アルダーとアルディナ
もう一つの祠も巡ったアルダーとオロは一旦デレアに戻った後、ルシアと別れ王都に戻って来ていた。
転移先はアルダーの家だった為、馬車を仕立て王城に向かう事にする。
父母を始め屋敷の人間は戻った様子の無かった娘が、突然見知らぬ男と部屋から現れた事に不安を抱いていた様だったがアルダーは「任務です」の一言でそれを黙らせた。
「アルディナ……」
「母上、アルダーとお呼び下さい」
見送りに出た父母はアルダーの言葉で俯いた。
落ち着いたブラウンのドレスを着た金髪の女性、アルダーの母は逸らしていた視線の上げると、申し訳なさそうにアルダーを見て口を開いた。
「……ごめんなさい。私が体が弱かったばっかりに」
「母上……」
事情を知る家人を含め、何とも言えない空気が周囲に流れた。
済まなそうな様子の母の姿を直視するのは忍びなく、目を伏せたアルダーの肩にポンッと手が置かれる。
「いやぁ、お気になさる事はありませんよ。お二人のお蔭で僕はアルダー君と出会えたのですから」
「オロ殿……」
頬を赤らめ彼を見上げた娘の様子に母親は口元を手で覆い、父親は額に青筋を立てた。
アルダーの父は現在五十八歳、黒い騎士服に身を包んだ偉丈夫だ。
騎士という戦う事を前提とした務めで肉体の衰えは命取りになる。
そうアルダーに説得され隠居してはいたが、本人はまだまだ現役のつもりだ。
どこの馬の骨とも知れない若造に娘をやるつもりは微塵も無かった。
「アルディナ、いやアルダー。任務と言ったがその者は何者だ?」
「父上、詳細は申せませんが彼は宰相閣下の客人です。無礼な言動はお慎み下さい」
「宰相コリンの……奴は国を荒す俗物ではないか」
「父上!」
「お義父さんはコリンの事が嫌いなのかな?」
「きっ、貴様にお義父さんと呼ばれる謂れはない!!」
父親はオロを指差し声を荒げる。
額の青筋は脈を打ち、顔は興奮で真っ赤に染まっていた。
そんな彼の腕にアルダーの母がそっと手を添える。
「あなた、止めて下さい。……アルディナが選んだ人ですよ」
「選んだ人だと!?こんな珍妙な格好の男、絶対に認めんぞ!!」
「この子は家の為に、私達の我儘の為に女の幸せを捨ててくれたのです。恋人ぐらい良いではありませんか」
「グググッ……アルダー、この男を好いているのか!?」
「えっ!?……それは……その……」
アルダーの普段の凛とした様子は鳴りを潜め、言い難そうにモジモジしていた。
「ハハハッ、そんな感じの君も新鮮でいいね。アルディナ君」
「オッ、オロ殿……揶揄わないで下さい……」
「グハッ!!みっ、見るに堪えん!!もういい勝手にしろ!!」
「あっ、父上!?」
父親は憤慨し屋敷の中に引っ込んでしまった。
母親は申し訳なさそうに眉を八の字にして二人に頭を下げると、父親を追って屋敷に戻って行った。
「怒らしてしまったかな?湿っぽい空気を変えようと思ったんだけど……」
「二人はとても真面目なのです。揶揄ってはいけませんよ」
「フフッ、じゃあアルダー君はご両親の血を色濃く引き継いだんだね?」
「もう……とにかく王城に報告に向かいましょう」
ニコニコと笑うオロに苦笑してアルダーは馬車に乗り込んだ。
オロも肩を竦め彼女に続いた。
石畳で揺れる馬車の中、アルダーは今後の事をオロに話した。
「国内で残っている祠は私の知る限り王都にある一つだけです。それも壊したい所ですが現状で手を出すのは難しいでしょう」
「うん、取り敢えず味方に付いてくれそうな異界人、それとこの世界の人もいけそうなら引き込もう。君の御父上もコリンを嫌っている様だしね」
「……表立って逆らう事はありませんが、父の様に国の方針に反発を覚えている貴族も多い筈です。ただ侯爵としての地位を持ち、国教であるリエール教を支配しているコリンを恐れない者は少ないでしょう」
