11、ケネス
「シャーロット様、ケネス様が会いたいと仰ってこちらに来ています。」
「ルーク、私はケネスには会いません。」
またかこの感覚慣れてきたぞ。シャーロットはフワフワの軽そうなワンピースを来て化粧台の前で化粧水っぽい物を顔にぬっている所だ。扉越しにお兄ちゃんが話しかけている。
「幸い私の他に誰も居ません。ケネス様も人目につかぬようにこんな深夜を選んだのでしょう。お嬢様、ケネス様は明日旅立たれます。学園を卒業された今お嬢様も王の気に入った男性が現れれば命令され政略結婚させられる。もう二度と会うことさえ叶わないかもしれませんよ。」
「私は王の命令に逆らう事ができません。」
「お嬢様!本当に良いのですか?ケネス様は…もう最後なんですよ!お嬢様!」
「私だって会いたい!だって愛してるのケネスを…いっそここから連れ出してほしい…でもそんな願い!私は王家に縛られてる!」
「お嬢様………もう一度聞きます、これで最後です。ケネス様が来られています。最後に会いたいと仰っています。こちらへお連れしますか?」
「…いいえ。会いません。」
「かしこまりました。仰せのままに。」
「ええ、では私はもう休みます。」
「はい、失礼致します。」
ルークが離れて行くのを確認してシャーロットが泣き始める。
「ケネス…ごめんなさい…今…貴方に会ってしまえば…もう後戻り出来なくなる…貴方に王家という枷をはめてしまうなんて考えられない。貴方には自由でいてほしい。自分の思う通りに道を歩んで欲しい。」
シャーロットは泣きながら月に祈っている。
「私と貴方の道はきっとずっとあの頃から平行線のまま…交わる事なんてないんだわ。」
そしてまた涙を流しながら目を覚ました。窓から見える月は夢と同じ月だった。
「はあ、甘くて温かい物が飲みたい。」
私はベッドから起きて階段を降り食堂に入る。とはいえ今できるものとしたら紅茶位なのであまーい紅茶を作るしかない。マッチで暖炉に火をつけてヤカンに水を入れて火にかける。深夜だしピーっと音が鳴る前に火からおろそう。
「シャロン。」
「ひっ。」
振り返るとルークが食堂の入口に立っていた。
「何をしてるの?」
「お兄ちゃんか…。なんだか眠れなくて甘い飲み物を飲もうと思って。」
「じゃあココアを作ってあげよう。」
「起こした上に作ってもらうのは悪いよ。」
「いいからいいから俺がした方が早いし早く終われば早く眠れる。」
悪戯っぽく笑い倉庫に行き手にココアの缶を持って戻ってきた。
「お兄ちゃん、本当に酷い。」
「ふふっまあ座りなさい。作ってあげるから。」
そういえばルークに確認していなかった事がある。
「ねえデイビッドさんって昔からの知り合いなの?」
ヤカンの取っ手をタオルで握った手にギュッと力が入りまたふっと力が抜けてヤカンを置く。
「そうだよ。君と幼馴染みだった。デイビッドさんと君ともう一人。」
「…幼馴染み。」
あの夢で見た事はやっぱり本物の記憶っぽいな。
「聞いた話だけど君達3人は同じ日に産まれたらしい。そして同じ境遇の母親同士が仲良くなって一緒に育ってきた。貴方の父親はあんなんだから母親が1人で育てていて、デイビッドさんの父親は軍人で先の戦争で亡くなって母親は未亡人になって1人で育てている。そしてもう1人、その方の父親はフィールドワークの多い研究者で、ある日フィールドワークに出かけたまま行方知れずになってしまいやっぱり母親が1人で育てている。そして…皆それぞれ違う理由で母親も早くに亡くしている。」
「そう。」
確かに辛い記憶だ。両親を幼い頃に喪うなんて辛過ぎる。恐ろしく悲しく考えられない。シャーロットは父を失ってはいないがあの所業は父ではない。処刑を止めなかったのだから。
「今までお伝えしなかったのは思い出せないならそれで良いと思ったからです。これらの記憶はあまりにも辛すぎるから。最後の方の名前を出さないのはお嬢様にとって最も辛い記憶になるので…。」
コトリとマグカップを私の前に置いてくれる。湯気がもう甘い。そっとマグカップを包み一口ゆっくりと飲む。
「甘い。」
「…シャロン俺は先に休むから。ゆっくり飲みなさいね。」
「うん、ありがとう。おやすみなさい。」
シャーロット、デイビッド、ケネス。シャーロットが王家に生まれなければきっと彼女も全てを捨てて生きたいと思わなかったし幸せに生きる事ができた。だけど全てを捨てて行ってしまった。
私、個人の気持ちは生きたいという思いだけ。事故で死んで処刑でほぼ死んで2度も恐怖を味わった私はただ安らかに生きたいという気持ちしかない。それ以上の事は望んでいない。それだけは揺るぎない。
