちゃって。」


「ごめんなさい、チョコは持ってないけど飴ならあるよ。」


私とルークの手作りのイチゴジャムキャンディを渡す。平たく丸い飴で棒が付いている。


「飴かぁ。」


 残念そうに受け取る。

 この飴は様々な調味料を売っているお店の店主が間違えていつもの十倍の量の砂糖を頼んでしまい困っていると泣きつかれルークと顔を見合わせて悩んだ末に購入に至ったのだが家に戻って、よく考えてみたら砂糖は持つじゃねーかってなった曰く付きの砂糖を使い、水はわざわざ教会の裏から湧き出ている聖水になる前の綺麗な水を汲んできて一日中火傷と戦いながら二人で作った飴だ。楽しくなってきて物凄くたくさん作って教会に持っていきお隣にも配り色んな所からもういらないと言われた曰く付きの………。


「ごめんなさい、でも私とお兄ちゃんが作ったの、美味しいよ。」


 ネアはルークがこれでいいだろって適当に何処からか持ってきたよく分からない包み紙を剝して飴を口に含んだ。その瞬間、ネアは目を大きく見開き私を見た。


「これ何?」


「えっ飴だけど。」


「もう一個ちょうだい。」


「えっええ。」


 私はバッグからオレンジとぶどうと桃とイチゴの飴を出して渡す。


「えっこんなに良いの?」


「ええ、また作れるし。気に入ってくれたのなら良かった。」


「ありがとう。着いたよ。」


「ありがとう、助かった。」


「私は横の建物にいる。名前はモアになる。何かあったら頼って。」


「ありがとう。」


 ネアと酒場の前で別れて中に入る。扉はひどく重く感じるがゆっくりと開ける。最初に目に入ったのは3m位のバーカウンター、中にバーテンダーさんだと思われる人がいる。ラッキーこの人だけだ。


「やってます?」


「ええ、この街の店は24時間開いてますから。」


「じゃあ……。」


 何を飲もうかな。えっとデイビッドさんに貰ったあのワインは……。

 忘れたわ。もういいわ。


「えっとワインならなんでも良いんですけど。」


「じゃあ赤ワインをグラスで出しますよ。」


「お幾ら?」


「こんなもんです。」


 安い!びっくりするほど安い!


「じゃあお願いします。」


「かしこまりました。チョコレートも一緒にいかがですか?」


「街の名産なんですよね?本当に申し訳ないんですがチョコレートは少し苦手で。すみません。」


 チョコレートの入ったクッキーは好きだけどチョコレートだけになるとなんだか苦手。


「そうですか、でしたらチーズをお出ししますね。」


「ありがとうございます。」


 出されたワインを飲む。まあうん、普通だ。不味くはないけどびっくりする程美味しくもない。うん。


「旅人さんはヌーンの街は初めてですか?」


「ええ。」


「へえそうですか。」


 バーテンダーさんは私に興味はないけど世間話はしなきゃって感じだ。若い男性、茶髪の短髪、ガタイがよく筋肉隆々、また制服なし、コップを洗って拭いて直してまた洗っている。この人、本当にバーテンダーさんなのかな?出してくれたチーズをつまんでワインを飲み干す。するとバーテンダーの彼が赤いホイル紙に包まれたチョコを食べた。


「おかわりされます?」


「ええ、カクテルってあります?」


「有名なのならできますね。」


「じゃあスクリュードライバーをオレンジジュース多めで。」


「かしこまりました。」


 いつまでも飲んでいる訳にはいかないけどどうやって話を切り出そう。


「どうぞ。」


「ありがとうございます。美味しい。」


「それは良かった。」


 笑顔で喜んでいる。彼、私が思うより若いのかも。うーーーーむケネスの写真は持っているけど…今切り出すべき?


「おい!こっちにビールを4つ!」


 バタンと騒々しく扉を開ける音と共に50代位の男性4人が入って来た。私を一瞥してテーブル席に座った。

 余計に切り出しづらくなったな。仕方ない帰るか。せっかく作ってくれたカクテルをぐっと飲み干し声をかける。


「ご馳走様でした。お勘定をお願いします。あっウィスキーのボトルを一本ください。」


「用意します!」


「お願いします。」


 全てのお金を払って店を出る。


「ありがとうございました!!」


 バーテンダーさんが大きい声で送り出してくれた。外は夕方になっていた。帰りにチョコレートのお店をそっと覗いたが住人用のチョコはそれ以外の人用のチョコと二桁は違う。住人用のチョコはめちゃくちゃ安い。赤いホイル紙のチョコだ。それ以外の土産用のチョコは緑色のホイル紙。ふむ。


「おおー無事に帰ってきたか。書類は下げてるな。」


 門番がふざけながら言う。私の姿を見て口ひげを触りながら笑っている。


「ええ、無事に帰ってきました。これ書類です。」


「よーし、通っていいぞー。」


「これウィスキーお土産です。」


「こりゃ悪いな。ありがとよ。」


「いえ、お礼です。それじゃさようなら。」


 この街の恐ろしさを教えてくれたお礼ですよ、おじさん。

 まっすぐに宿の部屋に戻り鍵をしっかりとかけて中を確かめる。誰かが入った様子は無いし誰もいない。ふうっと息を吐くと緊張の糸が切れたのか一気に酔いが回ってきた。


「流石に一気飲みはきつい……。」


 そのまま眠りについて一日目は進展もなく終わってしまった。




 ドンドンと玄関扉を叩く音で目が覚めた。懐中時計を見ると深夜の2時だ。


「こんな夜中にどなたですか?」


「ルークさん!シャロン先生に馬をかしたコースです。」


 名前を聞いてすぐに扉を開ける。


「何かありましたか?」


「馬だけが帰ってきました……。」


「な、なんですって………。」


「馬は綺麗に怪我もなく帰ってきたので大丈夫だと思いますが一応伝えた方がいいと思って。」


「夜中にわざわざ来てくださって本当にありがとうございます。」


 コースさんに夕方に焼いたパンを渡して改めて礼を言い背中を見送る。扉を閉めて椅子に座る。


「お嬢様……無事でいてください。」


 俺には祈って待つことしかできなかった。

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