19,対話
「シャロンさん今日はもう仕事は終わりにしていただいて大丈夫ですよ。」
神父さんが庭から戻ってきて言う。そういえば急に走って逃げたのに神父さんには何も言われなかったな。
「えっでもお昼寝は?」
「準備はしてくれたんですよね?いつもありがとうございます。今日は人数も少ないし大丈夫ですよ。ケネスさんもありがとうございました。」
そういえば神父さんにはケネスは友人だと伝えたので歓迎され他には特に何も言われず昨日、急に帰った事さえ触れられなかった。
「いえいえ。」
「分かりました。じゃあ先に失礼します。」
帰り支度をしてケネスと帰ろうとしていた時、待っていたと言わんばかりにデイビッドさんが門の影から出てきた。
「やあ。」
「デイビッドさんこんにちは。」
「ああ、今日はケネスに話があるんだ。」
「僕も話がある。」
何故か二人はバチバチしている。じゃあ私はお邪魔かしらね。
「じゃあ私先に帰ってるわ。ケネスひとりで帰って来られる?」
「ああ、問題ない。気を付けて帰ってくれ。」
ケネスは少し緊張した声だ。こっちをチラッと見たけどデイビッドさんに対して余程何かを抱えているようで目は合わなかった。
「すまない一人にさせてしまって。」
対してデイビッドさんは笑顔で私と目が合い続けているけど心配は口だけであんまり本当に心配してくれている感じはない。
「お昼だし大丈夫です。じゃあこれで。」
私はそんな二人を置いて家に帰った。関わりたくなかったし。
「ケネスお前に聞きたい事は一つだけ。」
幼馴染なのに知らない男といるようだ。昔はデイビッドの考えている事が分かったのに今は何も分からない。
「気が合うな。僕も君への質問は一つだけだ。」
「聞こうか?」
余裕有りげにデイビッドが言う。
「デイビッド、どうして彼女から逃げたんだ?」
「逃げてない。」
デイビッドがギリッと口内を噛む。でもすぐに顔を戻す。
「処刑が決まった時、近くに居た事を知っているぞ。」
「王の命令に従っただけだ。」
すっと感情を消している。腹を立てたら負けだろうがイライラする。
「どうして逃げたんだ?」
僕がどれ程すごんでもデイビッドは本当の事を言わない。
「逃げていない。」
「彼女の記憶がなくて良かったなぁ、まさか自分の事を見捨てた男だとは知りたくないだろ。」
やっと表情が少し崩れたが、それでも本当の事を言わない。
「お前も大事な時に傍に居なかっただろうが。」
「僕は留学で居なかった。最初から居ないのと情報を知った後に居なくなるのとはわけが違う。一番大事な時に見捨てるとは。彼女を頼むと言った時、命にかえても守ると言っただろう。それなのにどうして離れたんだ?」
「お前知ってたか?王都でアーサーに暴力をふるったと指名手配中だ。」
「急に話を逸らしたかと思えばそんな話。僕が暴力?ありえない。」
「そうだろうな。」
「デイビッド、僕はお前を許さない。僕に連絡もしてくれず。結果彼女が処刑された後に全てを知ったんだぞ。」
「ルークから連絡は来なかったのか?」
「来なかった。」
うっすらとデイビッドが笑う。なんだ…あの笑みは。
「そうか。ふっ。」
「デイビッド、僕にはもう分からない。何を考えているんだ?」
「俺の事なんて分かるわけない。特にお前には絶対に分からない。」
僕に向けられているのは殺意そのものだった。鋭い目がいつにも増して鋭く身体中が痛い気がする。
「なっ。」
「じゃあな。」
デイビッド…仕方ない帰ろう。
「シャロン、ルーク入るぞ!」
ただいまもお邪魔しますもおかしい気がして変な声かけをしてしまう。
「ああ、おかえり。」
「おかえりなさいませ。」
「お兄ちゃん、ここではケネスとも平等よ。」
「ああ、そうだ。ルーク敬語はやめよう。」
「分かった。」
「ちょうど夕食を作っていたの。子供達のお世話をしたら疲れたでしょう休んだら?」
「大丈夫、手伝うよ。」
「ケネス様…。」
シャロンがルークを手で制止させて僕に言う。
「そうね、じゃあスープをかき混ぜてて。」
「分かった。」
ぐるぐるとかき混ぜながらさっきまでのデイビッドとの会話を頭の中で反芻していた。
夕食の後、彼女が風呂に入ったのでルークを問い詰める事にした。
「ルーク、単刀直入に聞くよ。どうして僕に処刑の話をすぐ教えてくれなかったんだ?」
ルークは食器を洗いながら僕をじっと見つめた。何も感情が読み取れない瞳だった。隠し事はもううんざりだ。
「シャーロット様が留学中の貴方に迷惑をかけたくないと。最後に挨拶もしなかった私が今更助けを求めるのは虫がよすぎると言ってました。」
「そうか。僕が知ったのは処刑が決まったと新聞に載った時だった。その前から情報を得ていたんだろう?」
「ええ。でもシャーロット様は頑なに話さないと決めていました。だから私も尊重しました。」
「そうか。分かった、ありがとう。」
食器を拭いて食器棚に片付けながら礼を言う。本当は腸が煮えくり返る寸前だがルークにもシャロンにも罪は無い。悪いのはシャーロットだ。彼女が決めたのだから。
「ケネスとデイビッドさんは何を話していたんだろう。」
夏もそろそろ終わりに近付いているのか少し肌寒い夜のテラスで一人お茶をしている。
今からでも関わるべきだろうか。うーむ。
「でもなぁ…。私そういうタイプじゃないしなぁ。」
「そういうタイプって?」
「ぎょっ。」
またはいよるケネス。
「君に一言だけ言いたい事があるんだけどいい?」
「はい。」
「僕に処刑の事を言わなかった事、絶対に許さない。」
「それは私に言われても。」
「でも言わなくちゃ気が済まない。」
語気は強い、だけどちっとも怒っていない。また泣きそうな顔をしている。だから私も素直に謝った。
「そりゃそうだね。ごめんなさい。」
「でも今の君に罪はない。ごめんね。」
背中を向けられてしまった。
「ケネス、今日何かあった?」
向けられた背中があまりにも悲しくて私は関わる事に決める。
「何かって?」
背中をすくめて子供みたいなとぼけ方をする。
「ケネス。デイビッドさんと何かあったんでしょう?」
「言いたいような言いたくないような。そんな感じだ。」
「そう。私にできることはある?」
「君にこれを望むのは酷かもしれないけど抱きしめてくれないかな?」
「今日だけ特別よ。」
仕方なく彼を後ろから優しく抱きしめる。ケネスは私を受け入れ私の腕を抱えるように寄り添っている。
「君は夢の事で僕に対してよく思わなかったかもしれないけど、僕は僕なりに君を想っていたんだよ。お願いだからそれだけは信じてほしい。」
「私の為を思ってしてくれたと分かってる。」
「それなら良かった。君を愛していた事だけは分かってほしかったから。」
「ええ。」
「ありがとう。中に戻ろうか。」
「もう眠ったほうがいいわ。おやすみケネス。私はもう少し星を見てる。」
「おやすみシャロン。」
ケネスは私の頬に軽くキスをして中に戻っていった。