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悪霊の国  作者: 田中
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国外退去

ルシアが領主の屋敷でエルダ達の話を聞いていた頃、町では彼女の事が既に話題になっていた。

住民の中で屋敷の騒ぎを見物に行った物好きな人々が、ルシアが兵士達にした宣言を聞きそれを住民たちに伝えたのだ。

話は不安を感じ眠れぬ夜を過ごしていた人々の間に瞬く間に伝わった。


「どんな人種も差別するなって、人もどき達を俺達人間と同列に扱えって事か?」

「そんな変な話じゃ無い、歳の若いお前は知らないだろうが、儂らが若い頃はそれが普通だったんだ」

「そうなのか?じゃあなんで今は違うんだ?」

「お偉い方がそう決めたからだよ。……獣人達の殆どは人懐っこくて働き者だったから、儂は好きだったんだがなぁ」


若者たちは、年配の人間が話す人間以外の種族の話を興味深く聞いていた。

この町では見かける事はない為、若い人間が知る他種族の姿は教会の教えが全てだ。

国がリエール教を国教とした事で、過去を知る者達は口を噤んだ。

かつては町にも他種族を擁護する者はいたが、彼らはいつの間にか姿を消していた。


誰も口にしなかったが、当時の領主が上からの命令で秘密裏に処刑したのだろう。

以来、他種族の事に声を上げる者はいなくなった。


町の主が国に属していたダルガから、ルシアに変わった事でその戒めが解かれたようだ。

三十年という月日は、人々が過去を忘れるには少し短ったようで、彼らは他種族が町を自由に行き来していた頃の話を嬉々として語った。


だが、それを良しとしない者達も町には存在した。

他の種族が人の僕であると教えた者達。

リエール教の司祭達だ。


ルシアが暴れた翌日には彼らは元領主のダルガが正当な町の主であると説き、住民たちにルシアを打倒するよう扇動していた。

教会の前の道には演台が設けられ、壇上には筆頭司祭と首元を隠したダルガが立っている。

演台の前には町の住民が結構な数集まっていた。


「神の教えは絶対である!!人間は全ての種族の主であり、その権利は神が保証している!!力で領主の地位を奪った簒奪者に踊らされてはならん!!」


「へぇ、人間ってそんなに偉いのね?」


「当然である!!人こそが神の姿を模して創られた正当な神の子なのだ!!」

「それって誰の受け売り?」

「さっきから誰だ貴様!?」


教会の前で演説していた司祭は、茶々を入れた者に目をやった。

長い黒髪の奇妙な服を着た娘がそこに立っている。


彼女の傍らには猫の獣人が寄り添い。

後ろには人では無い娘たちが司祭を睨んでいた。


「はじめまして、私はルシア。昨日からこの町の支配者をやってるわ」

「お前が!?ダルガ殿、この者がルシアなのですか!?……ダルガ殿?」


壇上にはダルガの姿は既に無かった。

彼はいち早くルシアに気付き、教会の中に逃げ込んでいた。


「……フンッ、聞いた話では結構な力を持った術者だそうだな?」

「力の強さは分からないけど、そうらしいわ」

「兵を倒して調子に乗っているのだろうが、術者のいない兵を倒しても何の自慢にもならんぞ」


「……自慢なんてしてないわよ?」

「そうだよ!ルシアは自慢なんてしないよ!」

「下賤な獣人が直接私に声を掛けるな!!グガッ!!」


メルを罵倒した筆頭司祭は声を荒げた瞬間、吹き飛ばされ教会のステンドグラスを粉々に割りながらその中に消えた。


「私の連れを侮辱しないで頂戴」

「貴様!?教会長様に何をした!?」

「何って、力を使って弾いただけよ。こんな風に」


ルシアはそう言うと指を軽く弾いて見せた。

解放された力は教会の屋根に飾られていた、神の像を粉々に吹き飛ばした。


「なッ!?……おのれ、神を恐れぬ悪魔の使いめ!!」


男は手を翳し、何やら力を使おうとした。

しかし、突き出された手は突風によりズタズタに引き裂かれる。


「グッ……」

「力の行使で耳長族に人が勝てる訳がなかろう」


見ればエルダの手の上で小さな竜巻が舞っていた。

男はかなりの実力者だったのだろう。

教会の関係者たちは、怯えた様に彼を連れて教会へと逃げ込んだ。


「ありがとうエルダ。……丁度いいわね。この演台を使わせてもらいましょう」


ルシアは宙を舞い、演台の上にふわりと降り立った。


「皆も上がって頂戴」

「何するの?」


メルは軽やかに飛んでルシアの横に立った。エルダ達もルシアに促されてその後に続く。


「お聞きなさい!!私はルシア!!この町の新しい支配者よ!!皆に求める事はたった一つ!!種族が何であろうとその為人で判断して欲しい!!」


若い男が恐る恐るルシアに問い掛ける。


「あのルシア様……為人で判断とは具体的にはどういう……」

「貴方は人を判断する時、どこかの町の住民という事で善人か悪人か決めてる?」

「そんな事はしません。どの町にもいい人間もいれば悪い人間もいますから」


「でしょう?それは人間以外もそうよ。この子たちは見た目や能力は人と違うけど、ただそれだけ。心は人と変わらないわ。だから彼女達と話してみて欲しい。それでこの子たちが本当に教会の言うような下賤の者なのか決めて頂戴」

