奴隷の首輪
ルシアが寝室に戻るとメルが駆け寄ってきた。
興奮しているのか、尻尾をピンと立てて目を輝かせている。
「ルシア凄いね!!兵隊さん皆やっつけちゃった!!」
「相手に魔法を使う人が居なかったからね。さて隠し金庫はどこかしら?」
「……壁に掛かっている絵の裏だ」
ダルガの言葉通り壁には大きな絵が飾られていた。
男性の肖像画でとても逞しく凛々しい男性の姿が描かれている。
よくよく見れば、モデルはダルガのようだ。
「よく恥ずかし気も無くこんな絵を飾れるわね」
「やっ、やかましい!どんな絵を飾ろうが儂の勝手だ!」
「まあそうなんだけどね」
力を使い壁から絵を引き剥がす。
その下には鉄で出来た小型のテレビぐらいの金庫が、壁に埋め込まれる形で設置されていた。
力を使って開けてもいいが、鍵が壊れても面倒だと考えルシアはダルガに目をやった。
「それじゃあ開けてもらえる?」
「おのれぇ……このままで済むと思うなよ」
恨み言を呟くダルガを持ち上げたまま金庫の前に移動させる。
チラリとルシアを盗み見ると、ダルガは渋々金庫のダイヤルを回し扉を開けた。
「開けたぞ」
「どれどれ……」
中を覗くと金貨や宝石に交じって、小さな鍵が鈍く光っている。
それを手に取るとルシアはダルガに尋ねた。
「これは全部の首輪に共通なの?」
「そうだ」
「鍵はこれ一つきり?」
「それ一つだ……貴様、何故そんな事を聞く?」
「ウフフ、秘密。それじゃあ地下牢に行きましょうか。メル、案内してもらえる?」
「うん、いいよ。こっち!」
メルはルシアを先導するため部屋から駆け出した。
「ルシア、こっちだよ!」
首輪を外した事で力が戻った為か、メルの体からは躍動感が感じられた。
そういえば毛皮がある為、気にしていなかったが彼女は裸だ。
何処かで服を調達しないと……獣人とはいえ年頃の娘が素っ裸というのはマズイだろう。
そんな事を考えつつ、ルシアはメルの後を追った。
少し浮かんで滑る様に屋敷の中を移動していく。
地下に下りる階段の前でメルが立ち止まった。
鼻を鳴らしてルシアに問い掛ける。
「ルシア、下に兵隊さんがいるよ」
「大丈夫、多分隊長さんよ。彼は味方だから怖がる事はないわ」
「味方?アタシの事いじめない?」
「いじめないし、いじめさせないわ」
「そっか……えへへ、ルシアは強いもんね」
メルは安心したのか、ゆっくり尻尾を揺らしながら地下への階段を降りていった。
「……まさか貴様、儂を地下牢につなぐつもりか?」
「そんな事しないわよ」
ダルガに返事しながら階段を降りる。
石造りの地下は薄暗く、とても冷たかった。
メルが階段の角から廊下を伺っている。
恐らくルシアを信用してはいても、見知らぬ人間は怖いのだろう。
彼女を追い抜き階段を降りて廊下に出ると、奥から声を掛けられた。
「ルシア、こっちだ。奴隷は見つけたが俺達では警戒して話を聞いてくれん」
石造りの廊下の先で、ブラッドがこちらに手を振っている。
その横にいたテリーは牢屋の中が気になるのか、チラチラと中に視線を送っていた。
……メルは裸だった。中にいる奴隷たちも同じでは無いだろうか。
そう考え改めて二人を見ると、ブラッドは中の人物に気を使っているのかそちらを見る事はしていなかった。
そういう所だぞテリー。
学校で生徒が使っていた言い回しを頭の中で唱えつつ彼らに近づく。
ルシアの背に隠れるようにメルもその後に続く。
牢屋の中には数人の女性が、一枚の毛布を被り寄り添い合ってこちらを見つめていた。
ルシアが考えた様に、その毛布の下からは素肌が覗いている。
「テリー、アナタはこの子達の服を調達して来て頂戴」
「えっ、俺が?」
「そうよ、アナタにお願いするわ。女の子の裸を見てるよりは有益でしょ?」
「みっ、見てねぇよ!!俺はそんな覗きみてぇな事はしてねぇ!!」
「そう?ホントに?あの金髪の娘なんてスレンダーでとても魅力的よ?」
「だよな、俺、耳長族を見たの初めてでさぁ、神秘的でこうソワソワするよな?……いや、これは一般論であって、俺の感想ではないというか……」
「テリーお前……」
「服を探してきます!!」
ルシアとブラッドの冷たい視線に耐え兼ねたテリーが駆け去るのを見送り、ルシアは視線を牢屋に戻した。
頑丈な鉄格子の奥に、テリーがソワソワした耳長族の他、子供にしか見えない娘や、頭に尖った耳を持つ人に近い容姿の女性が入れられていた。
「貴女達はこの男の奴隷だった人達ね?」
「そうだ。忌々しい事にな」
金髪の耳長族と呼ばれた女性が、少しハスキーな声で答える。
スレンダーでキリっとした顔立ちのハンサムな女性だった。
きっと日本であれば女子生徒にキャーキャー言われる筈だ。
「自由になりたい?」
「当然だろう。ここにいる者は望んで奴隷になった者など一人もいない」
「その割には夜は良い声で鳴いていたがな?」
「そうせねば貴様が我らに鞭を振るうからだ!!そうでなければ誰が好き好んで嬌声など上げるものか!!」
