僕が働くブラック企業の女社長は、伝説の聖女様だったようです。
「社長。いくら僕でも、1週間家に帰れないのは流石に限界です。今日こそ帰らせて……いや、辞めさせてもらいます!」
大量に薬草が詰め込まれた袋をドスンと地面に置き、僕は雇い主である20代前半の女性――ヴィオラに向かって啖呵を切った。
そんな僕を見て、彼女は薬草を採取する手を止めて大きく嘆息を漏らす。
「……分かってないようだね、アベル君。これからが我が社の正念場なのだよ。野宿の1週間や2週間くらい我慢したまえ」
「何、暢気なこと言ってるんですか! あなたの首筋に浮かんだ聖痕。それは紛れもない聖女の証なんですよ? 急いで国王様に申し出ないといけないのに、欲に目が眩んで薬草摘んでる場合じゃないでしょう!」
声を荒げる僕を横目で眺めながら、社長は無言で採取を再開した。
その姿に、僕はがっくりと項垂れる。だけど、ここで引き下がるわけにはいかないのだ。
「……僕はね、経費を削る為に自ら薬草を摘んで回復ポーションを作ることが嫌だから言ってるんじゃないんです。そりゃあ、朝早く出社して、家に帰るころには深夜に近い時だってありますけど、それでも今回は訳が違います! このままでは――
社長はおもむろに立ち上がり、尚も言葉を続けようとする僕を制止するように掌を向けた。
「聖女が現れる時、同時に大きな災害がこの国を襲う。……だからこそ君は、仕事を辞めると私を脅してまで王宮へ向かわせようとしているのだろう?」
「ヴィオラ社長……」
解っている。まるで、そういわんばかりに、社長はその手に聖属性の魔力を集わせた。
――自らが聖女であると名乗りをあげるかのように。
「だが、アベル君。考えてもみたまえ。聖女の力が宿った私の魔力は今や3倍……いや、5倍に膨らんでいる。その上、未知の製薬スキルまで習得したのだ。この国をどんな災害が襲うかは知らないが、準備をしておくに越したことは無いと思わないか?」
「それは……その通りですけど……」
「だからこそ、さ。――それに、聖女の魔力とて無限ではない」
そう言って社長は、指先でポーションをくるりと弄ぶ。
「そんな時、我がヴィオラ薬品店のポーションが、未曽有の危機を救うのだ。多少値段は張るかもしれないが、聖女謹製だ。億万長者も夢ではないぞ、アベル君」
高笑いをする社長を見ながら、僕の中で何かがブチッと切れる音がした。
――その日の夕方。救国の聖女は、たった一人の従業員に引きずられて王宮へと出頭した。