17、夜のとばり
「ケネスもデイビッドも心配症ね。」
またあの学生服のシャーロット。また記憶か。
「シャーロットに海は難しいんじゃないか?」
初めて見た若かりし頃のケネス。あまり変わっていないけど致命的に制服が似合っていない、色か色が悪いのか?
「ケネスの言う通りですよ、危ないです!」
デイビッドさんね。彼は何度か見てる。
「貴方達って私がひとりじゃ何も出来ないみたいに接してくるわよね。大丈夫よ付き人を一人連れてきても構わないそうだからルークに一緒に来てもらって泳ぎ方をゆっくり習うわ。あなた達の面倒にはならない。」
「そういう事を言ってるんじゃない。君は体が。」
「そうです。何かあってからでは遅いです。」
「研修旅行という名のご褒美なのよ。学園の様々な催事が滞りなく進むように準備をして裏方の仕事を率先して行う学園会の学生だけで行く。海に入ってハイキングをして骨休めをするの。」
「だから海もハイキングも君には辛いだろう。それに僕はそもそも学園会に入る事も反対したはずだ。」
「そうです!絶対に行くべきではありません!」
「でも…。」
「駄目だ、許さない!」
「駄目です!」
「分かった、二人の言う通りにする。」
そして悲しい気持ちで俯くシャーロットと満足そうな二人。そこで夢が終わり目が覚めた。まだ夜中なのだろう闇の中で一度だけ瞬きをしてまた眠りにつけるように目を閉じた。
なんか嫌だなぁ。そもそも王の娘っていうだけで自由がないのに幼馴染の二人もこんなんだったら息が詰まりそうだ。シャーロットはこれで納得していたのかな?
「私は嫌だなぁ。自分の事は自分で決めたい。」
「何を子供みたいな事を君は王族なんだ、身の振り方は考えるべきだ。」
「うおわぁ。なに?なんでいるの?」
ケネスが私の寝ているベッドに腰かけて私を見下ろしている。ていうかなんで私の部屋に居るんだ?私は布団を被ったまま体を起こした。
「未だに信じられないんだ。君が生きている事が。傍に居ないとまた消えてしまうんじゃないかって、そう思うと怖くて眠る事ができない。」
「おおぉ。」
勝手に不法侵入されて私はそれどころでは無いがまあ聞いている。ただ心臓はバクバクと爆発しそうなくらい鼓動している。ていうかルークを呼びたい。お兄ちゃん!
「僕見てきたんだ。王都の処刑場も罪人の遺体が捨てられる場所も。君があんな場所で命を落としてその体をゴミみたいに捨てられたって聞いて気が狂いそうだった。だから愚かな事を。」
愚かな事?
「そうですか。」
「再会できて嬉しかった。でも君は記憶を失って僕を覚えていない上にもう愛していない。それって僕の中の君は死んでしまったんじゃないかって。」
かける言葉が見つからない。脳内で検索をかけてもなんて言えばいいのか分からない。そんなに気にしてなさそうだったのにやはり傷付いていたのか。それに意外と大胆。
「でも、それでもやはり君なんだよ。シャーロット君なんだ。全くの別人で僕を覚えていない君を、僕はどうしても君を愛してしまう。もうどうすればいいのか。死んだと思えたら楽だったのに。」
「そう、なのね。」
「ああ。」
「でも死んだのよ。あの処刑の日にシャーロットは死んだ。執事とメイドとコックに見送られてあの毒でシャーロットは死んだの。馬鹿の第一王子とずる賢い婚約者に陥れられて命を落とした。貴方の目の前にいる女はシャーロットじゃないシャロンなの。」
「シャロン…君は怒っているのか?一番近くに居た僕たちが手をこまねいていた事に。」
「いいえ、でももう貴方達が私のすることに口を出す権利はないわ。誰の言いなりにもならない。」
これは言い過ぎたな。言った後に後悔してしまった。あの夢に感情移入してしまって少しケネスとデイビッドさんに腹が立っていてこんな言い方をしてしまった。
「ふっ君は本当に変わってしまったんだね。シャーロットは僕の言うことは殆ど絶対的に聞いていた。彼女もそれが一番だと信じてくれたし、僕も貞淑な女性はそうであるべきだと思っていた。」
「彼女にとっての本当の一番は怪我をしようが熱が出ようが学園会の研修旅行に行くことだったのよ。それが彼女の希望だったのだから。」
「研修旅行?学園の?」
「ええ、たった今夢を見たの。シャーロット悲しそうだった。」
「ああ、あの後二週間は沈みがちだった。旅行から帰ってきた生徒達は本当に楽しそうに彼女に土産話をして、だけど彼女は決して僕らをなじったりしなかった。あの時から僕らは間違った道を進んでいたんだ。最低な幼馴染だ。」
「そこまで思わなくても。」
押し付けはダメだったけど彼女を思っての行動だという事は私にも分かる。
「だって処刑の日の段取りも生きていた事も僕にはひとつも教えてくれなかったじゃないか!」
泣いている。シャーロットは彼らを思って教えなかったんだと思うけど、彼からしてみれば何もかもから離れたかったって見えるのかな。
「そうね。」
「お嬢様!失礼します。何か問題ありますか?」
ルークが扉の前まで来てくれたようだ。泣き止まないケネスを腕に抱きしめて返事をした。
「大丈夫、問題ないわ。貴方も眠って。」
「…はい、かしこまりました。」
結構考えていたけど部屋に戻ってくれたな。
「ケネスもう眠りましょう。靴を脱いで布団に入って。」
私のベッドはキングサイズだから二人でも大丈夫だろう。憧れのキングサイズは本当に最高だった。昔の部屋だったらこれを置くだけで部屋が埋まるけど今の私の部屋は多分20畳はあるので余裕だ。
「ああ、ありがとう。」
ケネスは一度離れたのにまた私の胸に顔を埋めて泣いている。彼、泣き虫なのか?ここに来てずっと泣いてねぇか?
「そんなに泣いたら頭痛いでしょう。何か飲む?私、食堂から何かとって来るわ。」
立ち上がろうとするとケネスに抱きしめられてしまう。
「大丈夫、だから…今はここに居て欲しい。」
「はいはい。」
なんか子供みたいだな、と思って背中を軽くさすっているとやっと涙が止まったようで呼吸も落ち着いている。しゃっくりもおさまったので今度はポンポンと軽く背中を叩く。スーッと寝息が聞こえてきたのでやっとケネスが眠ったようだ。私も背中を叩くのをやめてそのまま眠った。