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21、行い


「シャロンさん今月のお給金です。」


「ありがとうございます。というかいつもより厚い気が。」


 渡されたいつもの白い封筒が少し厚い。これはお金を抜いたらまたお返しするエコな封筒。


「今月は殆ど毎日来てくれましたから。助かりました。」


「あれはボランティアです!だからお給金は必要ありません。」


「いいえ、ボランティアではありません。さあ今日もお疲れ様でした。」


 トンと背中を押されて教会から出される。


「ああーでも!」


「気を付けて帰ってくださいね!」


 バタンと笑顔で扉を閉められた。


「帰るか。」


 それにしても神父さんどんどん痩せていってる気がする。心配だなぁ。


「シャロン帰ろう。」


 教会を出た所でケネスが待っていた。


「いえちょっと買い物をして帰りましょう。」


「勿論ご一緒しますよ。」


「ありがとう。」



「さあ着いたわ。」


 半袖のシャツと膝より下のフレアのスカートでは少し寒く何故カーディガンを羽織って来なかったのかをひどく後悔しながら街までやってきた。


「文具店か。何を買うんだい?」


「ノートと鉛筆のセットを人数分。」


「高価な買い物をするんだね。」


「ええ、神父さんがお給金を多めに下さったから。子供達にプレゼントするわ。」


「なら僕は絵の具セットを幾つか買おうかな。」


「ありがとう。私達はきっと苦労もなく手に入れた物なのにね。」


「そう…だね。」


 なんだか顔を伏せてまた考え込んでいる。


「何か思い出した?」


「ああ。昔、君は孤児院や乳児院、教会、学校全てに本や文具を寄付しようとしたが王に反対されてできなかった。記憶を失っても性格も言葉遣いも全て変わってしまっても本質的な事は変わらないんだと思って。」


「けど今の私は目の前の人の事しか考えていない。神父さんと子供達が喜んでくれたらそれ以上は必要ない。私から見えない人知らない人まで助けない。独善的なの。」


「君がどう思っててもどう思われてても僕は君が優しいと思ってる。押し付けはしないけどね。そういう優しい君が好きだ。」


 ケネスが大切なものを見ているみたいに笑うのでなんだか恥ずかしくなって顔をそむける。


「照れる所も変わっていない、昔から可愛いと思っている。」


「ちょっと。」


 彼が愛しているのはシャーロット。シャロンじゃない。


「さあ入って。買い物をしよう。」


 レディファーストよろしく扉を開けてくれたので会釈をして入る。


「ええ、ありがとう。」


 私は鉛筆3本とノートを2冊のセットを8人分、ケネスは絵の具と画用紙を5つずつ購入して店を出た。封筒の中身が三分の二程になってしまったがそのまま本屋へ行き内容を吟味して気に入った絵本を3冊買って全てのお給金を使い果たして家に帰った。


「ケネス今日はありがとう。いい買い物ができた。」


 明日、教会に持っていく為に玄関に買ったものをおく。


「僕も良い事をして気分が良いよ。」


 ケネスが嬉しそうに笑っているので私も嬉しい気持ちで笑った。


「そうね。」


「明日、子供達に渡すのが楽しみだ。」


 と言っていたのに次の日の朝ケネスは姿を消していた。



「これはケネスが買ってくれたものよ。こっちは私から皆、並んで!」


「うわぁーーい新しい鉛筆だ!」

「この本面白そう!神父さん読んで!」

「この絵の具たくさん色が入ってるよ!」


 子供達の喜ぶ顔が見られて心から嬉しい。


「皆、自分の物に名前を書いて無くさないようにね。ノートと鉛筆はお家に持って帰って良いからね。絵の具セットと絵本は教会で使ってね。」


「「ありがとう、お姉ちゃん。」」


 子供達は嬉しそうにノートや鉛筆に名前を書いている。子供達の笑顔を見て神父さんも久しぶりに心から喜んでいる。その様子を見て私もまた嬉しく温かい気持ちに包まれた。


「シャロンさんありがとうございます。子供達もとても喜んでいて私も嬉しいです。」


「ええ。」


「ケネスさんにもお礼を言いたいのですが。」


「それが朝から出かけてしまったみたいで。」


「そうですか…では次にお会いした時にお礼を言う事にします。」


「ええ、ケネスも喜びます。」


 ケネス…何処に行ってしまったのだろうか?



