新たな王と最後の王
誤字報告ありがとうございます。
大変助かります。
王が西に出兵して三ヵ月程が過ぎていた。
その間も森は国を侵食し現在では北東と南東を取り込んでいる。
トアラという名はもはや王城の東とそこから続くブレンの治めるリガディア領を指す言葉になった。
王の敗北を知った者達、王妃や王子、王女は城を捨ててブレンを頼った。
彼らに追従する形で城に残っていた数少ない人々もリガディア領へ去って行った。
残ったのはコリンとレアーナの眷属ぐらいだった。
その王城の外、冬の到来で白く変わりつつある周囲の景色を、コリンは窓からぼんやりと眺めていた。
彼の背後に石の床を踏む音が響く。
「ここにいたのかコリン」
「ブレン公……いや、今は国王陛下でしたか」
「まあな、色々足掻いたが、俺がトアラという国の最後の王という事になりそうだ」
コリンに話し掛けた黒髪の偉丈夫はそう言って皮肉げに笑った。
「して、何用ですかな?この伽藍洞の城に」
「悪あがきさ。いるんだろう?俺の所にもちょっかいを掛けてきた変わった鎧の連中のボスが?」
「ダグ達はまだ戦士を集めているのですね……それで会ってどうされる?」
コリンは振り返ると不敵な笑みを浮かべていたブレンを見つめた。
身長は優に二メートルは超えている。
年齢は四十を過ぎた筈だが、鍛え上げられた肉体と精悍な顔つきはとてもそうは見えない。
「俺も力を貰おうと思ってな」
「……抗う事をしなければ、他の領主の様に生き延びる道もあるでしょう?」
「まぁそうなんだが……それは俺の生き方じゃない。折角、魂を燃やせそうな戦いがあるのに、やらないなんて一生後悔しそうだ。かと言ってこのままでは勝負にもならんしな」
「以前から思っておりましたが、おかしな人だ。そんなに戦いをお望みなら、何故、王から王位を奪わなかったのです?」
「一応身内だしな。それに病人相手に戦って何が楽しい?」
そう言って口角を上げたブレンにため息を返すと、コリンは冷たい廊下を歩き始めた。
「ご案内します。レアーナはもう動く事は出来ませんので」
「なんだ、あの連中が言っていた姫とやらも病人なのか?」
「会えばわかります」
コリンの言葉でブレンは口を閉じ素直に彼に従った。
案内された先は城の地下、暗い廊下に神殿の様な柱が立ち並ぶ空間だった。
その奥の巨大な両開きの扉の前に青い髪の男が腕組みをしてもたれていた。
「ん?コリンか。後ろのおっさんは誰だ?」
「元リガディア公爵、現在のトアラ王だ」
「ああ、死にかけの国を引き受けたって間抜けか」
「実際、その通りだが面と向かって言われたのは初めてだ」
ブレンは青髪の男ダグの不遜な言葉を気に止めた様子も無く苦笑を返した。
ダグはそれを見て少し表情を変える。
「へぇ、器でけぇじゃん。多分、ルアベードならブチ切れてるぜ」
「……そう思うなら少しは口の利き方を考えよ」
嘆息しながらコリンがダグを窘める。
「嫌だね。俺は誰の部下でもねぇんだ。で、何の用だ?レアーナなら今はガキ生むので手一杯だぜ」
「分かっておる。ブレン様が会いたいと言うのでな」
「会ってどうすんだよ?レアーナを殺すってんなら、させねぇぜ。一応契約があるしな」
「違う、力を貰おうと思ったのだ。お前もそのレアーナとやらに力を貰ったのだろう?」
ブレンの答えにダグは顔を顰める。
「そういや、リガディア領に送った奴らは帰ってきて無かったな」
「あいつ等は俺が捕らえた。少し痛めつけたら直ぐに口を割ったぞ」
「ったく、根性無し共が……」
不愉快そうに吐き捨てたダグにコリンが尋ねる。
「ところで、他の連中はどうした?」
