西の果ての辺境で
オロがアルダーを連れて転移した先は辺境の町デレアの上空だった。
足元の無い不安にアルダーはオロの腕にしがみ付く。
「オロ殿!?高いです!!高すぎます!!」
「ハハッ、落ちる事は無いから落ち着き給え。それより見てごらんよ。これが引っ越し先さ」
「本当に落ちないですよね!?」
「疑り深いなぁ。……忘れているかも知れないけど、僕の能力は人の心に影響を受ける。君が信じないと落ちるかもね」
「信じます!!信じますとも!!」
アルダーはガクガクと首を縦に振った。
それからゆっくりと探る様にオロから体を放す。
改めて眼下の光景を目に映す。
「……驚きました。昔見た時は畑が点在する草原と岩場ばかりの土地だった筈です」
草原の中、緑が途切れ開墾された畑が広がっている。
まだそこに緑は無いが、人が作業しているのが遠目に確認できた。
「魔獣が力を貸してくれたそうだよ」
「魔獣!?」
「うん、見てみるかい?」
「えっ!?ひぇえええええ!!!」
急速に下降し畑の近くにふわりと降り立つ。
農夫たちは一瞬目を向けたが、さして気にした様子も無くそれまでしていた作業を再開した。
「あっ、貴方、私を驚かす為にワザとやっているでしょう!?」
「フフッ、驚きはエンターテイメントの重要な要素だからね。それより先ほどから気になっていたんだが……」
「何ですか!?」
「君、女の子だったんだねぇ。いや失敬、失敬。美形だとは思っていたが、男物の服を着ているから少し声の高いの男だとばかり……」
そう指摘されたアルダーは、自分がオロの腕に胸を押し当てる形で抱きついている事に今更ながら気付いた。
慌てて彼から離れると顔を赤らめ腕で胸元を隠す。
「……心が覗けるんじゃ無いんですか?」
「秘密は心の奥深くに隠れているものさ。僕はこう見えても紳士なんだ。表面の記憶や感情は覗いても心の奥まではめったに覗かないよ。エチケットとしてね」
「紳士はそもそも人の心は覗かないです」
視線を逸らしアルダーはぼそり呟く。
彼、いや彼女は刈り上げたマッシュの金髪に男物の騎士服、胸はさらしで潰していた。
オロが男だと思ったのも無理はないだろう。
「まぁ、君が男だろうと女だろうと友人である事には変わりないよ」
「この事は誰にも言わないで下さい」
「言わないけどどうして?」
「……女はこの国だと家を継げないんです」
「馬鹿馬鹿しい話だね。要は能力とやる気だと思うけど」
「長年続いた慣習はそう簡単に無くなりませんよ」
そう返したアルダーに大仰に肩を竦めると、オロは農夫の一人に近づき声を掛けた。
「やぁ、少し作業を見せてもらってもいいかい」
「そらかまへんけど……兄ちゃん相変わらず派手やな」
「フフッ、僕は芸人だからね」
「さよか。まあ、好きなだけ見ていったらええわ」
アルダーはオロが声を掛けた農夫を目を丸くして見つめていた。
「どうしたの?」
「だって獣人が人間に向かって対等に話していました」
「ん?変な事なのかい?」
「あの獣人は農奴では……?」
オロは一瞬考え、得心入ったのか笑みを見せた。
「ああ、農民の奴隷ね。違うよ。彼らはこの土地の所有者だし奴隷じゃないよ」
「そんな!?国の政策に反しています!」
「うん、まあそれは後で説明するよ。僕も日が浅くてよく分かっていない部分も多いから」
納得出来ないままアルダーは目の前の畑に目をやった。
畑にはすでに小さな芽が顔を出していた。
畑の事は詳しくないが、土の感じは他領で見た物と遜色がない気がした。
灰色の大きな牛が犂を曳いている。