「お兄ちゃんただいま!」


 いつもならすぐに返事が返ってくるのに変だな?まだ帰っていないのかな?


「とりあえず、お茶をいれようか。」


 食堂で紅茶をいれて部屋に戻ろうとすると、ケネスが使っているお客様用の寝室からルークが紙を持って出てきた。


「お兄ちゃん居たの。」


「ああ。」


「どうしたのそんなに暗い顔をして。」


「これを。」


「手紙。」


 ルークから手紙を受け取り読んでみる。


「急ぎなので全てを省略して重要な事だけ、デイビッドに呼び出されてすぐに出ます。ケネス。これって。」


「ああ…。」


「デイビッドさんここ一週間見てないわね。」


「とにかく騎士隊宿舎に行ってみよう。」


「ええ。」


 手短に身支度をして二人で宿舎へと急いだ。


「デイビッド隊長は今おりません。重要な犯罪者を連行して王都へ向かっている途中です。何でも知人だから仰々しくせずに目立たないようにこの手で連れて行ってやりたいとお一人で。」


 デイビッドさんはやはりおらず受付の様な場所にいつも居る事務仕事をしている騎士の男性が教えてくれた。でもまさかその犯罪者って…。


「そ、その犯罪者の名前って。」


 私は事実が怖くて聞けず黙っているとルークが話を続けてくれた。


「ケネス•リーキです。」


「うわ。」


 私は力が抜けそうになるのを必死に内股に力をいれて耐える。電車に乗ってた時に使っていた立ち方だ。


「えっと彼はどんな犯罪を?」


 ルークが恐る恐るたずねる。


「第一王子への暴行、隣国へ情報を漏らす等のスパイ行為です。知らなかったですか?」


「ええ、僕達には何も。」


「シャロンさんは隊長とお知り合いですからお伝えしましたが号外や新聞で情報が出る迄はご内密に。」


「分かりました。ありがとうございます。」


 お礼を言う自分の声が震えている。重い足取りで宿舎を後にして二人で歩いていると教会で炊き出しを手伝ってくれた若い騎士の男性が走って追いかけてきた。


「ああ、貴方はデイビッドさんの。」


 ルークが先に声をかけた。


「ええ、部下のジョージです。さっきの話を横で聞いていたのですがシャロンさんには伝えた方がいいと思って。」


「それで走ってきてくれたのですね、ありがとうございます。」


 私はできるだけ丁寧にお礼を言う。


「隊長はケネスを連行するのに一度ヌーンの街を通ると仰っていました。」


「ヌーンの街。」


 ルークがハッとして黙ってしまう。


「ええ、確かにここから近く王都への行く途中にあるのですが、わざわざ治安の悪い街を通る事に違和感を覚えて何故通るのかお尋ねしたらはぐらかされてしまって。」


「ふむ、分かりました。ありがとうございました。」


 たまたま持っていた瓶のジュースをお礼に渡す。気が動転して鞄に色々詰め込んで来たのが初めて役に立った。


「ありがとうございます。失礼します!」


 ジョージの背中を見つめながら呟く。


「ヌーンの街へ行かないと。」


「あそこは危険です。本当に本当に危険なんです。お嬢様、ヌーンの街は俺の生まれた街です。あそこでたまたま視察に同行していたお嬢様に拾われて助けられた。その視察も一週間の予定を5時間で切り上げたんです。」


 とんでもない切り上げ方。


「それでも行かないと。」


「お嬢様、あの街に一旦入るとまともではいられません。入った瞬間から毒されていきます。そしてすぐに自分ではなくなるんです。本当なんです!俺も街にいる時はそうだった!」


「ルーク、私は行くわ。」


「…私は…俺は…少し考えさせてください。」


「無理強いはしないしどんな選択でも尊重する。」


 あんなに心配性のルークが私を一人で行かせる位にヤバイ場所って…。超ヤバイのかも。

 それでもケネスとデイビッドさんと話がしたい。何が起こっているのか、本当なのか。


「すみません。」


「大丈夫。荷造りだけ手伝ってほしい。」


「はい。」


 結局、荷造りをしている最中も黙って考え込み話してくれなかったが、自分の荷造りまでしている所を見るとやはり一人では行かせたくないご様子。

 夕方になってしまったが神父さんにケネスの事は伝えず友人が病気なので看病しに遠くまで行かなくてはいけず当分お休みさせてほしいと頼むと笑顔で了承してくれて500ml瓶2本に聖水を分けて下さった。


