異界の女王
王城の橋の上、ルシアはバレラとその子供達と戦いを続けていた。
いや、戦いとは呼べないかも知れない。
ルシアは殆ど攻撃はせず、相手の鋼糸の斬撃を防ぎ弾くだけだった。
「どうしたの?威勢のいいの最初だけ?」
「……デッドから聞いたんだけど、人に卵を産み付けてその子達を増やすって本当?」
「やっぱり彼、油断ならないわねぇ。……本当よ。で、それが何なの?」
バレラが腕を振り降ろし鋼糸の刃がルシアを襲う。
それを展開した力で弾き返しながら質問を重ねる。
「それって絶対しなくちゃ駄目なの?」
「おかしな事を聞く娘ねぇ……この世は弱肉強食じゃない、それに生き物は増え栄える為に生きているのよ。私は私の種を繁栄させたい。ただそれだけ」
会話している間も弾いた糸は橋や城壁を抉り崩している。
橋の上は既に無人だ。
ルシアが倒したガルとラルを含めた騎士や兵士は、力を使って橋の外、街側に飛ばしている。
怪我をした者もいるだろうが死ぬよりはマシな筈だ。
話をしていてバレラの言う事も間違ってはいないとルシアは感じた。
地球の人類も全て人間基準であらゆる物を利用し繁栄していた。
家畜からすれば人間はバレラと同じ自分達を食い利用する者という事になるのだろう。
「でもアナタには理性がある。共存する道はないの?」
襲って来た少女を堀に叩き落しルシアは尋ねた。
バレラはルシアの言葉に唇を曲げた。
「フフッ、だからこれが私の共存方法なの。私は全力で種を繁栄させる。周囲もそれに抗い戦う。私の世界ではそれが普通の事だった。これ以外の生き方は知らないし知ろうとも思わないわ」
「……種と世界の違いってやつかしら……私達、出会わなければ良かったわね」
「それは私を呼び込んだ男に言いなさい。まぁ私は弱い個体が溢れる世界に呼ばれて感謝してるけど」
笑うバレラの口元から鋭い牙が覗いている。
かつて地球で人が持ち込んだ外来生物がその地特有の生物を追いやった様に、放っておけばバレラという外来生物はこの地に生きる者を世界の片隅に追いやるだろう。
ルシアはこの国の西の果てで暮らす人々の顔を思い浮かべる。
彼らを守りたいと思うのはエゴかも知れない。
それでもと、ルシアはスッと右手を掲げた。
「悪いけどアナタは排除させてもらうわ」
「それは貴女の当然の権利よ。私は負けるつもりは無いけどねぇ」
バレラがそう言って振り上げた右手が一瞬でひしゃげ潰れた。
「えっ?」
ルシアが左手を振ると、周囲にいたバレラの子達が手の振りに合わせ弾かれバラバラに吹き飛んだ。
「ごめんなさい。私は私の大切な人達を守りたい」
「ホント、あの時、消しておくんだったわぁ……」
そう話した後、バレラは擬態を解いた。
八本の足から繋がる胴体の後ろにドレスから丸い腹部が飛び出す。
顎が割れ瞳は赤い水晶玉に変わり、ドレスだった物は透明な数枚の羽根に変わった。
その腹部が大きく膨らみ、虫に似た頭部に開いた口から赤い霧を勢いよく吐き出す。
霧は橋全体を飲み込み、その全てを溶かし崩していく。
堀に落ちた石が水柱を上げ、その周囲に堀の魚が無数に浮かんだ。
「グッ……」
「負ける訳にはいかないわ。私は女王なのだから……」
そう言うとバレラは更に霧を吐いた。
橋は既に崩れ霧は堀を超えて街に流れつつあった。
その広がりが唐突に止まる。
赤い霧は急激に収束し、崩れた橋があった場所に制止していたルシアの右の掌の上でクルミ程の大きさに圧縮されていた。
ただ、彼女も無傷とはいかず、その体は赤い霧によって右足と左手が欠け、あちこちから白い霞が立ち昇っている。
「あれを耐えたの?……貴女、何者?」
「私は……ルシア……守り戦う者」
掌の上のクルミを握り込むと同時に、バレラの周囲が歪み空間が圧縮される。
「グッ!?こんな所で!!」
圧縮された空間の中、虫の女王は暴れ、鋼糸を振るい霧を吐いた。
その糸も霧も巨大な力に阻まれ弾かれる。
「おのれぇ!!私の王国が!!!」
「さようなら……異界の女王……バレラ……アナタの事は……忘れないわ」
そう言うとルシアは右手を震わせながら思い切り握りしめた。
「ググッ……おのれぇ!!おのれぇ!!!」
バレラは徐々に圧縮され、やがて赤黒い球体に変わり……石畳の上に散った。
王城の奥、コリンの執務室にいた少女が顔を上げる。
「……母様が死んだ」
「バレラが!?…………終わりだ…………この国も私の願いも」
「終わってはいない。私がまだ残っている」
「……お前一人で何が出来る?」
「母様が死んで、私が新たな女王となった。コリン、協力しなさい。私が更なる力を得る為に」
少女はそう言うと八つの瞳をコリンに向けた。
バレラを倒したルシアはフヨフヨと頼りなく城の城門まで飛んで前のめりに倒れた。
あの赤い霧はルシアの精神を侵食した。
恐らく彼女の世界にはルシアの様な精神体の様な種族もいたのだろう。
心を強く持たなければ存在を否定され消滅してしまう。
その意味では全身武器の様なデッドよりもルシアにとっては強敵だった。
しゃがみ込んだルシアの横にオロが転移して現れる。
「大丈夫かい、ルシア君?」
「ええ……でも……疲れたわ」
「一旦引こう。助けた子供達にも君の力が必要だ」
「分かった…わ……オロ……悪いんだけど、運んでもらえる?……回復するまで……少しかかりそう……なの」
ルシアはそれだけ言うと瞳を閉じた。




