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悪霊の国  作者: 田中
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剣士と侍

嗣光達が動き出して数日たったある日、王都を囲む城壁の上、その角度によって虹色の輝きを放つ黒い鎧を着た男が混沌の街を見下ろしていた。

その隣に不意に同様の鎧を着た黒髪の男が現れた。


「セト……呼出しか?」

「否」

「じゃあ、何だよ?お前の担当は南だろ?」

「……抵抗、有」


巨漢の男はぼそりと呟く様に言った黒髪の男に目を向けた。


「抵抗?また住民を扇動する奴が出たのか?……わざわざ、俺に聞かずに強そうだったらリーダーを確保、弱そうだったら狩ればいいだろ?」

「……西、関係」


「西ぃ?あのよお、もう少し分かりやすく……西……お姫様のお袋をやったって奴らか?」

「是」


「そりゃあ、放っておけねぇなぁ……分かった。俺は大将に知らせる。お前はリーンとオルトを連れて南へ行け。……殺すなよ。中の一人は将軍候補らしいからな」

「了」


黒髪の男はそう言い残し姿を消した。


セトは変異の際、声帯に異常をきたし上手く喋れなくなったらしい。

短い言葉で意思を伝えるのもかなり億劫らしく、殆ど喋らない。

どうしても伝えたい事がある時は手紙等、文字を使うが文法が滅茶苦茶でかなり読みにくかった。


「剣士としちゃ一級品なんだがなぁ……さて、行くか」


巨漢の男はそうぼやき頭を掻くと、城壁の上から姿を消した。



城壁の上を黒髪の男を先頭に三人の人影が疾駆していた。

赤毛の少年オルロがセトに問い掛ける。


「ねぇねぇ、そいつら全員殺していいの?」

「否」

「えー、つまんなーい。ただでさえ王都に残った連中は術の使えない奴らばっかりだって言うのに……」


王都を封鎖し住民達が食料を求めて争いを始めた頃。

暗躍していた彼らの手によって、平民の中に存在していた術者はその殆どが狩られていた。

レアーナが求めていたのは強靭な肉体を持つ者であり、術の強弱は関係無かった。


素体となる者の肉体が強ければ強いほど、変異後の強さは高くなる。

ダグを筆頭とした五人は術によらず、己の技量と肉体のみでレアーナが作り出した戦闘虫を闘技場で倒した者達だった。


「何?そいつら仲間にするのぉ?」

「是、一名」

「一人だけ?じゃあ、そいつ以外は狩っていいじゃん」


「一名、不明」

「誰か分かんないって事?ていうかさぁ、アンタ、ちゃんと文字を習ってペンと紙を持ち歩きなさいよぉ」

「面倒」


セトの言葉を聞いて銀髪の女リーンは苦笑した。


確かに自分も傭兵として騙されない様に基本的な読み書きと計算は覚えたが、文字を書くのは嫌いだった。

しかし、喋りに難がある人間との付き合いがここまで面倒だとは思っていなかった。

想像以上に人は会話によって意思を伝えあっているのだと改めて感じた。


まぁ、付き合いが長くなれば言葉では無く仕草で分かる様になるだろう。

自分かセト、どちらかが死ぬ事が無ければだが……。


そんな事を考えていると、セトは城壁の南西付近で跳躍し街に下りた。

オルロとリーンもその後を追い、石造りの質素な住居の屋根にフワリと降り立つ。


その屋根の上にしゃがみ、セトは街を指差す。

貧民街の中、赤い鎧を着た黒髪の男が数人の住民を引き連れ通りを移動している。


「アイツが抵抗してる奴の一人かい?」

「是」

「それでどうするの?叩きのめしていいの?」


「是、生捕り」

「了解。それでどうする?三人でやる?」

「否、我。逃走防止」


セトは二人を指差し逃げ道を塞げと言っているようだ。


「えー。戦うのはセトだけぇ、ズルくないそれ?」

「発見。我」

「自分が見つけたから自分の獲物だって」

「むぅ……別の人は僕にも戦わしてよ」

「是」


