国を成すモノ
アルダーはオロに手を引かれ高台の屋敷へ続く道を歩いていた。
人間以外を下僕とし、その能力を活かす事無く使役しているトアラ。
それに比べるとここで生きている異種族達は、その力を制限される事無く活かし切っている様にアルダーは感じていた。
あの土小人のリラだけでは無く、畑や町で見かけた者達も楽しそうに働いていた。
それはアルダーの知る奴隷達とは全く違う存在に思えた。
「アルダー君、疲れたのかい?」
「いいえ……教えて下さい。今日私が見た物は全て今から会う領主の指示の産物ですか?」
「詳しくは知らないけど、鉱山はリラ君の提案らしいよ」
「領主が土小人の提案を受け入れたのですか?」
「みたいだね。何かもちはもち屋とか言ってたよ。……アルダー君、もちって何か知ってる?」
「いえ……」
そんな話をしている間に屋敷への道は終わり、アルダーはオロと二人、執事らしき老人に連れられ部屋に案内された。
執事はドアをノックし来客を告げる。
部屋からの返事は意外にも年若い女性の物だった。
以前、コリンと共にこの地を訪れた時、挨拶に来た人物は中年の男性だった。
必死でコリンに取り入ろうとご機嫌を取っている様子に最初は嫌悪感を覚え、その後、自分も変わりがないと情けなさを感じたものだったが……。
執事が開けたドアを抜けて、執務室と思しき部屋に入ったアルダーは大きな窓を背に椅子に座る人物を見て体を強張らせた。
「こんにちわ」
そう言って笑みを浮かべる黒髪の少女の前、机の上には何故か曲がったスプーンが置かれていた。
「オロ殿……私は彼女を知っています」
「だろうね。ルシア君はあの新しい異界人達に喧嘩を売ったそうだから」
やはりか。遠目だったが輝く黒い髪と奇妙な黒い服は強く印象に残っている。
破壊されたという西の祠、呼び出されコリンの命を狙った異界人、西に逃げた襲撃者。祠の近く様変わりした町。
アルダーの中で目の前の少女によって全ての事柄が繋がっていく。
「……貴女はコリン様の殺害しようとした異界人ですね?」
「うん、そうよ」
あっさり認めた少女の言葉にアルダーは反射的に身構えると術を放った。
アルダーの広げた手の先に豆粒程の小さな黒い穴が浮かび、そこから一筋の水が噴き出す。
大海の底、人が一瞬でつぶれる程の水圧が掛けられた水は、レーザーの様に一瞬で少女の体を貫き背後の窓ガラスに小さな穴を開けた。
一瞬遅れて窓ガラスに穴を起点に稲妻に似た罅が走る。
「過激な人ねぇ」
「そんな……」
少女を確実に貫いた筈のアルダーの術は、彼女に何の痛痒も与えてはいない様だった。
「しょっぱい……塩水?」
「ルシア君、大丈夫かい?」
「平気よ。ちょっとビックリしたけど……さて、改めて初めまして、私はルシア。貴女がオロの友人のアルダーさんね?」
ルシアは机に肘を置いて手を組むと、アルダーを見つめニッコリと微笑んだ。
恐怖を感じて後退り、転びそうになったアルダーをオロが優しく支えてやる。
「気を付けたまえ」
「……ありがとうございます……てっ、違います!オロ殿!どういう事です!?どうしてこの人が領主なんです!?なんで私の攻撃が全く効かないんですか!?」
「そんな事言われても……知り合ったばかりの女性の事はそんなに詳しく知らないよ」
「ウフフッ、仲がいいのね?」
ルシアの言葉でアルダーはオロの襟首をつかんで詰め寄った彼の顔が、目と鼻の先にあるという事実を客観的に理解し慌ててオロから離れた。
「べっ、別にそれ程仲は良くありません!」
「悲しいなぁ。僕は君の事をこの世界で初めての友人だと思っているのに……」
「ゆっ、友人としては嫌いではありません!」
「可愛い人ね。オロ」
「だろう。毒蛇の巣の様な王宮じゃ稀有な存在だよ」
アルダーはオロとルシアの掌の上で踊らされている感覚に気恥ずかしさを感じた。
「それより何が目的ですか!?」
「その前に聞かせて。アナタ、領地の様子を見たんでしょう?どう思った?」
「……活気があって……みんな楽しそうだとは思いました。……それが何なんです!?」