「この水は清らかです。一口飲ませてあげれば少しは病が和らぐ事でしょう。」


「ありがとうございます。」


「毎日無事を祈ります。」


「神父さん…ありがとうございます。」


 私は深くお辞儀をして教会を後にした。馬を借りる為にコースさんの家に寄る。


「すみません、馬を一頭お借りしたいです。どうしても、大事な友人の看病に行かなくていけないのです。勿論大事な家族だと思いますので…。」


 私の話を遮ってコースさん夫妻が話し始めた。若いご夫婦でいつも二人で息子さんを連れてきている。


「先生、お金はいりません。今日息子から聞きました。ノートと鉛筆を下さったんですよね。しかも上質な店の物、そんな高価な物を分け隔てなく全員に。うちは教会にお金も殆ど包めていないのに。」


「うちは酪農家です。馬や牛はたくさん居ます。どうぞ一番賢い馬を連れて行ってください。あんな嬉しそうな息子の顔を見たのは久しぶりです。」


 そっと二人に手を握られる。


「うちの息子は字を覚えるのが遅くて一緒に付き合って教えてくださった事も聞いています。今日ノートに書いて見せてくれました。」


「いつもありがとうございます。さあ連れて行ってください。」


「ありがとうございます。でもお金は受け取ってください。二週間は一緒に同行してほしいのでお願いします。でもできるだけ早くお返しします。」


 幾ら包むかはルークに相場を聞き多めに入れておいたので失礼ではない金額だと思う。


「分かりました。あの賢い馬は戻れと言えばうちの牧場に戻ってくるので、帰りはそれで帰ってきて下さい。餌は馬に積んでおきます。3日分はあるので後はお願いします。」


 物凄く賢いお馬さんだな。


「ありがとうございます。では連れて行きます。」


「はい、お気を付けて。」


 庭に何故かある厩舎に馬をつないで餌と水をあげ、家に戻るとルークが玄関入ってすぐの椅子に腰掛けて私を待っていた。


「そこまでしてケネス様を助ける意味がありますか?犯罪を犯したんですよ。放っておけばいいんですよ。」


 考え込みすぎてとんでもない事言ってない?


「助けるっていうか、何が起こってるのか知りたいの。それにケネスが暴力なんて。」


「お嬢様、俺は本気です。お嬢様の命は俺の命にかえても守ります。でもケネス様は関係ありません。」


「私の幼馴染なんでしょう?」


「さあ?俺も記憶は消しました。あんな人知りません。」


「貴方、ノーンの街に何があるっていうの?」


「ヌーンです。」


「ああ、すみません。」


「あそこは思い出したくない事がある街。それに俺が一緒に行く事によってお嬢様に悪い事が起こる可能性があるんです。」


「悪い事?」


「ええ、俺がいる方が危険が及びます。絶対に。」


「貴方、何があるの?」


「俺は逃げたんです。あの街から友から大人達から一人で逃げた。あなたの手を掴んで。」


「……分かった、一人で行くわ。できるだけ危険な事に首を突っ込まないようにする。」


「…クソ!よりにもよってどうしてあの街なんだ。」


 ルークが壁を殴った!珍しい!感情を抑えられず暴力を選ぶなんて!


「お願いがあるの。ヌーンの街まで馬で半日程で行ける。そうね10日。10日経っても私が帰って来なかったら迎えにきてほしい。」


「いえ行きます。俺も。」


「だめ。今回は私の言う事を聞いてほしい。明日の朝、出発する。でもできるだけ早く戻ってくる。」


「分かりました。」


 私はルークを力一杯抱きしめる。ルークは力なく項垂れている。


「助けにきてね。」


「そうならないように帰って来てくださいね。」


「善処します。」


「ああ、本当に心配だ。」



 私はルークを起こす事なく日が昇る前に家を出た。何度か水飲み休憩やご飯休憩を挟み昼過ぎには近くまで来る事ができた。


「前世で乗馬をやってて良かったー。地図によるともうすぐっぽいんだけどなぁ。」


 そんな事を考えながら馬を走らせていると風にのって甘い匂いが漂ってきた。ヌーンの街に近付けば近付くほど濃くなっていく。そして見えてきた頃にはむせ返るような濃く甘い匂いがここ一体をおおっている。


「これは…チョコレートの匂い。」


 そして見えたヌーンの街は3メートル程の壁に囲まれた街だった。


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