「その娘たちと……」


その男は他種族を見るのが初めてなのか、明らかに人ではないメルやカレンの角に怯えた目を向けた。


「大の男が女の子に怯えるなんて情けないわね。大丈夫、心配しなくても噛みついたりしないわ」

「アタシ、人を噛んだりしないよぉ」

「そうだよルシア。私達は獣じゃ無いんだぞ」


メルとカレンがルシアに抗議の声を上げた。


「これは失礼。それじゃ皆、町の人たちとお話してもらえる?」

「ルシアには解放してもらった恩がある。余り気乗りはしないが従おう」

「しょうがねぇな」


「お話かぁ……私、山の事ぐらいしか話す事がないんだけど……」

「難しく考えないで、聞いたり聞かれたりすればいいわ。人は得体が知れない者ほど恐れるものよ」

「分かったよう!」


メルが演台から飛び降りると、彼女を中心に人が引いた。

やはり、馴染みのない者には獣人の姿は恐ろしく映るのか。

そう思うと、メルは少し悲しくなった。


視線を下げた彼女の目に子供の足が映る。

顔を上げると、小さな女の子が一人不安と好奇心に満ちた目でメルを見つめていた。

その後ろでは年若い女性が少女に戻るよう声を掛けている。


「あっ、あの……」

「なあに?」


メルは少女の前に膝を突き、視線を合わせて優しく尋ねた。


「綺麗な毛並みだね」

「ほんとう?」

「うん……」

「ありがとう。アナタの髪もお日様みたいで綺麗だよ」


メルがそう答えると、少女は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「あのね……触ってもいい?」

「うん、いいよ」


怖ず怖ずと手を伸ばし、差し出されたメルの腕にそっと触れる。


「フワフワだぁ……」

「アタシはメル、アナタのお名前教えてくれる?」

「わたし、タニア。七才だよ」

「そう、タニアちゃんだね。お友達になってくれる?」

「うん、いいよ!」


タニアはメルのフワフワの毛並みに我慢出来なくなったのか、抱きついて頬擦りした。


「あっ!?タニア!?」

「お母さん!!メルちゃんフワフワで気持ちいいよ!!」


メルは抱き着いたタニアの頭を優しく撫でてやった。

彼女は嬉しそうに笑っている。

その姿は獣人を見た事が無かった若い人々の警戒心を解くには十分な力があった。


タニアとメルの姿は他の子供達を引きつけた。

メルは子供達に囲まれ、少し困ったように笑っていた。


「……俺も触りてぇなぁ」


ぼそりと呟いた男の肩に手が乗せられる。


「警備兵の旦那?」


ルシアは町に出るにあたってブラッドと相談して兵を民衆の中に紛れさせていた。


「残念だが、触れ合うのは子供に限定させていただく。彼女達はうら若き女性なのだ。意味は分かるな?」

「はっ、はい……」


場の空気が緩み始めた時、教会の扉が音を立てて開かれた。


「騙されてはいかん!!獣人は肉体自体が凶器の様な危険な存在なのだ!!」


先程ルシアが吹き飛ばした筆頭司祭が、教会関係者に支えられ声を上げている。

彼の体には所々包帯が巻かれていた。


「ふぅ、獣人が人より強靭なのは否定しないわ」

「認めたな!!」

「話は最後まで聞きなさい。確かに人より強いけど彼女は獣じゃ無い。理性を備えた優しい娘よ」


そう言うとルシアはタニアの側にふわりと舞い降り膝をついた。


