12、夢に見る
あれからデイビッドさんと顔を合わせる事が多くなった。そして何かと話しかけてくる。帰り際とかあまり忙しくない時を狙って。
「シャロン、仕事はどうだ?楽しいか?教会で仕事をしていなかったら俺の秘書をしてもらったのに。」
「秘書?どんな仕事ですか?」
「お茶を入れて傍で俺を褒め続ける仕事。」
その仕事、時給幾らでんだ?えぇ!
「明日は教会のみんなで牧場に行きます。」
「そうか、気を付けて行くんだぞ。」
「ええ、牧場なんで遭難はしないと思いますが。」
「君が何度遭難しても命をかけて助けに行くよ。」
えっヒーローかな。
「今日は良い天気ですね。暑さも少しマシです。」
「ああ、そうだな。今鍛錬をしている隊員も汗がそこまで出ないから楽だろうな。」
「あらお忙しい時に話しかけてしまってすみません。」
「君と話す以上に大事な事なんてない。」
ワオ。
「シャロン、デイビッドさんに口説かれているって専らの噂だよ。」
「お兄ちゃんまでやめて。アンネさんまで私と顔を合わせる度に満面の笑みで私に結婚はいつか聞いてくるんだから。」
「ああ、アンネさんも教会で仕事してるんだっけ?」
「そう、私が出勤しない木曜日に。一気に洗濯をする日で洗濯をずっと手伝ってて神父さんに何か聞いたみたい。」
「まあ口説かれているのは確かなんだろう?」
「うーーーーーーーーーーーーん。」
「そんな悩む事かな?」
「多分?口説かれている?」
「シャロンどう想っているんだ?デイビッドさんの事。」
「正直、王都に関わりのある人には関わりたくない。」
「あーまあ、うんそう…うーん。」
「どうしてお兄ちゃんが悩むの?」
「いや、とにかくシャロンの好きにすればいい。」
「うん、分かった。じゃあおやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
「夢はなんですか?」
「デイビッド、突然ね。」
「シャーロット様、ケネスが来るまで少し話に付き合ってください。」
またか、最近デイビッドさんとよく話すしね。思い出すのも無理ないか。
「ええ、良いわ。まず貴方の夢を教えてくれたらね。」
「私、私の夢は……国民…いえ、私の大事な人達が幸せで居てほしいそれだけです。」
体を固くしてデイビッドが答える。
「私の夢はその中に貴方自身が入っている事。」
すぐにシャーロットが言葉を返す。
「シャーロット様、私は貴方の夢を聞いているのです。」
デイビッドの言葉にシャーロットが深く考え込みその後、ゆったりと答えた。
「……誰も居ない少しひらけた明るい山奥の小さなコテージ。雪深く静かで音がしないそんな場所に1人で住みたい。朝、目が覚めたら部屋を温めて紅茶を自分の為に丁寧にいれて飲んで落ち着いたら外に出る。いつ外に出たって誰も居なくて静かで私1人、ずっと1人。」
「シャーロット様……。」
「デイビッドそんな悲しい顔をする必要はないわ。夢というのは叶わないものだもの。叶わない事を夢見るもの。」
「シャーロット様、本当にそれが夢ですか?貴方の本当の夢は…。あいつと…。」
「ふふふっそれも叶わない夢ね。」
「やあ、2人共僕抜きで何の話だ?」
「あらケネス、早かったわね。」
「ああ、卒業生代表の言葉は毎年、ほぼ同じ内容だからね。僕の仕事は覚えるだけ。それにしてもデイビッドはどうしたんだ?」
「なんでもない、俺は行く。シャーロット様失礼致します。」
「ええ。」
「ああ。デイビッドはどうしたんだ?」
「そうね、デイビッドは優しいの。それで。」
「ああ、アーサーの事か。」
「ええ、そんな所。」
「アーサーめ。自分が無能だからってシャーロットに八つ当たりしやがって、それにリーサもただの第一王子の婚約者だっていうだけで君よりも大きい顔をして歩いてる。」
