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引きこもり名探偵、倫子さんの10分推理シリーズ

引きこもり名探偵、倫子さんの10分推理シリーズ(毒殺の庭園)

立てば貧血、歩くも貧血、依頼を受ければ名探偵。


自宅の庭の花達に水やりをする倫子さん。


冬だと言うのに、庭にはパンジーにアリッサム、シクラメンにクリスマスローズと沢山の花が鮮やかに咲き並んでいた。


倫子さんご自慢の海が見える家。冬の殺風景な海岸とは対照的に庭は鮮やかに彩っている。


悴む指先を必死に耐えながら水やりを続ける倫子さん。数多の花達に一輪づつ丁寧に注ぐ。すると、門の前に立ち止まる一人の女性が目に留まり、倫子さんは如雨露の水を止め、声を掛けた。


「どちら様でしょうか?」


色とりどりの花束を持つ真っ赤なコートの女性。サングラスを取ると笑みを浮かべ倫子さんに声を掛けた。


「久しぶりね倫子、元気そうでなによりね」


「柊さん……お久しぶりです」


彼女の名前は柊 麗。科学捜査研究所所属の警察職員だ。倫子さんが科警研に在籍していた時、捜査で何度もお世話になった先輩でもある。


倫子さんと柊さんは、お互い気まずい雰囲気を醸し出し、言葉を躊躇していた。


「突然の訪問ごめんなさいね、在勤中、見舞いに一度も行けなかった私が何を今更って感じよね。……素敵なお庭ね。一年越しになっちゃたけど、退院祝いに花を包んで来た。必要無かったかしら……?」


すると、倫子さんはためらう柊さんの腕から無理やり、花束を奪いとった。


「いえ、いえ、又お会い出来て嬉しいです。良かったら家でお茶していって下さい。私、柊さんとお話したいですし」




倫子さんは自宅のリビングに柊さんを招き入れる。薪ストーブには火が灯り、その傍で飼い猫がくつろぎながら暖を取っていた。


柊さんから頂いた花束を笑顔で花瓶に生ける倫子さん。


そして二人はミルクティーを片手に世間話を交え、会話に勤しむ。


懐かしさが二人の気まずさを徐々に溶かしていった。


「とっても素敵なお家ね。私もこんな自然に溢れた家に住んでみたいわ。」


「へへへ。良いでしょう~。自慢ですが都心じゃ味わえない空間です。辞職を期に療養も兼ねて、こちらに来ました。」


「体は大丈夫なの?」


「おかげさまでだいぶ良くなりました。」


「それは良かった。何かあればいつでも言って、人を寄こすから。職権乱用だけど倫子にはそれくらいの恩義があるわ」


「ははは……柊さんのお手を煩わせるまでもなく、部下が勝手に押し寄せて来てるんですけどね。」


「え? どういう事?」




倫子さんは柊さんに今の現状を洗いざらい話した。


元上司に良いように利用されている事。倫子さんに頼りっきりの部下の事。辞職後も依頼が絶えず、在宅で安楽椅子探偵のような事をしている事。


その言葉一つ一つに鬱憤が滲み出ており、嫌味の入った愚痴のように聞こえるが、喋っている時の倫子さんは今日一番の楽しそうな表情を見せていた。


「一流の捜査官が引きこもりか。聞けば聞く程、実に惜しいわ。私も倫子の味方でいたいけど、そりゃ、あの髭オヤジが倫子のプロファイリング分析力を頼りたくなるのも分からなくもないわ。何処だって人手不足だし。私だって、今の現場に貴方が居ない事がどれだけ惜しいか。」


「今の私が現場に戻っても、足手まといになるだけですよ。当時は辞めたい辞めたいと嘆いていましたが、この体になってからは、激務に耐えれたあの時の自分が少しだけ羨ましく思います。」


「でも、仕事好きだったんでしょ?」


倫子さんはちょっと困った顔をしながらコクリと頷いた。


その表情を見ていた柊さんは何かを閃いたように、眉をぴくりと動かし、声のトーンを上げた。


「倫子。警察にも非常勤職員制度があるの。週に一日、いや、一時間だけでもいい。在宅で良いし、オンラインで良いからさ、正規に署から捜査協力者として申請を出すからさ、私の捜査協力をしてくれない?」


