友愛と鉄槌
誤字報告ありがとうございます。
大変助かります。
空に消えた街、その事は寿命が延びた事で浮かれていた国王ルアベードにも正気を取り戻させた。
彼は街を奪ったのが西の魔女だと知ると、王城に残っていた騎士、兵士の他、コリンが王都郊外へ派兵していた軍を率い西への進軍を始めた。
「コリンさんよぉ、俺達は従軍しなくてもいいのか?」
「よい、どの道、この国は終わりだ。黒衣の魔女か貴様らレアーナの眷属か、そのどちらかが覇権を握るだろう」
「ふうん、アンタはそれでいいの?」
「私の望みは異種族の抹殺だ。後はもうどうでもよい。どうでもな」
「あっそ。まぁ、俺も人もどき共は嫌いだから異種族は消してやるさ」
西に向かう軍勢を王城の城壁から見送りながらダグはコリンにそう返した。
当初、王はレアーナ達にも従軍させるようコリンに命じたが、コリンは彼らは王城の守備の為残すべきだと訴えた。
レアーナ以外の異界人は既に西に消えている。
ダグ達の横柄な振る舞いも知っていたルベアードは、コリンの言を受け入れレアーナの眷属を残し西に向かう事にしたのだった。
現在の王城には有力貴族はほぼ残っていない。
城で街が奪われるのを見ていた王の側近達は、国に見切りをつけ持てるだけの私財を持って東に逃げた。
しかし、森は今も東進を続けている。
逃げた者達が飲まれるのも時間の問題だろう。
王は自分の所有物が奪われた事でいきり立っていたが、彼が率いた軍勢は街を持ち上げる様な術者に敵う筈が無いと戦う前から戦意を失っていた。
恐らく、行軍中にも脱走者は続出する筈だ。
騎士達は優秀な術者ではあったが、誰だってナイフ一本で魔獣に挑む様な事はしたくないだろう。
「さて、それでは召喚の準備をするか……」
「召喚?また異界人を呼び込むのか?」
「レアーナが力が欲しいそうだ。意思を持たない純粋な力の塊が……それを呼び込む」
「へぇ、だけど聞いた話じゃ能力が分かる奴がいないんだろ?」
「レアーナが見つけて来た。耳長族というのが気に入らんが……」
「どうせ、仕事が終われば始末すんだろ?」
「まあな。召喚はこれで最後だ……」
そう言ったコリンの顔には何の感情も浮かんではいなかった。
西の森の奥、ルシアが奪い取った土地のほぼ真ん中、リベットの北当たり。
掘り返された穴の前で黒髪の少女の他、大勢の人々が空を見上げていた。
「よし、そのまま真っすぐ下ろせ。ゆっくりだぞ」
「分かってるわよ。……こんな所でサン親方の所での経験が生きるとは思わなかったわ」
「右に0.2度ずれた。集中しろ」
「はいはい」
キャタピラレッグのエルオニアが、頭上の王都と掘り返した土地をセンサーで探りながらルシアに指示を出す。
彼女は事前にエルオニアを連れて王都に向かい、街の全体像のスキャンを行っていた。
それを元に運河や道の繋がり、持ち上げた地面部分と合わせる様に土地を整地したのだ。
掘った穴は多少、遊びを持たせているがきっちりハメるに越したことはない。
「良し、いいぞ。ゆっくり、ゆっくりだ」
巨大な都市が大地に開けられた穴に静かに降ろされる。
降ろした王都はまるで初めから其処に存在したかのように、ピッタリと掘り返した大地にハマった。
「うん、バッチリね」
「うむ、いい仕事だ。では遊び部分を埋めて水門を開けよう」
「なんだかワクワクするわねぇ」
「それより住民への説明は完了しているのか?」
「一応ね。暴力的な人や異種族と暮らすのが嫌だって人はいたけど、持って行った食べ物を渡したら大人しくなったわ」
「後々問題が起きそうだな」
エルオニアはカメラアイを王都に向けて肩をすくめた。
胸のディスプレイにはため息を吐くイラストが表示される。
「それは問題が起きた時に対処すればいいわ。どうしても嫌だっていうなら出て行けばいいんだし」
「君はいつも行き当たりばったりだな」
