王都の人々
王都にいた人々の受け入れについては、南側はならず者たちから隠れ住んでいた人が多かった事から比較的穏やかに事は運んだ。
問題は東西の城門から出て来た目抜き通りを根城にしていた者達だった。
荒事を生業にしてきた彼らは、士官への道を奪った事を理由に様々な要求をルシア達に突き付けて来た。
「俺たちゃ誰も助けてくれとは言っちゃいねぇぜ。それより騎士への道が断たれた事の方が問題だ。落とし前はつけてもらえるんだろうな?」
「……アナタ、私の渡したパンを食べた時はそんな事言って無かったじゃない」
「くれるって言うから貰ってやっただけだ!それにあの状況で注文なんて付けられるか!」
「そうだそうだ!無理矢理連れて来た責任を取れ!」
ルシアは出世の道が等と声を上げる人々の姿に思わずため息を吐いた。
「責任責任、うるさいぜ!!そんなに騎士になりたいんならさっさと出て行けよ!!」
「ああん!?半獣人が人間に口ごたえするな!!」
「何だと!?」
狼の獣人トゥースに男が投げかけた言葉でルシアの目が細められる。
「大体、何で獣人が飯を作ってんだよ!?汚ねえじゃねぇか!!」
「えっ……ラニ、毎日お風呂に入ってるよ……」
「お前、ふざけんなよ!!」
「クルルルル!!」
東の城門の出口では衛視隊とデレアに住む人々が炊き出しを作っていた。
羊の獣人ラニは師匠の嗣光に食事を出したいと無理を言って参加していたのだ。
炊き出しをしていたドートンの人々は、ラニへの侮辱を聞いていきり立った。
そんな中、ならず者の中から歩み出た赤い甲冑を着た黒髪の男が、ラニを罵った男の肩にポンと手を置く。
「なんだ、文句でもあるのか!?」
「あるのう。某の弟子を愚弄するな。それに不衛生と言うておるが、お主の方がラニよりよっぽど汚いぞ……一体何日風呂に入っておらぬ?」
「てっ、てめぇ!?」
「イト……」
激高し、殴りかかって来たならず者を地面に叩きつけた嗣光の首に、駆けだしたラニが飛び付いた。
「イト!!心配したよ!!何処も怪我してない!?」
「息災じゃ。……すこし肥えたか?」
「ぶぅ、ラニ太ってないよ!!成長したの!!」
「さ、さようか……済まぬ」
「いいよ!許してあげる!」
ラニは嬉しそうに頭を擦り付ける。
嗣光は愛おしそうにその頭を撫でた。
嗣光はラニの柔らかい髪を撫でながら、戦い続きでささくれていた心が癒されていくのを感じていた。
ラニと嗣光の様子に、周囲のならず者たちは毒気を抜かれた様にポカンとした表情で二人を見ていた。
ルシアはそれを見て掲げていた右手をそっと降ろした。
西の城門は東よりかなり静かだった。
金属の体の男デッドは小麦の収穫で得た金で、人に近い形にその身を変えていた。
彼はグダグダと文句を並べる荒くれ達を有無を言わさず叩きのめしたのだ。
そのデッドが食事について文句を言った巨漢の男を問答無用で殴り飛ばした。
殴り飛ばされた男は城壁に激突し動かなくなる。
「いいか?このパンはなぁ、俺が収穫した小麦で出来ているんだ。文句言う奴はその男と同じにしてやるぜ」
「そんな……ちょっと硬いって言っただけじゃ……」
「ああ?少し硬いぐらいの方が、日持ちするし食いごたえがあるだろうが?」
男に凄むデッドに、動かなくなった巨漢の男を治療していた虹色の髪の美女が声を掛けた。
「お主は容赦がないのう」
「こういうのは最初が肝心なんだよ。……しかし、残念だぜ。アンタみたいないい女を抱けねぇとはよぉ」
「フフッ、皆、お主の様に欲望に正直じゃと良いのじゃが」
「ウルトラハードなミッションを完了するまで少し待ってくれや」
「うむ、楽しみにしておるぞ」
虹色の髪の美女リゼリアは奇妙な踊りを踊りデッドはそれを見て高笑いしていた。
そんな二人を他所に、人間と異種族、異界人が入り混じりテントでは炊き出しが行われている。
「何なんだよこいつ等……」
「俺達、もしかして異界にでも運ばれたんじゃ……」