「うん。私はトアラ全部をあんな風にしたいの。その方が面白いと思わない?」
アルダーはルシアの問い掛けに咄嗟に反論出来なかった。
彼女が生まれた時には、すでに異種族は下僕として接するのが当たり前になっていた。
祖父等はそんな国の政策をかなり辛辣に酷評していた。
祖父の時代は兵の中に異種族がいる事は普通であり、救われた事は一度や二度では無かったらしい。
彼らの中には戦功により貴族になった者もいた程だ。
だが、そんな者達も国の政策によって国を去ったり、姿を隠したりしていた。
優秀な人材を種族が違うというだけで冷遇する。
馬鹿げていると祖父は常々言っていた。
鉱山や畑、町を見て祖父の言葉が理解出来た気がした。
アルダー自身、土小人であるリラが磨いた石を美しいと思ったからだ。
「どうしてそんな話を私にするのです。私はトアラを守る騎士ですよ?」
「君なら協力してくれる。そう思ったからさ」
「……どうして私なんです?私は上級騎士と言っても、異界人の世話役を任された唯の使い走りですよ?」
自嘲気味に言ったアルダーにオロもルシアも笑みを浮かべた。
「まさにそれさ」
「……使い走りが必要なのですか?」
「違うわ。重要なのは世話役の方よ。世話役なら異界人の為人をよく知っているんでしょう?」
「それはまぁ、仕事ですから……」
「ねぇ、アルダーさん。異界人の中にはアレス達の様に騙されている人もいるのでしょう?」
「アレス殿……彼らをご存知なのですか?」
アルダーは吹き飛ばされた林を思い出し暗い気持になった。
「ええ、町にいるから後で会いにいけばいいわ」
「そうですか町に……生きてるんですか!?」
驚き目を見開いたアルダーに笑って頷いた。
「貴女が彼らを……」
「まあね。獣人や鱗族を見て、条件反射で柄に手を掛けるから大変だったわ」
「そうですか……生きて……」
確かにコリンが呼び込んだ人の中にはアレス達の様な善人も多くいた。
彼らを偽り奴隷印を飲ませたのは他ならぬアルダーだ。
一人騙すたび、澱の様な何かが心に降り積もっていくのを彼女は感じていた。
「それでね。その異界人達を連れ出したいの。力を貸してくれない?」
「……私に国を裏切れと?」
「アナタの言う国っていうのは何なの?動かしている王や貴族?それとも土地?」
ルシアの問い掛けにアルダーは黙り込んだ。
国を守る。それは自分にとって誇りであり義務だと感じていた。
父は母を愛し他の女性を妾にする事は無かった。
だから二人のたった一人の娘であるアルダーが家を継ぐ他無かった。
父は国を守る貴さをアルダーに教え、彼女も何の疑問も無くそれを信じた。
だから国という物について深く考えりせず、心を殺して無慈悲な命令にも従ってきた。
だがルシアの問い掛けで守りたい物が何なのか分からなくなった。
彼女が言う様に忠誠を誓っている王やその他の有力貴族が国かと言われれば違う気がする。
仮に王が崩御しても王子が後を継ぎ、国そのものは続いて行くだろう。
土地かと問われればそれも違う。
大地だけあってもそこに誰もいないのならそれは国とは呼べないだろう。
「……人です。私はこの国で暮らしている人や文化を守りたい」
「人ね……その中に人間以外の種族は含まれていないの?」
「それは……」
口ごもったアルダーにルシアは続けた。
「ねぇアルダーさん。アナタが言う様に国の形を成しているのは人と文化、そこに生きている全てだと思うわ。でも今は一部の人間の為に根幹である人が……人間以外の種族が苦しんでいる。私は彼らを守る為に力が欲しいのよ」
「……」
「すぐに答えを出せとは言わないわ。でも考えてもらえない?」
「余所者の貴女が何故この国の事をそんなに気にするのです?」
ルシアは肩を竦め答える。
「だって帰れないもの。呼び込まれた時点で私もこの世界の一員になったのよ。それに私は誰かが虐められているのも、虐めている人を見るのも大嫌いなの」
「勝手な人ですね」
「自覚してるわ」
「……少し考えさせて下さい」
頷いたルシアを見て、アルダーは無言で執務室を後にした。