遠くでは赤い大きな動物が何やらやっていた。
「本当に魔獣が畑を……」
「次は鉱山を見に行こうか?」
「鉱山?西に目ぼしい鉱山なんて……」
「見せてくれてありがとう!」
「おお、次は手伝ってや!」
兎の獣人に手を振り、訝しむアルダーの手を取るとオロは転移を行った。
景色が瞬時に変わり、目の前には木枠で補強された穴が山肌にぽっかりと穴を開けているのが見えた。
周囲は塀で囲われ木の小屋が数軒建てられている。
敷地内には山から引いたであろう川が流れ、水車が設置されていた。
穴からは人間と異種族が台車に乗せた石と土を運び出していた
その穴の入り口付近には歩哨らしき犬の獣人が二人立っている。
オロはその二人に近づき声を掛けた。
「やぁ、リラ君を呼んでもらえるかな?」
「確か、オロさんでしたか?そちらは?」
「僕の友人」
「……」
黒い毛並みの獣人は鋭い目つきでアルダーを見つめた。
首筋に噛みつかれそうで、知らず知らずの間にオロの背に隠れてしまう。
「ブラック君、アルダー君を脅かさないでくれたまえ」
「すみません。トアラの貴族の方とお見受けしましたので……」
「彼女の事は僕が責任を持つよ」
「……分かりました。お待ち下さい。監督を呼んで来ます」
監督と聞き、更に巨大な獣人を想像したアルダーだったが、呼ばれて小屋から姿を見せたのは白い作業服を着た子供だった。
「おっ?手品師のお兄ちゃんじゃないか?新しいネタを見せてくれるのかい?」
「リラ君、手品では無く超能力だよ。そこは間違えないでくれるかな」
「こだわるなぁ。開き直って手品って言った方が受けがいいのに……。で、何の用だい?」
「鉱山を見学させてもらえる?」
「いいけど、中は危険だからねぇ……じゃあ、掘り出した石の作業を見学するかい?」
「うん、お願いするよ」
ついて来て、そう言ったリラに続き小屋の一つに案内される。
部屋の中では数人の人が白い石を仕分けしていた。
ここでも人間と異種族が入り混じって作業している。
彼らの前には布を引かれた数種類の木の器に、両手ですくえる程の量の石が既に仕分けされていた。
「ここでは石の仕分けをしてるんだ」
「あの、その白い石は?なんだか氷砂糖みたいですけど……?」
「アハハッ、氷砂糖か、それも中々高く売れそうだね。これはダイアモンドの原石だよ」
「ダイア!?」
ダイアモンド……宝石の王様……これが全部。
これだけあれば何年も遊んで暮らせそうだ。
「次は加工を見せよう。こっちだよ」
リラはそう言うとサッサと小屋を出て行った。
ボーっとしていたアルダーの耳元でオロが囁く。
「変な事を考えてるとブラック君に噛まれちゃうよ」
「かっ、考えていません!」
笑みを浮かべたオロに続いて、慌てて小屋を後にする。
待っていたリラに続き、仕分け小屋の横の小屋に足を踏み入れる。
水車から動力を得た研磨機がグルグルと回転している。
その研磨機を使い一人の男が石を磨いていた。
彼はリラに気付くと手にした石を彼女に見せる。
リラは男から石を受け取ると、目を細めて石を観察した。
「どうですか?」
「うん、大分上手くなったね。でもまだまだだね。石の声を聞かないと本当の輝きは得られないよ」
「ウッスッ!精進します!」
リラは研磨機の横に置かれた石を、手袋をした手でつまむと男の石と並べて掌に乗せアルダーに掲げて見せた。
背伸びしてアルダーの前に差し出された小指の先程の石は、窓から差し込む光を浴びてキラキラと輝いている。
男の物に比べるともう一つの石の方が、その輝きが洗練されている様にアルダーには思えた。