「アンタらもすぐ慣れるよ。取り敢えず、ようこそドートンへ、歓迎するよ」
農民らしき男はそう言って笑いながら、焼き立ての少し硬いパンを荒くれ達に差し出した。
北側、貴族街から出て来た連中は東西とは別の意味で厄介だった。
殆どの貴族は逃げ出していたが、逃げ遅れ屋敷に隠れ住んでいた者達も少数存在していた。
彼らは住民達の動きで城門が開いた事を知り、部下を引き連れ北の城門に集まっていた。
彼らは実に貴族らしく当然の様に自分達の権利を主張していた。
「儂は国立医学校の長であり国政議員でもある伯爵のデルバンヌである。お前達はこの土地の農民たちだな?」
先頭の頭に金糸の入った黒布を巻いたデルバンヌと名乗った男が、対応していた農夫の男に尋ねる。
「……そうですが?」
「うむ、では領主に我々を保護するよう伝えてまいれ」
「領主様……ルシアさんにですか?会いませんでした?」
「ルシア……子爵夫人はルシアと言う名に聞き覚えはあるかな?」
デルバンヌはルシアに弾かれた後、暫く床についていた。
療術で回復はしていたが、彼の額には大きな瘤が出来ていた。
その事で人との面会を避けていた為、部下からルシアの名を聞く事も出来なかった。
伯爵である彼が逃げ遅れたのもそれが原因だ。
「存じませんわ。大体ここは何処なのでしょうか?」
逃げ遅れた貴族達はならず者たちから逃れる為、屋敷を閉ざしていた。
有事に備えて用意していた貯蔵庫にある蓄え等で食いつなぎ、騒ぎの間、引きこもり生活をしていたのだ。
その為、街の現状について詳しく知る者はいなかった。
「まぁよい、そのルシア殿と話がしたい。ここに来るよう伝えよ」
デルバンヌは農夫に尊大に命じた。
「それと、食事の際は天幕を用意せよ。我らは下々の者に食事の様子を見られるのは耐えられぬのでな」
「おい、おっさん!こっちは善意でやってんだぞ!偉そうに注文つけるな!」
「なんだ、貴様。儂が伯爵と知って意見しておるのか?」
「ここじゃ伯爵も公爵も関係ないぜ!」
「アレス、止めるのです。諍いは慎む様ルシア様に言われているでしょう?」
「だってコイツが!?」
デルバンヌは面倒臭そうに手を振りつつ異界人の勇者アレスに命じる。
「何でもよい。早う食事の準備をいたせ。久々に子羊のローストが良いかのう?」
「そうで御座いますね。高級食材とはいえ保存食は食べ飽きましたわ」
「全くだ……儂はチーズの食べ過ぎで少し太ってしまったわい」
「あら、そんなに御変わりありませんわよ。オホホ……」
「こいつ等……街の連中は飢えていたってのに……」
デルバンヌと裕福そうな中年のドレスの女は愉快そうに笑っていた。
「あれ?デルバンヌ様ではないですか」
「うん?……お前は確か奴隷の……」
「クレオです」
「クレオ!おお、そうだ確かそんな名であったな。うむ、ではクレオ、そこの小生意気な小僧の代わりに食事の準備をせよ」
「お断りします。私の主はルシア様ですので」
「うむ、急げよ……何だと?」
デルバンヌは元奴隷のクレオが反抗した事で表情を変えた。
「……奴隷風情が儂に逆らうのか?」
「私はもう奴隷では御座いません。ルシア様を主としているのもご恩返しの為でございます」
「貴様……」
デルバンヌが術を行使しようとクレオに指先を向けた時、頭上から声が掛かった。
「何か問題?」
「いや、このおっさんがさぁ……」
声の主に視線を向けたデルバンヌは体を硬直させた。
「またアナタなの?で、今度は何をした訳?」
「自分達用のテントを用意しろとか、子羊のローストが食いたいとか、言いたい放題だぜ」
アレスの言葉を聞いて、目を見開いて微動だに出来ないデルバンヌの前に黒髪の少女がフワリと降り立つ。
「そう……我儘言う子は弾いちゃおうかしら?」
「ヒッ……」
デルバンヌは黒布で隠した瘤に手を当て、怯えた様子でルシアを見た。
「いい子に出来るかしら?」
ガクガクと首を縦に振るデルバンヌの様子を周囲の貴族達は呆然と眺めていた。




