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ショートショート 「先出しじゃんけん」

作者: 野村里志




「いやしかし困ったね。これで来月から消費税がもう50パーセントだ。もう商品を買っているのか税金を払いに行っているのかわからないよ」


とあるバー。N氏はネクタイを緩めビールをたんまりと味わいながら友人であるS氏にぼやいた。


「仕方ないだろ?まだこの国はましなほうさ。他の国では消費税に加えて生活税やら居住税まで取られるらしい。そう考えるといくらか幸せさ」


 S氏は一杯目のビールをちびちび楽しみながら枝豆を一粒口にした。


「そうはいっても不公平だと思わないか?一昔前の人達はわずかばかりの税金で借金だけこさえて、あとは次の世代へ丸投げと来た。そのくせ次の世代の子供達を増やす努力すらせずやれ政府が悪いだ国が悪いだ。俺から言わせれば国とか政府とか関係なしに今のご老人達がうらやましい限りだね」


 N氏はそうだけいうと新しいビールを注文する。


「しょうがないさこの世の中『先出しじゃんけん』でできてるんだ」

「『先出しじゃんけん』?」


S氏の言葉にN氏は聞き返す。


「そうさ。先に言った者勝ち、先にうまれたものがち。先にルールを作ったもんの勝ち。先に借金こさえてあとは次の世代へ投げたもんの勝ち。世の中そういう風に回っているのさ」


 S氏の皮肉めいた言葉にN氏は「なるほどなぁ」とうなずいて考え込むようなそぶりを見せる。


 飲み屋のテレビニュースでは若者達の抗議デモの様子が映し出されている。しかしその規模はあまりに小さく、既に元気すら感じられない。


それはまるで元気の負債すら背負わされているようであった。そしてその健気なデモ隊も、十数年前に作られた社会安全法によって警察に押さえられていく。


「やれやれ、これじゃ思想の自由もあったもんじゃないな」


 N氏はテレビに映る哀しい若者達をみてそうぼやきながら新しいビールを注文する。ビールを運んでくるアルバイトの青年もどこか魂がぬけたような覇気にかけた様子で、それだけで酒のおいしさが半減するようであった。


 N氏はそんな青年を余所にビールを呷る。


「いつからだろうな。こんなに世知辛くなったのは」


 N氏が問いかける。


「さあね。ただ今はもう思想の自由すら許されない時代さ。そもそも社会って言うのはそうした自由度を制限することで成り立っている部分があるのも事実なのさ」

「まったく嫌な世の中だ」

「民主主義だってもてはやされているけど結局は数を力とした強者の論理だ。マジョリティーだけが得するようにできている。そしてその後始末は次へ、また次へと渡っていく。そしてどんどん手がつけられなくなる。危険な芽っていうのは早くに対処しなきゃいけないっていうのに、後に後にとした結果がこれさ」


S氏は日頃の鬱憤からか強い口調でまくし立てる。


「うん、お前の言うことは全くもって正しい」


それを聞きながらN氏はうなずきビールを傾ける。もう既に何杯か飲んでいるが未だに足りない気がしていた。


「一昔前は共産主義こそが悪であり、社会を堕落させるとかなんとか言っていた時代もあったみたいだが今の様子をみると結局は変わらない気がしてしまうな。結局は支配者がいてその手足となって得する者がいる。思想や主義は違いがあっても結局同じなのさ」


S氏はそういって残り少なくなったビールをぐいっと空ける。


「そろそろ時間もおそい。それに節約しなくっちゃいけない。今日はここまでにするか」

「そうだな。もうこれでお開きにしよう」


そう言って二人は勘定をおこなう。


「合わせて9800円になります」


店員はぶっきらぼうに答える。べらぼうに高い値段だが今の時代おかしくないともいえる範囲ではあった。


「ちょっと待て。君たちはあんな態度で接客をしておきながら10パーセントもチップをとるのか?」


S氏は勘定に納得いかず抗議する。


それを聞いた店員はあからさまに聞こえるように舌打ちをして「これもきまりなので」とだけへらへらと返答する。


それをきいたS氏はさらに語気を強めて抗議する。


「ふざけるな!客をなんだと思っている!」

「まあまあ。無理言っちゃいけないよ。せっかく良い気分で酔ってたんだ、今日は俺が多めに出すから帰ろう」


 そう言ってN氏は財布から多めの札を出して支払いを済ませ店を出た。


 店員は感謝した様子でN氏を見つめ、元気よく「ありがとうございました」と送り出してくれた。一方のS氏もまだ少し怒っているようではあったがN氏が多めに出したこともあり大分落ち着いていた。


「じゃあ俺はもう一件寄ってから帰るよ」


S氏にそういってN氏はまた別の店へと足を運ぶ。こんどは一人でくつろげる行きつけのバーであった。


「マスター、ウィスキーをロックでお願い」


N氏は顔なじみのバーテンダーにいつもの酒を注文するとスマートフォンを取り出し電話をかける。


「もしもし、私だ。また一人反体制思想を持つ人間を報告する。対処してくれ」

「了解した。報酬はいつも通り支払う」


 電話の相手はそれだけ言うとすぐに通話を切ってしまった。


 N氏はウィスキーを気持ちよく飲む。この店は軽減税率の対象店であり消費税はほんの数パーセントしかかかっていない。今日の若い店員は私のことを理想の大人だと想ったに違いない。


懐が温かくなることがきまりN氏はさらに勢いよく酒を呷る。


「先出しじゃんけんね。言い得て妙だな」


 背徳感と優越感に満たされた酒は格別の味がした。





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