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The monster -1

 

 ただ平和に暮らしていただけだった。


 周囲は森と満たぬけれど、それなりにある木々に囲まれた小さな集落で、他の誰にも迷惑をかけず、せいぜいその日暮らしに充分な食料を集めて生活をしていた者達が確かにそこには居た。200程であったがそれなりの数が生活を営み、繁栄していた。


 だというのに、ある日突然──から始まる理不尽というのは起こるものなのだ。それは二腕二足の巨大な形容し難き何かであり、集落に住む彼等にとって怪物とも言える雰囲気を纏った連中であった。


 最初に、巨大な怪物はその手に持ってた剣で目の前に居た者達を薙ぎ斬った。怪物の背丈の半分ぐらいはある剣は最早彼等にとっては鈍器に近しい程のサイズ差がある。だがそれでも剣自体の斬れ味は抜群な様で、急所を綺麗に真っ二つに斬られた者達は叫び声すら上げられず、ピクリ、ピクリと小さく動いた後やがて動きを止めた。


 次に、別の怪物が炎で辺り一面を燃やした。何やら呪文の様な言葉を唱えた後、住処ごと辺り一面が火に包まれたのだ。当然ながら、襲撃から守る為に住処で震えていた者達はひとたまりもない。炎は彼等に乾きと想像を絶する火傷の痛みを与え、煙は呼吸というささやかな安らぎるらも奪い去った。地獄の様な苦しみと呻き声は少しずつ、少しずつ、小さくなっていき、全く聞こえなくなったのは炎が沈静化したのと同時であった。


 当然ながら、ただやられるだけだった訳ではない。戦える者達は怪物1人に対して多数で囲み、一斉に攻撃を開始した。しかしながら、悲しいかな。その怪物はまるで虫でも払うかの様に片手でそれらを弾き、手に持っていた棍棒らしきもので一体ずつ念入りに潰されていった。


 3人の他に後2人、怪物が居たのだが退屈そうに眺めながら撃ち漏らして残った彼等を念入りに殺し回っていた。



 ◇ ◇ ◇


 場面は変わり、集落から離れた森の中。

 外周近くに住処を建てていたこと、また怪物が目を離した隙を付けたという幸運を以って集落の外に命からがら逃げてきた数少ない生き残りたちがそこには居た。集落にだけ目を向けていた怪物達はここまで追って来ないだろう。逃げ続けた際に追いつかれる可能性を少しでも無くすために押し殺していた感情が、その必要もなくなり身体を大いに震わせるほど表に溢れ出る。


 ──憎い。アイツらが憎い。殺したい!!


 ──だがどうすればいい? アレらは恐ろしい程に強く、狡猾だ。


 ──確かにそうだ。アレらは怖い程に強く、理不尽だ。


 ──逃げるべきなのではないか? このままどこか遠くへ。アレらの居ない場所へ。


 ──しかし同胞達はどうなる? まだ幼かった者も居た...命を乞う者も居た...対話で和解を試みた者も居た。だがアイツらは全て平等に殺し回った!!


 ──このままでは生き永らえても意味のない。眠れぬ夜が続くぐらいなら、死ぬ事になろうともアイツらに一矢報いたい!!


 全てを奪った怪物への復讐か、怪物の行き届かぬ場所への逃亡か。二極化した彼等は互いに平行線のまま次なすべきことの結論が出ない。頭ではわかっていながら、それでも心情が抑えられない者達。頭で理解しているからこそ、心情を無理やり抑えている者達。お互い相手側がこちらを否定する理由がよくわかるのだ。だからこそ、強くは感情に出すものの賛同を強要するという一歩には踏み出せずにいた。

 故にこその水掛け論。彼等だけではいつまでたっても互いが納得する様な結論を出せずに居るだろう。そんな光景を見かねてか、はたまた珍しくも興味のある光景だったのか、意見をぶつけ合う集落の生き残りらに1人の男が声をかけた。


「おやおや、これは珍しい。随分と手酷い怪我で、それにどうも穏やかではない雰囲気。一体どうなされたのか私めに話してはくれませんか?」


 唐突に掛けられた言葉に彼等は一斉に男の方へ振り向く。一瞬、あの化け物達に追い付かれたのではと思ったのだろう。彼等は怯えと警戒の雰囲気を露わにしていた。


「ご安心をば。私はあなた方を取って食いに来たわけではありません。寧ろその逆で、あなた方に興味が湧きまして、何か揉めているようですから力になりましょうか?」


 最もこの出で立ちでは警戒されるのも仕方ないかもしれません、と男は付け加えた。

 確かにその通りだ。カラスの様に真っ黒な背広(スーツ)の上下、ネクタイは灰色、下に着ているのは白いシャツ。(ステッキ)にシルクハットと、まるで英国紳士を彷彿とさせる装いは森の中だと一際異様さを漂わせる。特に違和感を感じるのは、彼の顔、それも目の部位だ。背格好や見た目はまさしく美青年であるが、片方ずつ目の色が違うのだ。白い目と黒い目はそれぞれ宝石の様に美しく、引き込まれそうになるのが却って不気味だと感じざるを得ない。


 しかし、次の男の一言はそれでも彼等にとっては無下に扱える程強く出れず、それでいて魅力的な言葉であった。


「復讐したいのでしょう?」


 自分達の話し合いを聞いていたのか? 何故我々にその様な提案をする? そもそもお前は一体何者なんだ? そんな疑問すら吐けずにいた彼等を誰が責められるか。何よりも男の言葉は甘く、自分らが最も願いを欲してた瞬間を狙い撃ちされたのだ。


 ()()()()()()()()()()()()()


