人狩りの話
領主のダルガを放逐したルシアは、まずは助けた奴隷達に服を手渡し話を聞く事にした。
ちなみに服は使用人の服だった為、雰囲気はコスプレメイド喫茶の様になってしまった。
メルだけは服を着るのを嫌がった為、ルシアが説得して最低限の衣服を身に着けてもらった。
麻の下着だけの姿は、なんとなくジャングルで暮らす人々を連想させた。
「……なんだか破壊力が凄いわね」
「破壊力?どういう事だ?普通の使用人の恰好だと思うが……」
ブラッドはルシアの呟きに首を捻っていた。
「使用人の服というのが気に入らんが、ようやく人に戻れた気がするな」
そう口にした耳長族の女性にルシアは声を掛ける。
「取り敢えず上に上がりましょう。貴女達の話を聞かせて頂戴」
「……いいだろう。皆行こうか」
「ああ」
「解放してくれたし、悪い人じゃなさそうだね」
「ルシアは悪い子じゃないよ!」
「メルはお人好しだからなぁ……」
奴隷はメルを含めて五人、リーダー格の耳長族の娘、ダルガに襲い掛かった赤毛の獣人、見た目は子供にしか見えない女の子、体が鱗に覆われ角を持った女性、そしてメル。
ダルガは彼女達全員と関係を持ったのだろうか……。
メルが子供が出来たかもと話していたのだからそうなのだろう。
余り深く考えると、ダルガに対してドロドロとした嫌悪感と怒りが湧いてくるのでルシアは考えるの止めた。
ルシアは廊下でへたり込んでいたテリーを浮かべ、そのまま一階に上がる。
一階では騒ぎで起き出してきた使用人達が、部屋のドアからこちらを窺っていた。
兵士をなぎ倒したルシアの姿を見ていたのか、目が合うとサッと部屋の中に隠れた。
「そんなに怯えなくても……」
「二階の半分を吹き飛ばしておいて、怯えるなという方が無理だろう」
ブラッドが呆れた口調でルシアに答える。
「貴方達がさっさと降伏しないからでしょ。まあいいわ、メル、応接室は何処か分かる?」
「応接室……ごめん、アタシ地下牢と寝室しか知らないの」
メルはルシアの役に立てない事が申し訳ないのか、俯いてしまった。
「気にしなくていいのよメル。ブラッドは何処にあるか知ってる?」
俯いたメルを撫でながらルシアは尋ねる。
撫でられたメルはゴロゴロと猫の様に喉を鳴らした。
「俺は町の警備が主な任務だからな。屋敷は執務室ぐらいしか知らんのだ」
「そう、じゃあ庭の兵士に聞こうかしら……」
「あの……」
ルシアとブラッドが話していると、白髪の老人が恐る恐る話しかけて来た。
「何かしら?」
「私はこの屋敷で執事を務めておりますロイドと申します。あの、貴女様はダルガ様から領地を奪ったという事でよろしいのでしょうか?」
「ええ、その認識であっているわ」
「ではあなた様が我々の次の主という事ですな?」
「違うわ。私は町を奪ったけど、それは人を受け入れる為の器が欲しかっただけなの。別に私の下で働けなんて強要はしないわ」
ロイドは困った様に眉根を寄せた。
見かねたブラッドが助け船を出す。
「ルシア、使用人達に暇を出すにしても、次の勤め先を世話してやるのが通例だ。放り出されても推薦状が無いと働き先がなかなか見つからないからな」
「そうなの?じゃあ、嫌じゃ無ければこれまで通りここで働いて頂戴」
「おお、ありがとう御座います。私の様な老人なら引退しても良いのですが、下女達は受け入れ先が無いと路頭に迷う所でした」
「そう……駄目ね私。感情に任せて行動してしまうなんて……」
「そうそう、少しは考えて動けよな」
いつの間にか意識を取り戻していたテリーが茶々を入れた。
この男にだけは言われたくないな。
そう感じたルシアは、テリーを持ち上げていた力を消した。
突然解放されたテリーは、対応出来ず尻から床に落ちる。
「痛って!?なにしやがる!?」
「貴方こそ少しは考えてモノを言いなさい。忘れてるかも知れないけど、貴方の呪いはうやむやになってまだ解いていないのよ?」
「え゛っ!?そうなのか!?」
「ウフフッ、頭を弾けさせてあげようかしら……」
ルシアはテリーの額に人差し指を突きつけながら笑う。
「なんてね……嘘よ。呪いなんてかけてないし、やり方もしらないわ」
「……嘘?てめぇふざけやがって!!」
「仲いいね、二人とも」
「「良くない!!」」
メルの言葉にルシアとテリーの声が重なった。
この二人は条件反射で動いてしまいがちな所はそっくりだった。
「そうかなぁ?息ピッタリだけど……」
ブラッドはため息を吐いて、二人に声を掛ける。
