18、ひっつき虫
「お嬢様、おはようございます。」
すっかり執事モードになってしまったルークが部屋の前で小さく挨拶をし、その声で目が覚めた。
「おはよう、入ってきても大丈夫よ。」
ケネスはまだ穏やかな寝息をたてている。私は彼からゆっくり離れるとなかなか入ってこないルークの為に扉を開けてあげた。
「あ、すみませんお嬢様。やはりケネス様と。」
ルークが部屋をちらっとだけ見て一人納得していた。
「彼、夜中に眠れないってここへ来たの。それで少し話をして仕方なく一緒に。貴方が考えているような事は起こってないわ。」
「そんな、私は何も。」
顔を少し赤らめ首を振る。とりあえず部屋を出てケネスを起こさないように扉を閉める。
「ていうかお兄ちゃん私達はちゃんと兄妹で居ないと駄目だからね。王都から逃げたのは姫と執事でしょう。まあ処刑されているけど、念には念を。同じ関係のままだと目をつけられる。だから兄と妹になったんだから。」
そうそう私もお兄ちゃんって思い込まないと!
「ああ、そうだね。」
目を泳がせて言う。彼は彼なりに私を心配し私の事をとても考えてくれていると分かっているがここまで動揺する事が少し胸に引っかかる。ケネスとの事?それとも別の理由?
「じゃあもう少し寝かせておいて朝ごはんでも作りますか。」
猜疑心を振り払う様に話を切り替える。
「シャロンは何が食べたい?」
どうやらルークも切り替えられたようだ。
「フレンチトースト!ジャムとメープルシロップで!」
「じゃあ作ろう。ジャムはたくさん作ったからな。」
「うわぁい!私マーマレードが良いなぁ。」
「全部食べればいい。マンゴーもさくらんぼもパイナップルも少しづつ食べればいい。」
「やったー。」
「シャロン、俺はいつでも味方だから。」
頭を撫でられた。こんな事初めてだけど彼なりの兄妹感なのかな?私はルークの後ろに周りジャンプしておんぶさせた。
「おわっ危ないなぁ。」
上手く支えてくれて二人とも転けずに済んだ。
「へへへぇ。」
「このまま二人で逃げてもいいんだよ。」
この人、本当に優しい人なんだろうなぁ結構、お兄ちゃん気質。背中側に居るので顔は見えないけど優しい声だ。
「お兄ちゃん、私は覚えていないけどシャーロット的には、幼馴染2人に知られてしまう事は想定内だったんじゃないかな。」
「…まあそうだな。記憶を失う前のお嬢様はそう考えていた。あの執着だからな、俺もいつかはこうなる気がしていたし。」
「そうな…えっ執着ってこわ。」
「まあお嬢様は素敵でしたからね。仕方ありません。」
「でしたってなんだコラ。お前も執着しろ今の私に。」
おんぶのままルークの首を絞めるフリをする。
「俺は…執着してますよ、貴方というか貴方の命に。どんな手を使っても貴方を生かします。絶対に。俺の命の恩人ですから。」
「うわぁ。」
「…お嬢様はどうして俺を信用できるんでしょうね。」
「えっ?」
「まあ俺っていうか、周りの奴らですかね。」
「え?どういう事?」
私はびっくりして背中から降りた。
「だって記憶が無いということは…右も左も分からなくてそれで俺から聞かされる事が本当かどうかも分からぬまま王家を追われてって…嘘かもしれないってこいつにただ連れ去られそうになっているだけだって思わなかった?一瞬でも。」
ルークが真顔で詰めてくる。
「えっ嘘なの?」
「嘘じゃないよ。それに幼馴染達の話も聞いたでしょ。」
「良かった。」
「でもすんなりと受け入れて兄妹って。でも本当に記憶は無さそうだし。その割にあっさりと外の世界に順応してるし。新しく形成するにしたって本質は変わらないでしょ。貴方は変わり過ぎなんですよ。貴方、本当にシャーロット様なんですか?」
「ええ。」
悩む間もなく返事をする。記憶の話をするべきだろうか?