 決して揺るがぬ微笑みと今や妖艶とも思えてしまう雰囲気に惑い彼等の多くは悪魔に魂を売ることにしたのだった。


 残る少数はさりとて男の言葉には従わず、男について引き戻ろうとする同胞らに悲しき目を向けながら、それらとは反対の方へと先へ進んだのだった。



 ◇ ◇ ◇


 時間は変わり、真っ暗な夜の森。男の提案に乗った半数は、共に歩き漸く怪物の居る場所へと到着する。運がいい事に、どうやら頭数分の巨大な布で出来た住処の様なもので寝静まっている様だ。とはいえどうやらそう簡単に中へ入れない様に結界が張られている。


「コレぐらいでしたら、今のあなた方でも十分突破できるでしょうが、それでも強引な侵入は察知される恐れがありますね。全員に復讐したいとお思いですから少しばかり待って下さい」


 殺したくて辛抱たまらないと震えている彼等を制しながら、男は呪文を唱える。怪物が扱う言語とは違う、彼が今まで自分らに話しかけた際の言語とも全く違う、文字や音ですら完全に理解や表現のしようがない呪文は男の台詞とは裏腹に、結界を静かに開けるのにそう時間はかからなかった。


 男は、片手を挙げる。復讐に必要な材料として先ほど劇薬を与えて姿を変えた者達に視線を向ける。そして一言、


「賽は投げられました(結界は開きました)」


 男が振り下ろした先に、彼等は殺到した。


 向こうは5、こちらは10。手分けして早く殺すのも良いかもしれないが、万が一がある。何より鋭敏となった感覚では未だ怪物らは深い眠りについたままだった。全員が向かう先は一つのテント。どうやら1人ずつ丁寧に殺すらしい。


 ──油断している。今がチャンスだ!!


 ──動かす箇所を抑えろ!! 暴れぬ様に!!


 ──急所を抑えろ!! いつでも殺せる様に!!


 ──顔を抑えろ!! 助けをよばれぬ様に!!


 そこからの手際は早かった。動けない様に手足に2体ずつ貼り付き抑え、恐らく急所の1つと彼等は推測している胴体の中心部にのしかかり、最後が顔全体を覆う様に抑える。

 流石にいくら深い眠りをしているとはいえ、そこまでされたら違和感の一つも感じる。怪物は起きようとするが、激痛が走った。


「────ッッッッ?!」


 何と、彼等が触れた場所が溶けていたのだ。堪らず叫ぼうにも口を抑えられているせいで叫べない。開けようとした目から自分を溶かすなにかが入り込んだせいで一瞬で失明してしまった。振り解こうと手足を動かそうにも抑えている力が意外に強い上に溶かされる一方で動けない。先程までは夢見心地だったというのに一気に地獄の苦痛を味わう化け物の姿がそこにはあった。


 ──殺せ、苦しめながら殺せ!!


 ──妻を何のためらいもなく殺した奴らだ!! 報いを受けろ!!


 ──死ね!! 死ね!!


 怪物は訳が分からぬまま、僅かに身体をピクピク震えながら大人しく溶かされていた。もう既に脚は膝の辺りまで溶けており、手も肩の辺りまで、胴体も3分の二は溶けている。顔に関しては最初の面影がない程、最早化け物以上に醜い姿にまで溶け出していた。


「────ッ....──ッ...」


 段々と、僅かに出ていた呼吸音に近い叫び声も小さくなっている。

 どうして自分はこの様な目に合っているのだ? コレは現実なのだろうか? それとも悪夢なのだろうか? 仮に現実だとして仲間は、無事なのだろうか? これから自分は死ぬのだろうか?


「─ッ...ッ...」


 嫌だ。死にたくない。そんな声すらも挙げられず、やがて化け物は動きすらしなくなる。それを確認した彼等の何体かは周囲の別の住処に眠る怪物らが察知していないかの確認をし、残る何体かは動かなくなった怪物を念入りに溶かしてトドメを刺した。


 ──殺した!! 殺せた!!


 ──まずは第一歩!!


 ──他は、まだ気付いていない!!


 ──このまま、全員に復讐を続けよう!!


 そしてすぐさま次へと向かう。1人殺しただけでは当然終わるはずもない復讐は仕掛けは迅速に、殺害はじっくりと1人目にしたように全身を溶かして苦しみ殺す。


 途中、ついぞ付いて来る事のなかった同胞達のこちらへ向ける悲しげな姿を思う事もあったが、今更振り返れないでいる彼等は一回も躊躇わず、平等に全ての怪物を殺す。丹念に溶かし尽くす。

 2回より3回、4回より5回、回数を重ねればその分殺し方にも上手さがかかっていた。怪物が生きるか死ぬかのギリギリかつ助けを呼べない程の状態をキープして苦しみ抜かせた上で殺す。制限時間も一応は存在しているが、彼等はそれすらも考慮してより多く苦しみ抜かせている。


 最後の1人は、助けを呼ばれる心配もなくなったので遠慮なく時間を使えた。一際大きく震えていたことからその苦しみは想像を絶するものだったに違いない。彼等はこれまで以上に憎悪を張り巡らせて地獄を見せた。


Excellent(よくできました) , あなた方の復讐はこれにて完了致しました。後はどうぞ、ご自由に」


 復讐の手引きをした男がそう告げる頃には、朝日が昇り始めていた。

 彼等は外に出る。


 明るくなり始めた景色は、今夜の殺戮劇を終えた彼等の心境を表しているかの様だった。日が昇り始める毎に、彼等の憎しみは収まっていった。


 光は、彼等の透き通った身体を反射していた。

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