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悪霊の国  作者: 田中
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人間と精霊と異界人

ルシアは領主屋敷のテラスから東に広がる畑の様子を眺めていた。

この世界に来て七ヶ月弱だったが、石と岩だらけだった土地は農地へ姿を変えていた。

それには異界人や魔獣の助け、地母神であるリゼリアの力も大きく影響していたが、何より住民達の努力で成し遂げた物だ。

麦畑は黄金に輝き、収穫に勤しむ人々の姿がそこかしこに見えた。


キュラキュラとキャタピラの音がしてルシアの横で止まる。

視線を巡らせればかなり見た目の変わったデッドが、唯一変化の少なかった金属の顔を仏頂面にしながら畑を眺めていた。


「目が覚めたの?」

「まあな……こんな体になるんなら、あの時、死んどくんだったぜ」

「死ぬのはお勧めしないわ。経験者からの忠告よ」


「そういやバレラが意識体とか言ってたな。……だがてめぇは殆ど生きてるみたいなもんじゃねぇか」

「でも……もう子供は持てないわ」

「そりゃ、俺も一緒だ」


二人は少しの間黙り黄金に輝く麦畑を見つめた。


「所でお前はこんな風に領土を広げて何がしてぇんだ?」

「最初は奴隷にされてた異種族を救いたかった」

「最初?今は違うのか?」


「そうね……今は一部の人間だけが恵まれてる仕組みを変えたいと思ってる」

「貧富や身分の差は人間が生きてりゃ必ず生まれてくるもんだぜ」

「かもね。大半の人が楽して楽しく生きたいと思っているものね……」


ルシアはデッドに体を向けると言葉を続けた。


「私にもどうすればいいのか分からない。だから手伝ってくれない?」


そう言うとルシアはデッドに右手を差し出す。


「俺は殺ししか能の無い人間だぜ?」

「そんな事ないわ。アナタは異界人でしょ。別の常識、別の知識を持ってる。私の知らない事も知っている筈よ」

「確かにな……異界の知識か……異種族を取り込み、異界人も仲間に加える……まったく、強欲な奴だ」

「持ってる手札は多い方がいいでしょ?」

「へッ、違いねぇ……」


デッドは差し出された手を慣れない金属の手で握り返した。


この世界に来た時デッドは、コリンを見てここも元の世界も変わらんなと感じた。

何処の世界にも国を牛耳っている馬鹿がいて、民衆を騙しながら国を動かしている。

彼の国もそうだった。

祖国の為と言いながら、軍事力を拡大しウォーゲームに興じている。


だが目の前の小娘は少し違うようだ。

生身を捨てたからだろうか、デッドはルシアにどこか自分と似た部分がある様に感じていた。


「んで、王都はどうする?ほっといていいのか?」

「王都?なんかマズイ事でもあるの?潜入してもらってる人達からは特に連絡はないけど……」

「やっぱスパイがいたのか……まぁいい。……お前の足を切り飛ばした女がいただろう?」


「赤い服の人ね」

「そうだ。これまでは俺がいたから派手にやっちゃあいなかったが、邪魔者がいなくなりゃ、あいつ動きだすぜ」

「具体的には何を……」


デッドは少し顔を顰めると推測を語り始めた。


「あいつの生態は人よりは昆虫に近い。人に卵を植え付けて苗床を栄養に兵隊を増やすんだ」

「じゃあ王都の人達は……」

「遅かれ早かれ兵隊の苗床か餌にされるだろうな。俺が見たガキは腹に十匹ぐらい幼虫を飼ってた。百人やりゃ千匹だ。そのスパイもさっさと逃がした方がいいぜ」


ルシアの脳裏に人に寄生し育つ、酸の血を流す怪物の姿が映し出された。

あの怪物はいたるところで文明を破壊していた筈だ。


「皆を逃がさないと……」

「皆?スパイだけじゃなくて王都の連中も助けるのか?」

「ええ、アナタの言う通り私強欲なの。それに寄生された人も救えるかもしれない。……王都に行って来るって伝えといて」


そう言うとルシアの体は揺らめく様に消えた。


「あっ……瞬間移動かよ。この前は完全に遊ばれてたって訳か……チッ、この体じゃ満足に戦えねぇな」


デッドは配線むき出しの手を眺めると、その手を握りエルオニアを探す為テラスを後にした。




ルシアはテラスからギルの家に飛んでいた。

研究室ではギルとアニスが青いスライム型の異界人と共に銃の様な物を手にはしゃいでいた。


「先生、ちょっとお話が」

「ルシア、いつも直接部屋に入るなと言ってるだろう?何の為にドアがあると思っている……まぁいい、取り敢えずこれを見ろ」

「なんですかこれ?」

「ギルの力を再現できる装置です。カービンさんに協力してもらって試作品が出来たんです」


アニスが笑みを浮かべルシアに答えた。


「ギル先生の力、細菌とかを殺せる?」

“そうです。ただ、出力が安定していないので人体に悪影響が出る可能性が……”


異界人のカービンがテレパシーを使いルシアに説明する。

カービンは素材を取り込み体内で分解、分析し、再構築する能力を持っていた。

それを使ってギルの力を検証してもらっていたのだが……。


「丁度いいわ。それを完成させて一杯作って下さい」

「なんだ、疫病でも流行っているのか?」

「王都に質の悪い虫がいるみたいなので」


「虫ですか?」

「はい、人に卵を産み付けるタイプみたいなんです……」

「ルシア、これはあくまで俺の力の再現装置だ。虫の様な大きな生き物には効かんぞ」


ルシアはギルの示した銃に似た装置を見て残念そうに肩を落とした。


「そんなにヤバいのか?」

「はい、聞いた話だと植え付けられた体を栄養に幼虫が成長するみたいで」

「ふむ、確かこの国にも虫に卵を産む甲虫がいたな……カービン、サンプルがあれば殺傷対象を絞れるか?」


“多分可能ですが……僕、虫は苦手なんですけど……”

「人の命が掛かっているんだ。好き嫌いを言うな」


“ギルは他人事だからそんな事が言えるんですよ。あんな理解不能な生物を体内に取り込むなんて……”


体をプルプルと震わせながらカービンは体色を紫に変えた。


「そこを何とかお願いできない?」


ルシアはしゃがみ込むとカービンの肌にそっと触れた。

触れた部分が桃色に変わる。


“……しかたないですね。サンプルを持って来て下さい。我慢して食べますから”

「ありがとう!大好きよカービン!」


ルシアがバフッと抱きついた部分を桃色に変えながらカービンはプルプルと震えた。


“……貴女には王都で死体処理をしていた僕を人として受け入れてくれた恩がありますから”

「ふむ、話は決まったな。ではさっさとサンプルを取ってこい。人間ごと連れて来いよ、こいつで治療してやるから」


そう言ってギルは茶色の小瓶を翳して見せた。


「再生薬、完成したんですか?」

「まだだ。だがこいつはかなりいい線いっている。副作用も少ないし精々一本指が増える程度だ」

「完成品以外は許可できません」


「クッ……ほぼ完成品なのに……」

「がんばりましょう。ギル」

“僕も協力しますよ。あんまりそれ飲みたくないですけど……”


人間と精霊そして異界人が親し気に話す様を見ながら、ルシアは微笑みを浮かべ王都へ転移した。

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