その言葉を聞いて娘たちの体に目をやると、薄くなってはいるが確かに傷跡が残っていた。
「フンッ、人もどき風情が言いよるわ。フガッ!?」
ルシアはダルガの口を力で塞いだ。
「少し黙っていてくれない?じゃないと首をへし折りたくなるから」
指を折られそうになった事を思い出したのか、ダルガはブンブンと首を縦に振った。
「皆、自由になりたいのね?まあ嫌だって言っても解放するんだけど」
「そこの兵士の話ではお前が次の主だろう?財産である奴隷を手放すのか?」
「ええ、私、奴隷を侍らせるなんて趣味は持ち合わせていないの」
そう言うとルシアは右手を翳し拳を握り込んだ。
鉄格子が軋みを上げて丸い塊に変わる。
「……牢屋の鍵はあるんだからわざわざ壊すな」
少し呆れた声でブラッドが手にした鍵を示す。
「あら、ごめんなさい。彼女達を見ていたら、なんだか憤りを感じちゃって」
鉄格子を破壊しルシアが牢屋に足を踏み入れると、他の女性を庇う様に耳長族と獣人の女性がルシアの前に立った。
前に立った二人も含め全員怯えた目をしている。
「術者だったのか!?」
「怖がらなくても大丈夫だよ。ルシアは味方だよ」
ルシアの背に隠れていたメルが、その肩口からヒョコと顔を覗かせる。
「メル!?……本当に信用出来るのか?」
「うん!だってほら、アタシの首輪も取ってくれたんだよ」
「首輪を!?鍵を手に入れたのか!?」
「ルシアが持ってるよ。アタシのはルシアがクシャってやって取ってくれたんだ」
「クシャ……」
耳長族の娘は丸められた鉄格子に目をやり、その後、畏怖のこもった目でルシアを見つめた。
「これは呪術具だぞ。強固な守りの呪が掛かっている。それを壊すとは……」
「難しい話は後にして、さっさと首輪を外しましょう?」
「……分かった。頼む」
娘は他の女性に目配せすると一人ルシアの前に立った。
薄いエメラルドグリーンの瞳がとても魅力的だった。
彼女の首輪を外すと、それまで抑えられていた力が噴き出したのをルシアは感じた。
やはり、この首輪で力を抑え込んでいたようだ。
「おお、力が……」
手の上に小さな竜巻を作り出し、自分の力を確かめている娘をよそにルシアは他の女性の首輪も外し回収した。
最後に獣人の首輪を外すと、彼女は突然ダルガに襲い掛かった。
「よくも今まで弄んでくれたなぁ!!」
獣人の爪がルシアに拘束されたダルガを切り裂く直前に、彼女は見えない力で止められた。
見ればルシアが鍵を持った右手を掲げている。
「てめぇ!?解放するとか調子の良い事言って結局人間の味方かよ!?」
「私はどの種族の味方でもない。虐げられた人の味方よ」
「だったら何で邪魔すんだよ!?」
「だって、簡単に殺しちゃったら面白くないじゃない。おじさんにはもっと苦しんでもらわないと……」
そう言うとルシアは不気味な笑みを浮かべた。
口を塞がれたダルガは、ルシアの言葉に冷や汗を吹き出した。
「もっと苦しんでって、何をするつもりだよ?」
「この首輪、力を使えなくするんでしょう?」
「……まさかそいつを領主につけるつもりか?」
「ええ」
ルシアはダルガに近づき、その首に手を回した。
ブンブンと首を横に振るダルガに、ルシアは囁く。
「今まで散々奴隷の女の子に酷い事をしてきたのでしょう?だったら今度はアナタが奴隷になってそれを体験なさいな」
ダルガの首に首輪を付け、鍵を掛けるとルシアはその鍵を握りつぶした。
「!?」
「あら、困ったわね。うっかり鍵を壊してしまったわ。この鍵は一つしかないんでしょう?どうしようかしら?」
「貴様なんてことを!?魔道具の鍵は作った者でさえ同じ物は作れんのだぞ!!」
「そうなの?それは良い事を聞いたわ」
ルシアはニッコリ笑うと、ダルガの戒めを解いた。
「何!?」
「さっきも言ったけど、私奴隷を侍らす趣味はないの。どこへでも好きな所へ行けばいいわ」
「こんな奴隷の証を付けたままで放り出すつもりか!?」
「そうよおじさん。頑張って長生きしてね」
ダルガは周囲の人物をゆっくりと見廻した。
ブラッドは肩を竦め、奴隷の娘たちは全員彼を睨んでいた。
最後にルシアに視線を戻す。
笑みを浮かべたその目の奥に、暗く深い闇が渦巻いているように彼は感じた。
「ヒッ!?」
「さようならおじさん、ごきげんよう」
そう言って手を振るルシアに怯え、ダルガはフラフラと石の廊下を逃げ始めた。
やがて階段へと姿を消す。
それと入れ替わりに服を抱えて戻ってきたテリーは、階段を振り返りつつルシアに尋ねる。
「元領主、なんか呆けたみたいに屋敷を出て行ったぞ?いいのか逃がして?」
「あんなおじさんに構っている暇はないわ。町に支配者が変わった事を伝えないといけないしねぇ」
そう言うとルシアはテリーから服を受け取り、娘たちを盗み見てた彼に向け指を弾いた。
テリーは吹き飛ばされ、縦回転をしながら廊下の端に激突する。
「女の裸が見たいのなら、自分から脱ぐぐらいに惚れさせてみなさい」
「は……はひ……」
「教育し直しだな……」
崩れ落ちたテリーを見て、ブラッドは顔を押さえ深いため息をついた。