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悪霊の国  作者: 田中
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動き始める女王

王都に潜伏していた異界人の侍、伊藤嗣光は下町の一画で子供を攫おうとしていた奇妙な赤い髪の少女と相対していた。

髪と同じ色のドレスから伸びた手足は昆虫の様な外骨格で覆われ、人に似た顔には赤い目が八つ並んでいた。

その目と手足は嗣光に虫を思い起こさせ、知らぬうちに腕には鳥肌が立っていた。


「その子を渡して……邪魔すると食べちゃうよ」

「渡す訳にはいかん。大体、無理矢理、子供を攫うのを見過ごせる筈がなかろう」

「おっちゃん、助けてくれたのは有難いんだけど大丈夫かい?なんか顔が青いよ?」

「あっ、安心せい。某、少々虫が苦手なだけじゃ……大群で無ければ……手足はそういう甲冑、顔は面……」


言い聞かせる様に呟き、深呼吸をすると嗣光は刀を正眼に構えた。

その間に少女はチッチッと口を鳴らしていた。

何事かと嗣光が訝しんでいると、入り組んだ下町の裏路地、昼も薄暗いその道沿いの建物の壁を目の前の少女によく似た者達が這い下りて来た。


「ふっ増えた!?」

「グッ、気味が悪いのじゃ……」

「その子を渡せば、今は食べないでいてあげるよ?」

「子供を置いて逃げる等、末代までの恥じゃ!」


赤い髪の一部を触覚の様に揺らしながら四つん這いになった少女達が、嗣光達を包囲するように迫る。

数は最初の少女を含めて五人……相手が本気を出す前に斬り伏せるしか無さそうだ。


「女子供を斬りとうはないが……致し方無い。小僧、動くでないぞ?」

「うっ、うん!」


ハッ、と短く息を吐いた嗣光は一気に少女の一人と間合いを詰め、首の関節を撫で斬った。


「速い!?」


正面の少女は驚きの声を上げ、首を失った少女はバタバタと手足を地面に打ち付ける。

間髪入れず地面を蹴り、嗣光は次々と少女の首を断ち切った。


「クソォ!!よくも姉妹たちを!!」


最初に子供を攫おうとしていた少女が嗣光に向かって両手を翳す。

ルシアやカシムとの手合わせで術の厄介さが身に染みていた嗣光は、両手の動きに注意しつつ這う様な低さで少女との間合いを詰めた。


彼の姿勢の低さと速さが予想以上だったのか、少女の放った細く光る糸は嗣光の通った後の石畳に穴を穿った。

嗣光はそれを無視して踏み込み、すれ違いざま少女の両足の関節に刃を振るった。

その体が崩れ落ちる前に身を回転させ、少女の背後に回り込むと両腕を肘関節で叩き斬った。


手足を切断し自由を奪うと嗣光は少女を見下ろした。

異形の少女は牙を剥いて嗣光に叫ぶ。


「お前の顔は覚えたぞ!必ず食い殺してやるからな!」

「お主らは何の目的で子供を攫っておったのじゃ?」

「いう訳ないだろ!!それよりも私の姉妹たちが、何より母様が絶対にお前を許さないからな!!」


少女は関節から体液を垂れ流しながら、嗣光を睨み忌々し気に叫んだ。


「……人を攫い食うという者を生かしてはおけぬ。許せ」

「私を殺しても必ずかっ」


少女が言い終わらぬうちに嗣光は刀を振り抜き、首を落とすと左手を立て冥福を祈った。

その後、血振りをし刀を収める。


「……異形とはいえ女子供の見た目の者を斬るのはやはり堪えるのう……」

「……トミーを攫っていたのはこいつ等だったのか……」

「お主の友も攫われたのか?」


少年に歩みよりながら嗣光は問いかける。


「うん。最近、俺ぐらいの歳の子が何人も姿を消してたんだ……」

「そうか……ともかく場所を移そう。この様な者を何十人も相手にするのは某もキツイ」


そう話し、嗣光は少年を連れて裏路地を後にした。



元々、嗣光はアルダーを補佐する為に元騎士のアーズや元暗殺者のガッド達と王都に入った。

西で暮らす異種族の中には協力を申し出る者もいたが、異種族を僕と見做す王都で自由に動くには人の見た目が必要である為、今回は遠慮してもらった。


そうしてアルダーの仕事、異界人やコリンと対立している貴族達との交渉を手伝っていたのだが、ここ数日、下町で子供が消えるという事件が多発していた為、嗣光はアルダーに断りを入れて下町を見て回っていたのだ。