オルロはセトの主張を渋々了承した。

三人は頷き合うとセトは住民を連れた男の正面、残りの二人は逃げ道を塞ぐ様にそれぞれが集団の斜め後ろに降り立った。


「何者じゃ?」

「戦」


それだけ言うとセトは腰の長剣を鞘から引き抜いた。

集団の後ろではオルトとリーンがその様子を楽しそうに眺めている。

男はチラリと背後を確認すると口を開いた。


「見ての通り某以外は戦う術を持たぬ者じゃ。見逃してくれぬか?」

「……是」

「いいってさ、早く行きなよ。素体にはなりそうもないし」


セトの言葉をオルトが補足する。


「かたじけない。この先の建物に仲間がおる。その者が王都から逃がしてくれる」


男はセトに頭を下げると住民達に声を掛けた。


「でも、おじさんは……」

「某なら心配はいらぬ。お主も見たであろう?」

「……うん、強かった……おじさん、死んじゃ……嫌だよ?」

「当然じゃ。さ、早う行け」


住民の中にいた少年にそう答えると男は腰の刀を音も無く抜いた。

住民達は男に礼を言いつつセトの横を足早に駆け抜けた。


住民が去ると、混乱が起こり人々が息を潜め過ごす街は一瞬で静寂に包まれた。


セトの姿が一瞬揺らぎ、次の瞬間には金属が撃ち合わされる甲高い音が響く。

刹那の打ち込みをギリギリで防いだ男は、セトの膂力に舌を巻いた。

細身の体からは想像出来ない力でセトは打ち合わされた刃を押し込んで来る。


「見事!名前?」

「名前?……伊東…嗣光じゃ!!」


叫びと共にセトの長剣を押し返す。

セトはそれに逆らわず後ろに飛び間合いを取った。


「ヒュー、セトの初撃を防いだ。仲間候補はアイツじゃない?」

「かもね。あの男ならダグより強くなるかも」

「それは無いんじゃないかな?」


後ろの二人は暢気に嗣光達の戦いを見ながら、好き勝手に感想を話している。

その間にも撃ち込まれるセトの剣戟を嗣光はいなし防ぎ、躱していた。


速さと力を兼ね備えたセトの刃は一太刀一太刀が必殺の剣で、躱し損ねれば絶命は必至だろう。

ただ、そう考えていたのは嗣光だけで、セトは隙を見つければ剣を突き付け終わらせるつもりだった。


「……仲間、力、与える」

「一体何を言うておる!?」


剣を弾きつつ嗣光は叫ぶ。


「仲間になれば、力が貰えてもっと強くなれるってさ」

「……力か……お断りいたす。借り物の力なぞ某には不要」

「……了」


セトの瞳が鋭さを増した。

間合いを広げ、顔の横に両手で掲げた剣を水平に構える。

その構えを見るに恐らく突き技だと嗣光は推測した。


まるで弓を引き絞る様にセトの腰が落ちる。

次の攻撃は今までで一番速く、一番重いだろう。


そう考えた嗣光は鞘に刀を収め、斜に構えると腰を下ろした。


一瞬の後、セトは一歩の踏み込みで嗣光の前に移動、そのまま力を乗せた剣を突き出す。


「!?」


音の無い街に金属音が響いた。

セトが踏み込みを掛けた瞬間から動き始めていた嗣光の刃は、突き出された剣を斜め上に跳ね上げていた。


「嘘!?弾いた!!」

「ねぇ、だから言ったでしょ」


セトが普通の人間なら双方隙だらけになった今の状態であれば、一旦仕切り直しを考えたかもしれない。

しかしセトはもう人間では無かった。


跳ね上げられた剣を余りある膂力で強引に抑え込み、打ち下ろしの状態へ変える。


「クッ、ここまでか……」


嗣光は刀を振り切った状態でセトの剣を見上げ、自らの死を覚悟した。


セトは嗣光の右腕を狙い剣を振り下ろす。

体が欠損していても素体になるには十分だ。

どうせ変異の過程で回復するなら、利き腕が無い方が都合がいいと考えての事だった。


渾身の力で剣を振り下ろす。

しかし、それは真綿で包まれる様に受け止められた。


嗣光の前、振り下ろした剣の先に黒髪の少女が右手を掲げ立っていた。

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