「こっちは私が磨いた石だよ。同じぐらいの質の石でも研磨次第で良くも悪くもなる。彼のはまだ及第点だね」
「いつか師匠をうならせてみせますよ!」
「期待してるよ」
リラはそう言うと磨かれた石を研磨機の横に置いた。
「加工をしているのは採掘された石の一部、質のいい物だけなんだ。ホントは採掘から加工まで全部できた方が儲かるんだけどね」
「それはどうして?」
「簡単だよ。職人がいない。なんせ私達は鉱山でずっと石を掘らされてるから」
「もしかして、土小人?」
「そのとおり。まったく、優秀な職人を石堀りだけに使うなんてどうかしてるよ。そりゃ私達は掘るのも得意だけどさ」
そう言って憤慨した様子で腰に手を当てたリラを見て、アルダーは舞踏会で胸に大粒のダイアを輝かせていた娘の事を思い出した。
彼女は有名な王都の宝石加工職人に作ってもらったのだと自慢していた。
だが、先ほど見たリラの石はあの時見た物より小さいながらも、輝きは数段上に感じられた。
「……何故、土小人に加工を任せないのでしょうか?」
「下僕が加工した物には触りたくないそうだよ。馬鹿にしてるよねぇ」
「……」
目を伏せ黙り込んだアルダーを見て、オロは優しく微笑んだ。
「ありがとう、リラ君」
「もういいのかい?」
「ああ、十分だ。アルダー君行こうか?」
「……はい」
「じゃあね。落盤とか気を付けてね」
「誰に言ってるのさ。土小人が石目を見誤る訳ないだろ」
笑って手を振ったリラの姿が一瞬で消え、目の前の風景は小さな田舎町に変わった。
オロはアルダーの手を引きその田舎町に歩みを進めた。
通りでは獣人と人が当たり前の様に話し笑い合っている。
歩いていると前から歩いて来た直立歩行の蜥蜴の集団の一匹がオロに駆け寄って来た。
「なッ、何!?」
アルダーが少し怯えてオロの後ろに隠れると、蜥蜴はクルクルと喉を鳴らし彼女を覗き込んだ。
「こら!これから警備に行くんだから遊んでる暇はねぇぞ!」
「クルルルル!」
蜥蜴は注意した金髪の警備兵に抗議の声を上げた。
「チッ……少しだけだぞ。すまねぇオロ、この前の奴ちょっとだけやってやってくれねぇか?」
「フフッ、君も甘いねぇ」
「俺もそう思うよ。こいつ等といると女の子が怖がって近づいてもくれねぇし……最悪だよ」
そうぼやきながら警備兵はポケットを探り、数枚のコインを取り出した。
「少ないがこれで頼む」
コインを受け取ったオロは満足気に笑みを浮かべた。
手を開くと乗せられた数枚のコインが踊る様に宙を舞う。
「クルルルルル!!」
「クルクル!!」
「クルクルル!!」
それを見た蜥蜴達は嬉しそうに手を叩いてはしゃいでいた。
やがて銀と銅のコインは一枚ずつ微かな光を残し消えていった。
帽子を取り頭を下げたオロに蜥蜴達は喝さいを送る。
周囲で見ていた人々も手を叩き、中にはオロに小銭を手渡す人もいた。
「ふぅ、満足したか?んじゃ行くぞ」
「クルルルル」
「頭を撫でるな!俺は一応お前達の上司なんだぞ!!じゃあなオロ、ありがとよ!」
「毎度どうも」
金髪の警備兵に手を振って町の奥に向かって歩きだしたオロは、アルダーが立ち止まっている事に気付き振り向いた。
「どうしたんだいアルダー君?」
「オロ殿は一体何がしたいのですか?異種族を下僕と見なすトアラが間違っていると言いたいのですか?」
「そんな意図は無いよ。ただ僕は君に引っ越し先を紹介しただけ。どう思うかは君の自由だ。……行こうか、ここの領主に引き合わせるよ」
オロは俯いたアルダーの手を取り、高台にある屋敷へ向け歩を進めた。