「まあそうなんでしょうけど、シャーロット様だ!と返事ができるところも嘘っぽいんですよね。」
ルークなんという恐ろしい男。一気にお兄ちゃんって呼びづらくなったでごんす。私が困って笑う事しかできずにいたらルークが話を変えた。
「とにかく朝食を作りましょう。今日も教会で仕事でしょう。」
「ええ、着替えて早く行かなくちゃ。」
「それにしても落ち着くまで殆ど毎日、教会に手伝いに行くなんて倒れない様に。」
「はいはい。」
「お兄ちゃん誰?」
「どうしてお姉ちゃんにくっついてるの?」
私も聞きたい。ケネスはひっつき虫のように私から離れずに後ろを着いてくる。
「お姉ちゃんはお兄ちゃんの仲良しだからだよ。」
「え?」
「シャロン、君は酷いなぁ。」
「ずっと後ろを歩いて来られるのがなんだか嫌なの。」
「君の事が心配なんだ。」
そういえば夢でデイビッドさんが言ってたな後ろを歩いて回られるって。
「そんな暇があるなら子供達と遊ぶか勉強を教えてあげてほしい。」
「えーーお兄ちゃん遊んでくれるの!!やったーーー!」
「私、自分の名前書けるよ!」
「僕は計算できるし!!」
「うわぁーい!」
「ちょ、ちょっと。」
ケネスが子供達の波に飲まれて消えていった。実際は子供にもみくちゃにされながら一人を抱っこして移動しているだけだが。それにしてもよく見ていたなあの子が少しだけ足が悪いのを。意外と気が付く人なんだなぁ。
「じゃあ私は昼食作りに行くから!」
「あ、シャロン!」
ケネスは私の方へ来ようとしたけど子供達に行く手を阻まれてやっと観念して遊び始めた。
「さあみんなお昼ご飯ですよーー!」
「「はーーーい!!」」
「やっと開放された…。」
ケネス30分程一人で遊んでくれていたのでぐったりとしている。
「さあ皆さん並んでください。今日はシャロンさんが作ってくれたラザニアですよ!」
教会内で殺生は良くないかとクリームソースとチーズのラザニアだ。
「お疲れ様、さあケネスもどうぞ。」
「凄いこれは本当に一人で?」
「ええ。」
「持って帰っても?」
「ダメよ。子供達が真似するでしょうが。」
「仕方ないか、いただきます。」
「いただきます。」
良かった美味しくできてる。やっぱり子供達に食べてもらうものだからせめて美味しいものを食べてほしいし。
「美味しい!美味しいよシャロン!」
私の肩を持ちガクガクと揺らす。
「ありがとう。ちょっと揺らすの本当にやめてウザイ。」
「ああ、すまない。でも本当に美味しいよ。天才だな。」
「恥ずかしい褒め方しないで。」
「君は料理の天才だ。胸を張るといい。」
「そうだよお姉ちゃん!天才だ!」
ほらぁすぐ真似するー!
「ケーネースー!」
「ははは。天才だ!」
「ちょっと!待ちなさい!」
「あははー逃げろーー。」
「あーお兄ちゃんご飯中は遊んだらダメなんだよ!」
「ごめんなさい。」
子供達はしょんぼりしているケネスを置いて食事を早々に終えて遊びに行ってしまった。ケネスはまたもぐもぐとラザニアを食べ始めた。
「ふふ。」
私が笑っているのを感慨深そうに見ている。
「シャロン、君がそんな風に笑えると思わなかったよ。」
「そう?」
「ああ。そうだ。」
「さあお昼寝の用意をしなくちゃ。」
「手伝うよ。」
「ええお願い。」
庭で神父さんと子供達が遊んでいる間に二人でお昼寝の準備を始めた。