「じゃれ合うのはその辺にしておけ。ロイドさん、応接室を使わせてもらっていいかな?」
「はい、ご案内いたします」
ロイドの案内で応接室に向かう。
その間も、ドアの隙間からこちらを窺う視線をルシアは感じていた。
「こちらです。お掛けになってお待ち下さい。すぐにお茶をご用意いたします」
「ルシア、この椅子フカフカだよ!!」
「メル、余りはしゃぐな」
「はーい」
ソファーの上で飛び跳ねていたメルを耳長族の娘がたしなめる。
部屋の中を見廻すと、白壁の室内にダルガの肖像画が飾ってあった。
寝室と同じく、かなり美化された姿だ。
ルシアはその絵を、力を用いて壁から降ろし逆にして壁に立てかけた。
あれは後で処分しよう。
その後、怯えた様子の使用人がお茶を配り終え退室するのを待って、ルシアは口を開いた。
「さて、それじゃあ、貴女達の事を聞かせて貰えるかしら?」
「聞いてどうする?」
「帰る場所があるなら送ってあげる」
「……汚れた身で今更帰れるか……」
「全員そうなの?」
そう尋ねたルシアの言葉に、女性達はみんな目を伏せた。
「……それぞれ理由は違うが帰る場所等無いさ」
「そう……じゃあここにいればいいわ。まずは名前を聞かせて?」
「……私はエルダ、この国の国境近くの森に住む耳長族の一人だ」
「エルダね、じゃあ次」
ルシアは赤毛でザンバラ髪の、尖った耳を頭の上に持つ獣人に目を向けた。
「俺はトゥース。多分狼の獣人とのハーフだ」
「多分?」
「生まれてすぐに捨てられたからな。詳しい事は知らねぇ」
「トゥースね。よろしくね」
「おっ、おう」
笑みを浮かべたルシアに、トゥースは少し慌てた様子だった。
彼女は誰かに笑い掛けられた経験が少ないのかも知れない。
「次は私だね。リラだよ。山で暮らす土小人族さ」
ショートカットで茶色い髪の女の子が少し得意げに言う。
「土小人?」
「深い山の洞窟に住む小さな人々だ。彼らは山の恵みと山から取れる宝石や鉱石を売って、かつては暮らしていた」
「かつては?今は違うの?」
「……今は国の資金源にする為に、鉱山で強制労働させられてるよ」
「鉱山からは逃げ出したんだけど、人狩りに捕まっちゃってさぁ……」
強制労働?人を虐げているこの国の為に?
大司教の歪んだ笑みが思い浮かび、ルシアの中にどす黒い感情が沸き上がる。
それは部屋の温度を急激に下げた様に、そこにいた者には感じられた。
「ルシア、怒らないで……怖いよぉ」
「……ごめんなさい。ちょっと嫌な顔を思い出しちゃって……」
「……凄い力を持ってるなぁ。私はカレン、竜人だよ。といっても翼を持たない半端者だけどね」
「竜人は飛べるの?」
「普通はね。私は人狩りに捕まった時、翼をもがれちまったから二度と飛べないよ……」
「ねぇ、さっきから出て来る人狩りって何?」
ルシアの問いにテリーが答える。
「人狩りは人間以外の人種を専門に狩っている奴隷商だぜ。大体術者崩れだって話だ」
「術者……メルもそうなの?」
「うん。あの人たち、獣人や耳長族を操って狩りをするんだよ。……アタシの村も焼かれちゃったんだ」
「村が……その人狩りって何処にいるのかしら?」
「知ってどうする?奴らは一人二人ではないぞ」
そう言ったブラッドにルシアは顔を向けた。
「皆殺しにするに決まってるじゃないの……」
「ウッ……」
見開いたルシアの瞳の奥に、夜の闇より深いねばつく様な漆黒を見たブラッドは思わず腰を浮かせた。
彼女から不可視の力が漏れ出している。
「これは、なんて邪悪な……」
「ハハッ、ヤバいねこりゃ」
「危険な香りだよ」
「……ぐぅう、鱗がピリピリする」
エルダ達も、ルシアから出た禍々しい力を感じ腰を上げ身構えた。
「駄目!!」
暗い感情に飲まれかけたルシアを引き戻したのは、首に抱き着いたメルだった。
「駄目だよう!!ルシアは怒っちゃ駄目!!怒るとアタシの好きなルシアじゃ無くなっちゃう!!」
負の感情には慣れていたつもりだったが、取り込んだ力は予想以上に大きかったようだ。
もっと冷たく、冷静にならないと全てを壊す悪魔になってしまう。
私が壊したいのは、人を虐げるこの国の形だ。
ルシアはふぅと息を吐くと、抱きついたメルの頭を撫でた。
「もう大丈夫よ。ありがとうメル」
「本当?」
「ええ」
「良かったよぉ……」
目に涙を溜めていたメルは、泣き笑いの顔でルシアに抱き着いた。
グリグリと頭を擦り付けるメルを、ルシアは優しく撫でた。
柔らかくなめらからな毛並みは、触っているだけでルシアの心を落ち着かせた。