「良いのよ、もう別に良いの。さあ呼び出してまで今日はどんな話?」
じっとケネスが顔を見つめそっと口付けをした。
「シャーロット、愛してる。卒業したら一緒になろう。」
小さなベルベットの箱からキラリと輝くダイヤの付いたシルバーのリングが見えている。
「ケネス…でも、私は王に。」
「言ったろ、攫うって。僕は君を王家から救いたい。君が最近、僕を避けていたのも分かってる。僕は全てを失っても良いんだよ。君さえいればそれで良いんだ。」
「私は…貴方を…。」
シャーロットは俯いて逃げ出した。ケネスは追いかけては来なかった。依然、ケネスの顔は出てこずだ。
「シャーロット、私には貴族制度は分からない。でも多分王に背いたらケネスが自分のしたい勉強、研究、それが出来なくなるって分かっていたから拒否したんだね。薄々気が付いてはいたけど悲しい過去だなぁ。他人事だからか小説を読んでいる様な感覚だけど。」
朝だったのでシャーロットが願った様に丁寧に紅茶をいれて1人で庭のテラスに出て外を見た。早朝の静けさの中1人で居たいと答えたシャーロットの気持ちに寄り添った。
「シャロン!こんな所に居たのか!」
私はいつの間にかテラスで眠ってしまったようでお兄ちゃんが焦った様子で私を起こしてくれた。
「起こしてくれたじゃないよ。気持ち良く寝ていたのに。」
「落ち着いて聞いてください。戦争が始まるようです。隣国が宣戦布告したそうです。」
「戦…争…。ってあの?」
「貴方の中の戦争がどんな物か分かりませんがそうです。俺はさっきまで市場で必要そうな物を買い込んできました。皆、焦った様子で買い物をしたり話し込んでいた。俺達も今から野菜や果物を収穫できる物全てを収穫して干したりジャムやソースにしたり小麦も収穫してパンやパスタに。とっても忙しいぞ。」
「分かった。じゃあ今すぐに始めよう。」
「ああ、すぐに準備する。」
それから本当にずっと休憩なしでぶっ通しで作業をし続けた。収穫から料理まで本当にずっと食事もとらずに続け気が付くと辺りはすっかり深夜になっていた。
「よしある程度終わったな。これを地下シェルターに持って行こう。既に干し肉は置いてある。」
「分かった。お兄ちゃんってただの心配性じゃなかったんだね。危機管理能力が高い人だったんだね。」
「馬鹿な事を言ってないで早く運ぼう。」
「はい。」
今の状況に頭が追いついていない。不安で怖いけど本当に何か起こるまで信じられないという気持ちと何も起こらないでくれという強い気持ちが1割対9割位の割合で体を支配している。
そんな事を考えていた時、玄関の扉をノックする音が聞こえた。お兄ちゃんが荷物をおろして私からランプを受け取り返事をする。
「はい、どなたですか?」
「デイビッドだ、夜分遅くにすまない。少し話がある。」
「今開けます。」
お兄ちゃんが慌てて扉を開けると黒い騎士の制服に身を包んだいつもより表情の固いデイビッドさんが現れた。
「ありがとう、簡潔に話す。此度の戦争についてだ。ルークは村の保全を担当する事になると思う。攻撃中は隠れて終わり次第、建物の消火や修理にかり出される。シャロンは教会で救護の仕事をしてもらう。教会の勝手を知っているからと神父が決めた。まだどうなるか分からないが覚悟しておいてくれ。」
「デイビッドさんは?」
私は恐る恐る質問する。私の中の答えを否定したい気持ちがあった。
「俺は勿論、最前線だ。」
「そうですか…。あの気を付けて…。」
私があまりにも浮かない顔をしているからかデイビッドさんが柔らかく微笑み私に言う。
「大丈夫、その為の鍛錬だ。ではまた俺は宿舎に戻る。」
デイビッドさんの大きな背中を2人で見送った。
「お兄ちゃん、何も起こらなければいいのにね。」
「ああ、そうだね。」
そっとハグをしてから玄関の扉を施錠した。