13、言霊
「とうとうこの日がやって来た。もう数時間もすれば敵軍が乗り込んでくる。我らが食い止めなければ村は蹂躙され敵軍の手に落ち支配される。戦え!この村の為に!愛しき者の為に!」
「「「サー!」」」
騎士隊の宿舎の前でデイビッドさんが士気をあげるために声をかけているのだが、緊張した面持ちの隊員達の隣で私は怒りに満ち溢れていた。
隣国の戦争をする理由が曖昧な事や完全にこの村を舐めきった手紙を村長に送り付けて来た事それにそもそも戦争を始めようという心構えに腹が立ってきた。
「なんだ隣国の野郎、どう足掻いたって人が死ぬんだぞ。それなのに…。クソが。もう怒った。」
「ルーク、彼女はここで何をしているんだ?」
「そ、それが敵軍の大将の顔を見るまで帰らないって言い出して。俺にもどうすればいいのか…。」
「なんだって!シャロン!帰りなさい!」
デイビッドさんが叱る声よりも大きな声で私が叫ぶ。
「絶対に嫌です!教会で作業をしたここ数日、教会に運ばれてくるベッドや医療品、大量の布を見てその異様な雰囲気に子供達は怯えておやつも食べられない。お母さんやお父さんは心配で夜も眠れず子を思うと食べ物も飲み物も喉を通らない!そんな、そんな事許さない!絶対に!」
私の顔は今真っ赤になっていると思う。本当に腹が立つ。確かに怖いがその怖さも越えて理不尽な恐怖に怒りを覚える。
「デイビッドさん私も行きます!絶対に!」
「絶対駄目だ!」
「デイビッドさん私が勝手に1人で行くのとせめて一緒に行くのとどっちが良いですか?」
「なっ……。」
「これなんですぅ…うちの妹をどうにかしてくださいぃ。」
騎士隊の中には私のあまりの怒りとそれにおされているデイビッドさんを見て若干引いているものもいるが、ほとんどの者が緊張した面持ちで固唾を飲んでその時を待っている。
「私は絶対許さない。絶対に許さない。」
「分かった、ちょっと待っていてくれ君にも甲冑を着せる。」
デイビッドさんが宿舎に戻った隙にお兄ちゃんが話しかけてくる。
「貴方、あの力でどうにかしたいと思ってるんでしょう。」
「そんな傲慢な事考えていません。」
「全員は助けられませんよ。」
「……とにかく私は怒っています。」
「俺は多分行けません。デイビッドさんが許さないと思います。貴方1人で行けますか?」
「行きます、どうにかして……じゃなくて怒ってます。」
「危ない事だけはしないでくださいよ。」
「はいはい。」
「ここが最前線だ。シャロンとにかく1番後ろで誰かの後ろに隠れていなさい。」
「はい。」
こちらの隊員はせいぜい100人程度、向こうは1000人近い気がする。昔コンサートに行って人生で1番人を多く見た時と同じ位いる。
「かかれー。」
デイビッドさんが隊員を引き連れて馬に乗り走り出してしまう。
ああああああああぁぁぁどうしたものか………。まずい敵が放った矢がこちらの前衛の方に…。
「バーーーーリア!!!」
あまりゲームをしたりアニメを見てこなかったので子供の頃の掛け声しか知らない。鬼ごっこでこれをしたら即友達を失うやつ。
でもその瞬間にこちらの隊員達の上と前に光の壁が現れて矢を吸収した。良かった。私の言葉に魔法が宿ってくれたようだ。本当にありがとう。信じてた。
安心したのも束の間、デイビッドさんはこれ幸いと突っ込んで行ってしまう。馬鹿!あああーもう!!
「ターーーーンマ!!」
敵の軍勢もこちらの隊員達もピタッと動きを止めてしまった。私は手をピースにして胸の前でクロスさせた状態になっている。よしここまできたらもう一声。
「ヤーーーーーーーンピ!!!」
そして武器は全てベルトに戻り皆動き出したが武器は一切抜けず使い物にならなかった。
よし。これでなんとか行けたか。頼むからこれで諦めてくれ。どつきあいとかしないで帰れ。
「て撤退!!」
よし敵がひいたぞ。そして次に私がする事は走る。甲冑を後ろの人の所にそっと置いて音もなく走って逃げる。さも戦場にはいなかったフリをして遠くまでなんなら村まで逃げる。しんどいが、走って逃げなくては。
「これはどういう事だ?」
「女の声?魔女か?」
「魔女?嘘だろ。」
「だが敵の軍勢も武器が抜けない様子だった。」
「だが女といえば彼女しかいないのだが。ってあれ後ろに居るはずだよな?」
「そういえば彼女何処に行ったんだ?」
「何処にも居ないぞ。まずいな隊長に叱られるぞ。」
「隊長!彼女が居ません!!」
「そうか、分かった。」
「隊長恐ろしい程に冷静だな。」
「あ、甲冑は置いてあります!足跡も村の方へ続いています。」
「急いで追いかけるぞ。」
「「「サー!!」」」
「あっ帰ってきた…。」
勢いよく馬が村に戻ってきたので時を見計らってデイビッドさんの前に出て言う。
「すみません…やっぱり怖くてぇ…。逃げてしまってぇすみません。」
その時だったデイビッドさんは私が初めて見る表情に変わった。
「嘘をついたら鼻が伸びるぞぉ。」
口元は笑っているのに目は笑っておらず声色は変に明るいけど段々低くなっていく。
これは逃げなくては、本能が今すぐ逃げろと叫んでいる。走り出そうとした瞬間に抱き上げられたので最後の抵抗としてそばに居た隊員さんに叫んだ。
「お願いです!お兄ちゃんを呼んでください!お願いします!頼みます!」
そのまま宿舎の中に連れて行かれるので必死に何度も同じ内容を叫ぶ。デイビッドさんは我関せずと歩き続けている。
「分かった!それまで持ちこたえろ!」
遠くから隊員さんの叫ぶ声がして安堵した途端、猛烈な眠気に襲われて私は腕の中で気を失ってしまった。