その拠点の一つ、アルダーの所有物だという家に少年を招きいれる。

家ではソファーに腰かけたガッドと寝そべったジョナが嗣光達を迎えてくれた。


「おかえりツグミツ」

「うむ、変わりは無いようじゃな?」

「まあね。仲間になりそうな奴は大体口説いたし、そろそろ西に戻ってもいいんじゃない?で、その子供は何?」


「この子はロミオ、昨今街を騒がせておった人攫いの被害者じゃ」

「人攫い……お前が探しに出た子供ばかりを攫うというアレか?」

「なぁ、おっちゃん。この二人は?そもそもおっちゃん何者なんだ?」


異形の少女に襲われた恐怖で言われるままに嗣光について来たが、いかにも貴族の家という屋敷と堅気では無さそうなガッド達を見て少年は急に不安を覚えたようだ。


「うむ、某は伊藤嗣光、遠い国から来た剣士じゃ」

「ツグミツ、それじゃ何の説明にもなっちゃいないよ」

「ぬ、左様か……しかし何と説明したものか」


「坊や、アタシらは貴族様の命令で動いてるモンさ。それ以上聞いちゃいけないのはアンタも分かるよねぇ?」

「うっ、うん」

「フフッ、いい子だ。んじゃ、茶でも飲んで人攫いの事教えておくれよ」


ジョナは立ち上がると少年を手招きしてソファーに座らせ、ポットから注いだお茶と器に入れられた焼き菓子を彼の前に置いた。


「人攫いの事って言っても俺もよく知らないんだ。ただ最近、俺と同じ年ごろの男の子の行方が分からなくなる事が多いんだよ」

「男の子?女の子は攫われないのかい?」

「うん、女の子がいなくなったってのは聞いた事ないよ」

「ツグミツ、攫ってた奴はやったのかい?」


ジョナの問いに嗣光は顔を顰めつつ頷いた。


「賊は虫の様な手足を持つ異形の娘じゃった」

「虫ぃ……騎士の嬢ちゃんが言ってたバレラとかいう女かい?」

「バレラとやらは大人であろう?某が斬ったのは子供の姿をしておった」


子供を斬ったと聞いてジョナの目が剣呑な光を帯びる。


「……アンタ、子供を斬ったのかい?」

「人を食うと公言しておったのでな……じゃがもう斬りとうはないのう」

「人食いか……ジョナ、ツグミツを睨むな。こいつも斬りたくて斬った訳じゃ無い」

「分かってるよ……ツグミツ、悪かったね……」

「……」


三人の空気が変わったのを感じて、焼き菓子を食べるのを止めた少年がおずおずと嗣光に問い掛ける。


「おっちゃん達は人攫いをどうにかしてくれるの?」

「某はそうしたいと思っておるが……」

「じゃあ頼むよ。トミーを連れ戻してくれよ。……あいつがいなくなっておじさんもおばさんも凄く落ち込んでて」

「ふむ……しかし連れ戻そうにも何処におるものやら……」

「虫の特徴を持つ娘……話で聞いたバレラと無関係とは思えん。根城にするなら王城だと思うが……」


ガッドがそう推測を口にした時、突然部屋の壁が崩れた。

立ち昇る土煙の中から赤いドレスを着た赤い髪の異形の女が姿を見せる。


「見つけたわぁ。貴方ね、私の可愛い娘たちを無残に斬り殺してくれたのは?」

「こやつは!?」

「八つ目!こいつがバレラだよ!」

「あら、私を知ってるの?剣士さんをバラしてその子を貰おうと思ってたけど……アナタ達も殺した方が良さそうねぇ」


嗣光は刀を抜き叫ぶ。


「ここは某に任せよ!!二人はロミオを連れて逃げるのじゃ!!」

「こいつはヤバいって聞いてる!一人じゃ無理だよ!」

「時間稼ぎぐらいは出来よう!!早う行け!!」


バレラに斬りかかった嗣光を見て、ガッドは無言でロミオを抱えると窓を破って庭に飛び出した。


「クッ……死ぬんじゃないよ!!」

「当然じゃ!!」


ジョナもガッドを追って割れた窓から庭に出る。


「逃げないでよ。面倒じゃない……」


そう言って振るわれたバレラの腕の延長線上で、嗣光の刃が煌めきを放った。

激しい金属音と共に刃が火花を散らし、バレラの指から伸びた鋼線の様な細い糸を弾く。


「お主の相手は某じゃ」

「……術って訳でも無さそうね」

「某は術など使えぬ。ただ練り上げた己が技をもってお相手いたす」


「フフッ、いいわぁ貴方……兵隊は子供の方がいいけど……貴方とならとっても強い子が作れそう」

「……お断りいたす。某は虫が大の苦手じゃ」

「それは残念……じゃあ強引に迫っちゃおうかしら……」


バレラの赤い唇が弓の様な笑みを浮かべた。

嗣光は刀の柄を握る手に汗を感じながら、異形の女に向け刀を構えた。

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