「んぁ。ロックとオルトは戦士狩り、セトとリーンは相変わらずルシアのとこを攻めてるよ」
「そうか……諦めの悪い連中だ」
「てめぇは諦めが良すぎるみてぇだな?」
「私はレアーナの子に願いを託した。あれならきっと……」
コリンが暗い笑みを浮かべるのと時を同じくして、扉の奥から人の物では無い叫びが上がる。
それは人外の物ではあったが、苦痛である事はそこにいた三人にも感じ取れた。
「……そろそろ生まれそうだな」
「コリン、一体何が生まれるのだ?」
「新たな女王です。あれだけの力があれば世界を正しい形に戻す事が出来る筈……」
「正しい形?なんだそれは……?」
ブレンが一点を見つめ呟く様に言ったコリンに問い掛けた時、一際大きく叫び声が響いた。
残響が消え地下が静寂に包まれる。
三人は無言で扉を見つめていた。
やがてその扉を押し開け、ふらついた白いドレスの少女が姿を見せる。
少女は覚束ない足取りで三人の前に歩を進める。
「お前がレアーナか?」
「……貴方は?」
「俺はトアラ王ブレン。早速で悪いがこの男に与えた物を俺にもくれ」
「……申し訳無いのですが、それは出来ません」
「何?一体何故だ?俺はお前達と共通の敵と戦うつもりだぞ?」
「私はもう抜け殻ですから……力は全てあの子に……」
そう言うと異形の少女は前のめりに倒れた。
ダグが飛び出して少女の体を支える。
「おい、大丈夫かよ?」
「契約は終わりです……私にはもう貴方に与えられる物はありません」
抱えられたレアーナは八つの目をダグに向ける。
「……お前、どうなるんだ?」
「役目を終えた私は……遠からず土に帰るでしょう」
「ったくよぉ……どうにかなんねぇのか?」
「どうにもなりません……私達はそういう風になっているのです」
「チッ……」
ダグはレアーナをそっと床に横たえると、彼女が出て来た扉を引き開ける。
奇妙な文様が床に描かれたその中心で、白いドレスを着た全身から黄金の光を放つ幼い少女がダグを見つめていた。
レアーナやバレラと違い、その姿は人に酷似していた。
全てが白く、その瞳だけが二人の特徴を引いたのか赤く輝いている。
「てめぇが新しい女王様って訳か?」
「そうだ。母の眷属よ」
「じゃあ、取り敢えずてめぇのお袋を助けろよ」
「助ける?どうしてだ?母の全ては我が受け継いだ。我は新たな王であり母でもある。古き王はもはや不要だ」
「……そうかよ」
ダグは輝く少女に背を向けるとレアーナを抱え姿を消した。
その様を茫然と見ていたコリンはヨロヨロと少女に歩みより、彼女の前に跪いた。
「私は神に仕えながらそんな者はいないと思っていました。ですが貴女ならきっと私の願いを叶えられる……」
「願い……お前は我が同胞に随分便宜を図ってくれた。願いを聞き届けようではないか」
「おお……ありがとう御座います……」
コリンは頭を垂れて小さな足に口付けをした。
「……抜け殻……全てを引き継ぐ……全てとは記憶も含めた全てという事か?」
ブレンは顎に手を当て少女に問う。
「そうだ。我が一族は知識を引き継ぎ、新たな種を取り込む事で生き延びて来た」
「ふむ、敵を取り込み、王がより強い子を生む事で力を高め続けるのだな?」
ブレンは自分の考えが正しい事を確かめる様に少女に尋ねた。
「そのとおりだ。我は歴代最強であり我の子は我を超えて強くなる」
「なるほどな……まぁいい。では新たな女王よ、我ら共通の敵を打倒す為、俺に力を与えるのだ」
「……もはやお前達ではさほど高みは望めんが……いいだろう。力をくれてやる。対価としてその血を捧げよ」
少女はそう言って微笑んだ。
その口元には幼い容姿に似つかわしくない、鋭い牙が覗いていた。