「何故、過去の記憶が蘇るのか分からないけど私は過去の3人を助ける事はできないよ。」
やはり記憶を見れば見るほど落ち込むというか悲しくなるしね。
「寝るか。」
「ケネス、今日は2人きりね。」
「ええ、そうですね。」
言ったそばからかい。一夜に二夢は多すぎぞ。
まだ制服を着ていてまたあの綺麗な庭園。ケネスと呼ばれた男の子は顔が見えない。多分、顔という大事なパーツを思い出せる程きっかけがないのだろう。まだ会った事ないし。
「貴方が敬語を使うなんて気持ち悪いわ。」
「ちょっと。」
「明日のお墓参りやっぱり私も行くわ。」
「だからいいですって。王位継承者が外に出るのは危ないですからね。」
「でも、私も貴方の母上にはとても良くしてもらった。挨拶したいわ。」
「大丈夫です。分かってくれてます。」
「もう、本当に頑固なんだから。」
ぷいっと顔を背けてシャーロットが本を読みだした。ケネスは仕方ないなぁという風に溜息をつきシャーロットの目の前に移動して跪いた。
「僕のお姫様、踊っていただけますか?」
「嫌よ。」
まだぷいっとしているシャーロットの手をとって立たせて強引に腰を引き寄せダンスを始めてしまった。
「ちょっちょっとケネス!」
「ほら踊って!さあ!」
「私、踊りは苦手なのに、」
「知っている。ははは。ほらまわって。」
少しよろけながらターンさせられてまたピタッと引き寄せられ楽しそうに踊っている。拍子もめちゃくちゃだしステップもバラバラだけどこの世で1番楽しいダンスだったのだろう。シャーロットがこんなに笑うのは記憶の中で初めてだ。
「ふふふっケネスは本当に。」
「お姫様、貴方を攫ってしまいたい。このまま手を引いて貴方を何処にでも連れて行ってあげるのに。」
シャーロットは足を止めてケネスから顔を背け目を閉じた。
「ケネス。」
その瞬間だった。唇に優しく何かが触れケネスの唇だとすぐに理解した。シャーロットはそのまま目を閉じ続けている。そして感情が私に伝わってくる。痛い程に狂おしい程にケネスを愛していて時よ止まれと思っている。名残惜しい気持ちと共に唇が離れシャーロットはケネスの顔を見上げている。見えないけど。
「シャーロット僕はいつでもその気だよ。いつでも君を攫いに来る。分かったかい?」
深い声だった。真実を伝えるような低い声だ。
「ええ分かった、分かったわ。」
シャーロットはまた顔を背けて俯いた。だから彼女はあの日会わなかったのか。彼が連れ出す気だったから。悲しい話。
ケネスがシャーロットを優しく抱きしめて何処かに行ってしまう。ケネスの真っ直ぐなシャーロットへの愛、シャーロットのケネスを想う気持ち、確かにこのままでは交わりそうもない。そこから映像が早送りの様になってただシャーロットがケネスを避け続けた事が分かった。
「もういいって。」
目が覚めると朝で今回は涙を流していなかった。
「ケネスよく戻ったな。そちが急に帰ると言い出した時はびっくりしたが、どうだった愛しき娘は生きておったか?」
「お気遣い誠に恐縮です。いえ時すでに遅く虚偽の罪に問われ処刑された後でした。」
「なんと!そちの国は法律がないのか?」
「いえ、ありますが全く機能していません。こちらの国の様に先進的な法曹界ではございません。」
「…そうか。それは誠に辛い事だ。」
「ジェイムス王、私は貴方様から学べる事を全て学び祖国の法律を変えると、変えることができると理想論を語る青二才でした。ですがあの国は変わりません。貴方様とは比べ物にならない程の愚か者達が王家に居座っているからです。私は祖国を捨てこちらの国に骨を埋める決心ができました。」
「我に誠心誠意尽くせば我もそれに応えよう。だが今は休め。ボロボロの心と身体を少し癒す方がいい。我の浴室を使うがいい。薬湯故、少しは体も癒えよう。」
「そんな、恐れ多くも他国の一貴族そんな身分では。」
「よい、我はもう休む故、おい!誰かおらぬか!」
数人のメイドがズラっと現れた。
「こやつを風呂へよろしく頼む。服の洗濯もしてやって新しい服も出してやりなさい。」
「「「仰せのままに。」」」
僕はやけに力の強いメイドに引き摺られて風呂に入れられた。
1人風呂につかってシャーロットの事を思い出していた。
「やはりあの夜連れ出していれば…。」
追い返された時何度も後悔した。勝手に上がれば良かったと。あの時の選択でもう二度と会えなくなるとは思わなかった。
「連れ出していれば…。」
一生後悔し続けるのだろう。もう二度と会えないシャーロットを想い続けた。