「え、マジですか?」


「マジよマジ」


そしてこの日を境に、倫子さんは非常勤職員として、短時間だが柊さんの捜査協力を行う事になった。





そして後日、倫子さんのPCには柊さんからのオンライン通話の着信が入った。


通話画面を開くと、そこには白衣を着こなす、仕事モードの柊さんが映っていた。


「おはよう倫子。元気?」



「おはようございます。本日は力になれるか分かりませんが、よろしくお願いします。」


「オッケー、早速だけど資料を転送したわ、それに目を通してくれる?」




倫子さんはタブレット片手に資料に目を通した。




一月中旬。核家族の世帯主。砥上 和徳氏が心肺停止状態で病院に緊急搬送された。


遺体の腸からトロパンアルカロイドと呼ばれる神経毒が摘出され、科捜研の柊さんが担当する事になった。



胃、腸から検出された飲食物は九割以上消化されていたが、数時間前に食べた物が僅かながら検出され、その中にトロパンアルカロイドが含まれていた。


家族に確認した所、夜食にご近所さんが経営している中華飯店で麻婆豆腐。卵スープ。唐揚げ。白ごはんを食べたとの事。


中華飯店の亭主の聴取によれば、妻の方もお子様も同じ物を食べていたと証言している。


「と言うわけで、中華飯店は現状逮捕としての証拠が挙がっていない。捜査上では他にも何を食べたのではないかと捜査が進んでいるわ。」


「ご近所さんが経営していると書かれていますが、砥上一家との関係性は親しいのですか?」


柊さんはコクリと頷いた。


「砥上一家が十年前に新居を購入し、引っ越して来た頃の付き合いらしく、奥さんがパートで働いていた時期もある。なんでもお店で息子さんの誕生日会を開いたり、深い関係性なのは間違いないわ」


「左様ですか。」


頭を使う倫子さんに柊さんは尋ねた。


「やはり、これって奥さんと亭主が出来てる可能性あるわよね?」


「はい。もしそれなら、事故か事件か話は変わって来そうですが……」


「流石倫子。やっぱりそっちの線を視野に入れるわよね。署の連中はノー天気な奴ばかりだから、家族を疑いもしない。」


「まだ可能性だけの話です。質問ですが、この日は何か特別な日か何かじゃ無かったですか?」


「特別って訳かどうか分からないけど、息子君のセンター入試が終わったから、お疲れ様会ってかたちで中華飯店に行ったらしいけど」


「……。特別な食べ物だったり、特別な何か食材だったりありませんでした?」


「そう言えば、奥さんが自家栽培で作った秋茄子を使用したそうよ。特別な日食べようと取っておいたらしい。でもそれ皆食べたのよ?」


「……でも調理したのは亭主ですよね?」


「そうよ。」



すると倫子さんは謎が解けたのか。悩んでいた眉間のシワがゆっくりと戻った。




「これは他殺です。奥さんと亭主の共犯です。」


「でも毒は何処から混入されたの?証拠はないのよ?」


「毒の正体は茄子です」


「茄子に毒なんてないでしょう?一体どうやって。」


「接ぎ木です。」


「接ぎ木?」


「菜園では有名な技法ですが、接ぎ木と呼ばれる、元の木から別の木を繋ぎ合わせる技法です。主に病害虫などから体制のある木を土台にして病害に強い作物や花を作る為に行うものです。」


「それでどうやって茄子に毒が混入するの?」


「柊さんなら分かるでしょ?トロパンアルカロイド。この成分が含まれている毒草を」


「そうか……。チョウセンアサガオ!」


「はい。奥さんは自家栽培にチョウセンアサガオを栽培し、途中から切断し、台木として、その上に茄子を栽培したんです。根と葉と、花、全てに毒が含まれるチョウセンアサガオを経由して秋に実った茄子。これが毒の正体です」


「なるほど……。その茄子を受け取った亭主は旦那さんの麻婆豆腐にだけ、その毒入り茄子を混入させた。動機はやっぱり、不倫とか?」


「憶測ですが、そうなります。センター入試が終わった息子君に負担を掛けたくなかった為、試験後の犯行と思われます。これから大学の費用等が掛かりますし、保険金目当ての可能性もあります」



「解ったわ!ありがとう!その線で捜査を進めるわ!」



後日分かった事だが、被害者の夫には半年前に保険が掛けられていた。


被害者の自宅の庭にはチョウセンアサガオも発見。


聴取の結果。奥さんと亭主は犯行を認め、事件は解決した。



柊さんは手土産を持って倫子さんの自宅を訪れた。


「ありがとう倫子。やっぱりあなた凄いわ。」



「そう言ってもらえると嬉しいです。その替わりと言ってはなんですが、柊さんにお願いがあります。」


「なに?」


「今回出る給料は全て育英会奨学金に寄付して下さい」


「え?」


「あと、今回被害に遭われた息子さんにこちらの資料をお渡し下さい。」



それはあしなが育英会のパンフレットだった。


「とても辛い時期でしょうが、進学を諦めないで下さい。これからは一人かもしれませんが、社会には貴方の味方もいるという事を伝えて下さい。」


「……わかったわ」


その資料を大事そうに受け取った柊さん。車に乗り、雪の降る海岸を走らせる。


ラジオから聞こえる名も知らない歌手。


そのバラードの歌声は何処か淋しさを感じさせていた。

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