王の資格
西に向けて進軍していた国王ルアベード三世の率いる軍勢だったが、その数は順調にと言うのはおかしいが減少を続けていた。
西に向かえば当然、他領主が差し向けた軍勢がどうなったのか嫌でも耳に入る。
それを聞いた兵達、特に貴族ではない一般兵達は次々に姿を消していた。
また、王城に残っていた騎士達も、浮かび上がる王都の姿を見た物は戦う気力を失っている者が大半だった。
一人、国王だけが気炎を吐いて兵を鼓舞し、脱落者達を悪し様に罵っていた。
「突然現れた西の魔女如きを恐れる必要は無い!!予の視界に入った折には我が力を持って滅してくれるわ!!」
「陛下、そうは仰いますが日ごとに兵の数が減っております。今回は東の公爵様に援助を求められた方が……」
「あのような王族の血を軽んじる一族を頼るつもりは無い!!」
公爵家は何代か前の王弟が祖となった家柄だ。
当初は王族シュレーゲル家と同様、短命な血筋だったが妃を王族に制限せず受け入れた事で、現在は血が薄まり病弱な体質は改善されていた。
現当主ブレン等は頑強な肉体を持つ偉丈夫で、自ら先頭に立ち戦う事で知られている。
「陛下……ご再考いただけませんか?」
「くどい!!兵が足りぬと言うなら周辺の町や村に触れを出し徴兵せよ!!」
「……御意」
王を諫めようとした側近は、頭を垂れて王の天幕を辞した。
彼は天幕を出て振り返り、野営地に立つ豪奢な天幕を眺めた。
行軍を優先した為、道中の町や村は素通りし現在は広がる森の少し手前で布陣していた。
恐らく今晩が一番脱走者が多いだろう。
彼自身、これ以上、王に付き合うつもりは無かった。
確かに王族の力は強大だ。
しかし、それでも王都を街ごと持ち上げる事等出来ないだろう。
そんな化け物と戦うぐらいなら、東に逃げて公爵のブレンに王位を継いでもらった方がましだ。
彼は自身の天幕に入ると待っていた部下に頷きを送った。
部下も同様に頷きを返す。
王が説得に応じ公爵を頼るなら良し、そうでないなら呼応する者を引き連れ東へ落ち延びる。
ギリギリまで粘ったが、異界人の力で変異してから王は妙に強気になった。
まるで、自分が無敵だと思っているようだ。
「付き合っていられんよ。決行は夜半過ぎだ」
「準備は完了しております。将兵の半数以上が我らに同行する事を希望しています」
「それでも半数近くは王に付き従うか……酔狂なものだ。残る連中に気取られるなよ」
「分かっております」
翌朝、軍勢は王都を出発した時の十分の一、約二万程に減っていた。
その二万の軍勢も離脱者の多さで士気の低下は避けられなかった。
「腰抜け共が、西を平定したら予自ら奴らの首を落としてくれる……」
忌々し気に吐き捨て、ルアベードは残った将と兵の前に歩み出た。
「ここに残った者達は真の忠臣として厚遇する事を約束しよう!!逃げ出した者達は魔女の力を恐れたようだが、王族の力がそれに劣らぬ事を今から証明しようぞ!!」
ルアベードは部下が引いた馬にまたがると、将兵の間を駆け抜け馬を止めると南北に連なる森を見据え右手を天に向けた
「見よ!!これが王族の力ぞ!!」
掲げた右手から眩い光の玉が天高く上がる。
玉は森の上空で制止すると森へ向けて、無数の光を降り注いだ。
降り注いだ光は森に落ちるとそれぞれが巨大な爆発を引き起こす。
王の背後の森は光に包まれ、見ていた将兵の目は一面の白に覆われた。
その白の中に右手を高く上げる王の姿がシルエットで浮かんでいる。
「これがトアラ王の力だ!!!」
爆発が収まった後には行く手を阻んでいた森は消え、焼け焦げた大地の向こうに敵である魔女の土地が覗いていた。
「……凄い」
「これなら勝てるかも……」
「国王陛下万歳!!」
「トアラ王万歳!!」
誰かが上げた称賛の声は将兵達の間にたちまち伝播した。
それに手を上げて応えながら、ルアベードは満足気に頷いていた。
意気揚々と焼けた大地を進み、田畑を踏み散らしながら進んでいた国王軍だったが、昼前には立っている者はいなかった。
