広がる森の東の果てで
王国の西に広がった森は徐々にトアラという国を飲み込みその版図を広げていた。
民衆は当初その存在を恐れたが、森の先には豊かな土地が広がっていると知ると動ける者は西へ向かい、動けない者は森が自身の在所を飲み込むのを心待ちにする様になった。
そんな森の東の端。
街道沿いのキャンプで耳長族の老人と若者、そして人間の兵士がお茶を飲みながら談笑していた。
「しかし、爺さんも大変だな。その年でキャンプ生活とは」
「ハハッ、奴隷の暮らしに比べれば何という事はないわい」
「森の拡張は全土を覆うまで続くんですよね?」
「そのつもりじゃが……それより早く、王国が根を上げるかものう」
耳長族の老人、フォルハがそう言うのも無理はないだろう。
森は街道を残す形で拡大を続けている。
フォルハ達が駐留しているのはその街道の一つに過ぎない。
それでも、街道を抜け西に向かう人数は日に日に増加していた。
王都に近づき人口が多い街が増えた事や、王国最大の都市である王都からの人の流出が原因だろう。
一応、見るからに賊といった雰囲気の人物はお引き取り願っているが、基本、人の行き来は自由だ。
そして今日もあからさまに普通では無い者達が森へ続く道に姿を見せた。
青い髪の男を中心とした白いフード付きのマントを着た十人程の集団だ。
不思議な事に全員徒歩で馬も馬車も引き連れてはいなかった。
「止まれ。お前達は何者だ?」
「ああ?止まれだと?お前らこそ何の権限があって人間様の道を塞いでやがる?」
集団の先頭にいた青い髪の男がフォルハ達を見て牙を剥いた。
「やれやれ、何でそこまで嫌うのかのう……」
「ここより先はトアラ王国では無い。人間以外の種族も人として暮らしている地だ。それが受け入れられないのなら、お引き取り願おう」
「人もどきが人間と同じ暮らしをねぇ……あのクソ女ぁ……」
男は前置き無く腕を振り、彼を制止していた兵士の首を一瞬で落とした。
「なっ!?ギル!!」
「貴様!!」
耳長族の若者が瞬時に弓を構え男の頭部に向けて矢を放った。
男は至近距離から放たれた矢を苦も無くつかみ取り、そのままへし折った。
その手は黒い七色の光沢を放つ籠手に覆われていた。
「俺達は王直属の討伐隊だ。反抗する者は容赦なく処刑する」
「チッ、やらせるかよ」
耳長族の若者が指笛を鳴らすと街道脇の森から緑の毛の鹿が姿を見せた。
「魔獣……力の差を見せるにゃ丁度いいか……おい、誰かあの鹿を狩れ」
「大将、俺にやらせてくれよ」
巨漢の男が前に進み出た。
「加減なしだ」
「了解」
男はマントを外し拳を構えた。
青い髪の男同様、首から下は生物的なフォルムの甲冑で身を包んでいる。
「んじゃ行くぜ」
その言葉と共に男の姿が掻き消え、フォルハ達の背後からボキリという何かが折れる音が響いた。
フォルハ達が振り返ると巨漢の男は鹿の首をへし折っていた。
「馬鹿な……」
「リュー、フォルハを連れて逃げろ。ルシアに報告するんだ」
兵士の一人が耳長族の若者に顔を寄せ囁く。
「だがあんた等は!?」
「俺達は生中には死なん。エルオニアとカービンが作った武器もある。足止めぐらいは出来るさ」
「……すまん、任せた。ご老体!!」
「なっ何じゃぁ!?」
リューは風を使いフォルハに近づくと、老人を抱え上げそのまま街道を西へ疾走した。
それを追おうとした巨漢の男を光の壁が阻む。
男は壁に拳を叩きつけたが、壁はたわんで力を受け流し消える事は無かった。
「何だこの壁は?」
「異界の術と太古の神の力をより合わせた結界だ。お前達には暫く実験に付き合ってもらうぞ」
「チッ、普通の人間が俺達に勝てる訳ねぇだろうが……一人残して全員殺すぞ」
「了解」
青い髪の男の命令で白いマントの集団は、全員外套を脱ぎ捨てた。
集団には男も女もいたが皆、先ほどの巨漢の男と同じ不思議な光沢を放つ甲冑を身に着けていた。
「今すぐ結界とやらを解くんなら、見逃してやってもいいぜ」
「お前達こそ、実験台になりたくないならすぐに降参しろ」
「……交渉決裂だな」
瞬間、血しぶきが舞い散り、二十名程いた兵士は一人を残し全員崩れ落ちた。
「解く気になったか?」
「ふむ、スピードが違い過ぎるな……出来ればこれは使いたくは無かったが……」
兵士は左手の手首に装備していた腕輪を何やら操作した。
「さて、やろうか」
そう言うと兵士は手にした槍を青髪の男に向けた。
槍の穂先は赤熱し赤く輝いていた。
「はぁ、力の差が分かんねぇのかよ……しゃあねぇ、リバー。死なねぇ程度に刻め」
「分かったボス」
痩せた禿頭の男が兵士の前に進み出た。
男の両腕前部からはカマキリの鎌の様な形の刃が伸びている。
「他の奴は休憩だ」
青髪の男がそう言って背を向けた時、背後からくぐもった声が響いた。
「おい、殺すな……」
リバーと呼ばれた男の背中から赤く光る槍が突き出している。
その体の向こうには口から血を流し、苦悶の表情を浮かべる兵士の顔が覗いていた。
「ブフッ……やはり加速は……人体に対する負荷が……大きすぎる……な……」
「てめぇ、何を……?」
「説明する……必要は無いな」
兵士は口元の血を拭うと青ざめた顔でそう答えた。
同時に周辺の死体がシュウシュウと音を立てながら立ち上がる。
「大将……こいつら……」
「俺達同様、こいつ等も普通じゃねぇって事か……」
「どうする大将?」
「死なねぇなら死ぬまで殺すだけだ」
青い髪の男はそう言うと右手を振り、甲冑と同じ色に輝くナイフを握りしめた。