「行動してみないと問題点は浮彫になんて出来ないわ。起きるか起きないか分からない問題を心配して、行動を躊躇う時間の方が今回は問題だと思ったの」
「……確かに有機生命体にとって、食料の枯渇は生命維持活動に多大な影響を及ぼすな……理由を聞けば非常に合理的な判断だ」
「でしょう」
ルシアは得意げにニカッと笑った。
その後、集まってもらったドートンに暮らす人々と力を合わせ掘り返した穴の遊びを埋め、突貫で作った運河につなげる川と運河の隙間も塞いだ。
移動の途中で運河の出入り口に投げ込まれていた土嚢や岩は取り除いている。
運河と繋がる川は突貫とは言え、蛇篭で護岸を補強してある。
問題は無い筈だが……。
水門を開くと水は運河に流れ込んだ。
エルオニアのスキャンでは運河は生活用水として、王都内に張り巡らされた水路に繋がっているらしい。
暫く水は淀んでいるだろうが、時間が経てば澄んだ水を街に送り込む筈だ。
それまでは面倒だが、カービンの作った浄水器で水を浄化してもらう必要があるだろう。
運河に水が流れた後、ルシアは東西南北に作られていた城壁の門を力を使いこじ開けた。
内開きの城門は王都の結界の力を利用し閉じられていたが、ルシアが持ち上げた時点で結界の効力は消えていた。
ただ、門自体が巨大な為、普段は術者が力を使い開閉する仕組みになっていた。
王都の住民達はルシアから説明は受けていたものの、力の無い者達は異種族の存在に怯え、ならず者たちは表面上は従った振りをしながらも様子を窺っている様だった。
門が開き南側の住民達は恐る恐る城門の外に足を踏み出した。
そんな彼らの鼻を食欲をそそる香りが突く。
城壁の外には無数の簡易テントが建てられ、大鍋で大量のスープが作られていた。
「食べ物だ……」
「ようこそドートンへ、お腹へってんねやろ?仰山あるから遠慮せんと食べてってなぁ」
住民達を白い兎が出迎えた。
「獣人……」
「ホントに異種族が……」
「どうする?」
「父ちゃん、俺、腹減ったよぉ」
城壁の側で固まっていた住民達は鼻腔をくすぐる香りに唾を飲み込む。
ルシアが持って行った食料では量的に一時しのぎにしかならず、飢えた彼らの腹を満たす事は出来なかった。
「ホントに食べていいのか?」
「ええよ、その為にこしらえたんやから」
「毒とか入ってないよな?」
「失礼な子やねぇ、大事な食べ物を粗末にするような真似、おばちゃんようせんわぁ」
「ねぇ、食べちゃ駄目なの?」
父親を見上げ幼い男の子が辛そうに言う。
「……まずは俺が食う。一杯くれ」
「はいはい」
白い兎はニコニコと笑いながら、目つきの悪い茶色の兎からスープの入った椀を受け取った。
「はい、どうぞ」
「……」
男は無言で椀とスプーンを受け取ると最初はおずおずと、途中からは貪る様にスープを飲み干した。
「おい、大丈夫か?」
「ああ……美味い。こんな美味いスープは初めてだ」
男の目には涙が浮かんでいた。
塩味の何の変哲も無い干し肉と野菜のスープだったが、飢えた男には堪らなく美味かった。
「済まないがこの子にも貰えるか?」
「俺にもくれ!」
「俺が先だ!!」
毒では無いと分かった途端、先を争う様に人々は他者を押しのけテントに殺到しようとした。
そんな彼らの首筋に短刀が突き付けられる。
「行儀ようならんでもらえるか?量は十分用意してるさかい。ただし……割り込む様な奴は、儂ら歯頭組が黙ってへんで?」
「うぅ、分かった……」
「ええ子や。ほな、こうそれぞれの鍋の前に並んでなぁ」
茶色の兎が短刀を収め笑みを見せると、住民の首に短刀を突き付けていた他の兎も同様に短刀を収め作業に戻った。
「ええか、このドートンの一番大事なルールを言うとくで。『歩み寄る者には友愛を、虐げ奪う者には鉄槌を』や。仲良うしてくれるんなら、悪いようにはせぇへんで」
そう言うと茶色い兎は先頭の男の横にいた少年の頭を撫でると、スープの椀を笑みを浮かべて手渡した。