一人残ったルアベードは馬上から茫然と目の前に浮かぶ黒衣の少女を見上げていた。
「森は焼くし畑を踏み荒らすし、一体どういうつもりよ?」
「……ッ!?黙れ!!予の国を不法に占拠した賊風情が!!」
「予の国……アナタがトアラの王様なの?」
「そうだ!!予はルアベード三世、トアラを統べる正統な主だ!!」
「はぁ、正当な主なら国民が不当な扱いを受けているのを見逃さないでよ……」
「不当な扱いだと?」
訝し気に問うルアベードに黒衣の少女は民の苦しみを語る。
「人間以外を奴隷扱いして、お膝元の王都の住民が飢えているのに手も差し伸べない。そんな人に王の資格はないわ」
「ハッ、何を言うかと思えば、民は王の為に存在するのだ。王を生かす為、身を捧げるのは当然であろう?」
「本気で言ってるの?」
「国とは予の事であり、我が一族が国そのものなのだ!!」
「じゃあ、アナタ達だけで王国ごっこしてればいいじゃない」
少女は呆れた様に肩を竦めた。
一瞬、少女の視界がそれたのを見逃さすルアベードは両手を掲げ複数の光弾を放つ。
光弾は弾けて複数に分かれ、先ほど森を焼いた数倍の数が黒衣の少女を襲った。
「もう……効かないってば」
少女は右手を持ち上げると無造作に握りしめた。
数えきれない程の光の矢が一か所に凝縮され、強烈な光を放った後、押し潰され消える。
「おのれぇ、化け物め……」
歯噛みするルアベードの前に少女はフワリと降り立った。
マントの下に覗く体を眺めると、顎に手を当て何やら考えている。
「何をジロジロ見ている!?この無礼者!!」
「……アナタ、バレラって異界人に何かされたでしょう?」
「なッ、何を!?」
「フフッ、図星みたいねぇ……。ねぇ、その体、少し調べさせてもらえないかしら?」
「しっ、調べるだと!?」
「そう、体を元の人間に戻してあげるわよ」
元に戻す……。
この小娘は何を言っている?
予をまたあの脆弱な体に戻すと言うのか?
「止めよ!!予は、予はようやく命を!!」
「あっ、逃げちゃ駄目。大丈夫、痛くしないから……」
馬を駆り逃げ出そうとしたルアベードを不可視の力が包み込む。
「クッ、嫌だ!!放せ!!放してくれ!!」
「そんなに暴れないでよ、安心なさい。殺したりしないから」
力により拘束され動きを封じられたルアベードは幼子の様に泣いていた。
幼い頃から恐れていた死の恐怖からやっと逃れる事が出来たのに、目の前の娘はそれを奪うと言う。
その事は光が突然消えた様な底冷えする恐怖を彼にもたらしていた。
「頼む……国も民も全てそちにやる……予は、予は生きたいのだ」
「だから殺したりしないって言ってるでしょう?」
「うぅ……人に戻れば……予は恐らく一年待たず死ぬ……怖い……怖いのだ……」
「死ぬ?何かの病気?」
「……王族であるシュレーゲル家は、代々病弱なのだ……」
「病弱ねぇ……分かったわ。その辺りも含めて先生達に調べてもらうから、取り敢えず大人しくなさい」
ルアベードはボンヤリと黒衣の少女を見つめた。
「……本当に予を殺さぬのか?」
「確約は出来ないけど、多分ギル先生とカービンなら何とかしてくれるはずよ。それに、アナタも含めた回りの人達には畑と森を直す手伝いをしてもらわないと」
そう言った彼女の周囲には、吹き飛ばされた将兵たちが畑の上でうめき声を上げていた。
「予に農民の真似事をせよと言うのか!?」
「当然でしょ?アナタの命令でこうなったんだから、きちんと責任取りなさいよね。全く、あんなに森を焼いて……魔獣達に逃げる様に言っといて良かったわ」
ルアベードは今まで経験した事の無い、叱責されるという事態に困惑していた。
「ちょっと聞いてるの!?」
「う……聞いておる」
「ホントにもう、壊す人ばかりなんだから……とにかく、一旦デレアに向かうわよ。いいわね?……返事は!?」
「クッ……分かった」
目を伏せながら答えたルアベードに苦笑しながら、ルシアは倒れた将兵を持ち上げるとデレアへ向かって飛んだ。