「ねぇ、タニア。アナタはメルが怖い?」

「ううん。怖くないよ」

「メルが爪や牙で人を襲うと思う?」


タニアはルシアの問い掛けで、メルの顔を見上げた。


「……メルちゃん、タニアに意地悪する?」

「しないよう!!」

「じゃあ、タニアもおそわないと思う!!」


タニアはルシアに満面の笑みで答えた。

ルシアはタニアに頷きを返すと立ち上がり人々に言った。


「確かに人以外の種族は色んな力を持っている!!でもそれを悪用するか否かはそれぞれの心が決める!!人の中にも他者を平気で傷付ける者もいる!!いまこの場でメルが悪だと言い切れる者はいるか!?」


誰も何も言わなかった。

困った顔で子供達に微笑むメルの姿に、嘘は無い様に思えたからだ。


「ええい!!騙されるな民草よ!!その女はこの町を襲った賊だぞ!!」

「違うわ!!私は正式に戦争を仕掛けて、武力で持ってこの町を占領したこの町の新たな主よ!!」

「正式に戦争を仕掛けただと?戦争とは国同士の争いだ!聞けば貴様はたった一人というではないか!?お前のした事は不法占拠でしかない!!」


司祭の言葉に住民たちはざわついた。

ルシアは飛び上がり、住民達を見下ろし言った。


「戦争は国同士のあらそい?じゃあ何の問題も無いわ。この町は今から私の国、ドートンになるんだから!!」

「貴様の国だと!?」


ドートン。

それはルシアが幼い頃、両親と共に旅をして訪れた町の名前だ。

本当に小さな田舎町で父の親戚に会うために訪れ、少しの間その町に滞在したのだ。

そこではルシアの青い目を誰も気にはしていなかった。


町の子供達は片言の英語しか話せないルシアに優しく接してくれた。

日本で育った彼女にとって、容姿について何も言われない事は衝撃的で忘れられない出来事となった。


「そう、この町は私の国。その私の国に人間至上主義の宗教はいらない。さっさと出て行きなさい」

「おのれぇ……」


司祭はルシアを指差し閃光を放った。

指先から真っすぐに光が伸び、彼女を爆発が包む。

突然の行動に誰も動く事が出来なかった。


「ルシア!!」


メルの上げた声に、トゥースが反応して司祭を支えていた二人を殴り飛ばし、司祭を抑え込む。


「直撃だ!!フハハッ!!殺してやったぞ!!術は強力でも肉体は人、安易に姿を見せるからだ!!」

「うるさい黙れ!!ルシア!!」


爆発の煙が風で流されると其処には無傷のルシアがいた。


「そんな馬鹿な……私の爆裂が……」


驚き目を剥いた司祭にルシアは冷たく微笑んだ。


「肉体自体が凶器の様な危険な存在はアナタみたいねぇ……トゥース、その人を放して。皆も下がりなさい、巻き込まれるわよ」


そう言うとルシアは右手で何かを持ち上げる仕草をした。


「ワッ!?揺れてる!?」

「メルちゃん!!怖いよぉ!!」


怯えた子供達をメルは抱きしめた。

騒めく人々の目の前でメキメキと音を立て、周囲の民家よりも遥かに大きな教会が空中に浮き上がる。


「国外退去を命じる」


ルシアが左手を振ると、倒れていた司祭達が宙に浮かび教会の中に叩き込まれた。


「さようなら、ごきげんよう」


笑みを浮かべルシアは右手を振った。

教会は町を上を飛び、遥か彼方の草原に滑る様に墜落した。

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