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本の獣は、全ての謎を解き明かす  作者: じごくのおさかな
第七章 精霊祭の道しるべ
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第29話 人探しの貴族



「凄い人ね。こんなにいるだなんて予想外だったわ」

「今はお祭りの最中ですから。普段はもっと……いやそうでもないですね」


 この島の観光客は増えている。

 争いが落ち着くとこうなるらしい。


 女性はシスティの隣に腰掛けた。

 高そうな香水の良い香りがふわりと漂う。



「申し遅れました。私はシスティといいます」

「あら、よろしくねシスティちゃん。私は……ヨニス。察しているとは思うけど爵位持ちよ。誰にも言わないでね?」


 やはり貴族。フードで姿を隠しているのもそれが理由だろう。



「となると、探し人はお子様ですか」

「……よく分かるわね?」

「この島は、そういった目的で来られる貴族の方が結構いらっしゃるんです」


 教育の為に預けたとはいえ、子供は子供。親が会いに来る機会は、むしろ平民よりも多かった。


 自国の領地で問題が起きて連れ戻しに着たり、単純に顔が見たくなったりとその動機は様々だ。ついでに観光を満喫して帰るのが、彼らの定番でもある。



「へぇ。珍しい訳じゃないのね」

「皆様、立派な護衛兵を付けて闊歩されてますね。ですが、一人で探しに来た方は初めてお会いしました」

「ふふ、自由が好きなの。王都でも日常茶飯事だし、皆の理解は得ているわ」


 一瞬、その皆の苦労が透けて見えた。

 抜け出す事に快感を覚えているようだ。



「それでヨニスさん、探している方のお名前は?」

「ん~……実は、王都からこっそり船に乗ったから誰にも明かしたくなくって」

「王都からってかなり距離がありますが、大丈夫なんですかそれ……?」

「平気平気!」


 ヨニスはそう言って微笑んだ。


 貴族の風貌だが、その性格は庶民に近いものを感じる。貴族と平民では心の壁が立つ事が多いが、ヨニスに至ってはそうではなく、この島の貴族達と似ていた。気さくという言葉が相応しい。



「私にも名を明かせませんか?」

「……明かせないわねぇ」

「そうですか」


 人を探せと言う割に名前は明かせない。奇妙な話だ。その人を見つけた時点で名前が分かってしまうのに。そもそも、曖昧な情報だけで人探しは困難だ。



「特徴は覚えてるから大丈夫よ」

「……その口振りですと、何年もお会いされてないんですか?」

「8年、いえ9年ぶりかしら」

「9年!?」


 学園は編入も多いが、9年となると小さな頃から預けられている生徒だ。親の顔を忘れていてもおかしくはない。



「立場の関係で滅多に会えなくて、預けっぱなしにしてたの。本人には嫌われているかもしれないわ。だから、誰にも言わずにお忍びで来た。物影から……ひと目だけでもいいから元気な姿が見たいの」

「なるほど、そういう事でしたか」


 ヨニスは遠い目で話した。

 家庭の事情ならば、深く追及はできない。



「子供は学園の高学部にいるわ。友人から聞いたんだけど、どうも平民と同じ会で学んでいるらしいの。何の会かは分からないけど」

「会は数が多いので特定は難しいですね。男性か女性かというのは?」

「悪いけど、それも秘密よ」


 まだ情報が足りない。


 ミルクリフトの属する薬学会や貴族会、ロズの演劇会など、数多く存在する。ごく一部の会を除けば、そのほとんどが貴族平民混合で成り立っていた。



「そういえば、運動が得意だったかしら。あと、小さな頃からお金が好きだったわ。子供なのにどうやったらお金を増やせるかと、いつもアイデアを練ってたの。あのお金に目が眩んだ顔……ふふ、懐かしいわねぇ」

「お金に目が眩んだ顔……」


 つい先日、そんな人物を見た気がする。


 貴族。

 学園に預けられて9年。

 ずっと親に会っていない。

 お金大好き。

 運動が得意。

 会に所属。



「どう、システィちゃん?」

「……とりあえず行きましょう。お金好きな貴族の方を何名か知ってます。顔を見れば分かりますか?」

「もちろんよ! ……ふふ、()()()


 システィはヨニスの返事に違和感を覚えたが、深く考えなかった。立ち上がって牡蠣の殻をゴミ箱に捨て、学園へと歩き出す。



「あ、ちょっと待って!!」

「? どうしました?」


 ヨニスはゴミ箱を見ていた。



「折角だし観光するわ。今の牡蠣のやつ、凄く美味しそうじゃない?」


 ヨニスの腹の虫が、ぐるると鳴った。



◆ ◆ ◆



「よし、できたぞ」


 ロズはノーザンに化粧を施した。


 モデルとなるシスティ本人は普段化粧をしないが、似せるためにノーザンには化粧をしないといけない。


 顔は真っ白に塗りたぐられ、髪は銀髪を模した灰の染料が塗られている。目を大きく見せるために目の周りに炭を塗り、艶のある油を唇に付ける。



「……化粧をした私が言うのもなんだが、火の無い暖炉に突っ込んだ化け物みたいだな。そのままだと子供が泣く。もう少し手直しさせろ」

「不安になってきました」


 昼食の時間が終わり、大講堂では会員達の準備が大詰めを迎えていた。役者達は化粧と着替え、劇に出ない会員は会場設営に取り掛かっている。



 精霊祭の期間中は、学園の一部が一般向けに開放される。そこでは学生達による飲食店やハンドメイド雑貨を売ったりと、様々な屋台が軒を連ねる。


 中でも大講堂での催しは特に人気が高く、オペラや演奏会などの場としてよく利用されていた。そこに演劇会が割って入った。そのため撤収までも分刻みで、後のスケジュールも詰まっていた。



 ロズはノーザンの化粧を直した。


 ノーザンが立ち上がり、くるりと一回転する。首に撒かれたスカーフがひらりと踊った。



「……ノーザンお前、太ったな。なのに足は細い。立ち上がったカエルみたいだ」

「ロズさん、私はシスティよ?」

「そんな事言ったらあいつ失神するぞ」


 本の獣の役を演じたがる人物が見つからなかったとはいえ、この配役には疑問が残る。やりたいのはコメディじゃない。ロズは仕方ないと溜息を吐き、腰に手を当てた。



 システィはとにかく美人だ。本人は否定しているが、すれ違う人の目が一瞬で奪われるほどだ。色々な噂が流れているのも、あの美貌が影響しているからだとロズは考えていた。


 目を閉じて、頭の中で念じる。



 こいつはシスティ。

 こいつはシスティ。


 よく見ろロズ・ニール。こいつはシスティだ。



「……お前は絶世の美少女システィ・ラ・エスメラルダ姫。そうだな?」

「そうよ♡」

「違う! 化粧を直すぞ!!」

「えぇっ! またですか!?」



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