「うーん、政治と宗教か。二つは結びつくと色々厄介なんだよねぇ……」
オロは自分達の世界でも過去に起き、現在も続いている政治と宗教の事を思い浮かべた。
宗教自体が悪いとは思わないが、神を信じる者、特に熱心な者ほど疑う事無く献身的に指導者に従う。
その指導者が政治のトップであれば簡単に独裁者の国が生まれてしまう。
神の名の下に自らの命も顧みる事無く戦う者達。
国を運営していく上でこれほど都合のいい者達はいないだろう。
無信仰のオロから見れば、それは従順で盲目な奴隷としか思えなかったが。
「政教分離は基本なんだけどなぁ」
「そうなんですか?」
「まあね。時代が進めばこの世界もきっとそうなるよ」
「……確かに私は教会の教えに踊らされていました」
アルダーは過去を思い起こし顔を伏せた。
「宗教自体が悪い訳じゃないよ。どんな時代になっても人間に悩みは尽きないし努力じゃ解決出来ない時、神に縋って平穏を得るのはそれ程駄目な事じゃないさ。僕はジタバタ足掻くけどね」
「フフッ……じゃあ、私もジタバタ足掻きます」
笑ったアルダーに笑みを返しながら、オロは祠の事を思い出していた。
北東の祠は力を求めた、さながら魔神の様な神が祀られていた。
南東の祠はどちらかといえば地母神的な女神の像が祀られていた。
ルシアは北東と同様に封じられてた彼女を軛から解き放ち、コリンによって穢れを纏った女神から生贄の怨嗟を吸い取った。
穢れから解放された女神はルシア達に協力する事を約束してくれた。
「そう言えば僕等も神様を味方にしちゃったねぇ……」
「ルシアさんは滅茶苦茶です。相手が何だろうと対応が変わらないのですから」
「でもその方が信用できると思わないかい?」
「……巨人やあんなドロドロした力を飲み込んで彼女は平気なのでしょうか?」
「大丈夫さ。僕が感じるルシア君の光はくすむ事無く強さを増している。きっと暴君にはならないよ」
掛け値なしにルシアを信じている様子のオロを見て、アルダーはほんの少しルシアに嫉妬した。
「……安心したまえ、ルシア君への感情は君に対する物と違って愛とかじゃないから」
「ッ!?こっ、心を無断で覗かないで下さい!!」
その後、王城に着いたアルダーは、オロを自室で待たせコリンに祠について報告していた。
「王都以外の全ての祠が破壊されていただと?」
「はい、犯人については痕跡からオロ殿が追っていますが、跡形も無く破壊されている為、残滓を追う事も難しいようです」
「おのれ、後二人は最低呼び込もうと思っていたものを……」
コリンの計画ではデッドたちと同等の力を持つ者に担当させ、一気に周辺の国を版図に加える腹積もりだった。
最低四人いれば東西南北、トアラの周辺の国はカバーできるとコリンは考えていた。
「王都の祭壇はいつ使える?」
「……あと半年ほど待たねば難しいかと」
コリンの問いに側近の一人が躊躇いがちに答えた。
「グヌヌッ……何者か知らんが私の計画を邪魔しおって……アルダー!オロ以外の異界人で捜索に優れた者にも探すよう命じよ!」
「ハッ」
「探索……探索か……土小人に命じてこの国で感じる力を探させよ」
「閣下、探すと申されても彼奴の力は我々にも反応しますぞ?」
「大きな力に絞れ。石の祠を跡形も無く消すのだ、それなりに力を持った術者の筈」
「なるほど、それならば……すぐに命じます」
答えを返した側近に頷き、コリンは命令を付け加えた。
「力の持ち主が貴族以外の平民、異種族だった場合、真偽を問わず処断せよ。この国に力を持つ下僕は不要だ。反抗するようなら異界人を使え、彼奴らも退屈しているだろうからな」
「平民もで御座いますか?」
問い返した側近をコリンはぎらつく目で睨んだ。
「かっ、畏まりました」
側近の答えに満足し歪んだ笑みを浮かべたコリンに、アルダーは焦りと腹の冷える様な不安を同時に感じていた。




