部下では無く、仲間として
異界の超能力者オロは、自分がベッドで寝ている事に気付ける程には回復していた。
彼は自分が見た物が改めて何だったのかボンヤリと考える。
見た事の無い場所が目まぐるしく映し出された。
とても一人の人間の持つ記憶とは思えない膨大な数の見慣れぬ景色。
「あれは一体……」
「気分はどう?」
「ファっ!?」
経験した事のない状況に、そちらに意識を持っていかれ過ぎていたようだ。
部屋に人がいる事に全く気付かなかった。
黒髪黒服の少女がソファーに座りこちらに視線を向けていた。
オロは直接目を見ない様注意しながら口を開く。
「ご迷惑をお掛けしました。気分も良くなりましたので僕はこの辺で……」
「あら、芸を見なくていいのかしら?」
「はい。従者の方のお話では、僕とは比べ物にならない力をお持ちとか。それ程の方とはつゆ知らず……」
微妙に視線を逸らし、何とかこの場から逃れようと言葉を紡ぐ。
オロが見た記憶からはどす黒く腐臭に似た何かを感じた。
この少女には関わらない方がいい。直感がそう告げている。
転移して逃げてもいいが、目の前で見せて下手に興味を持たれても面倒だ。
「ところで……何を見たの?」
顔が自分の意志を無視して少女の方に向かされる。
少女はベッドに歩み寄ると、顔を近づけオロの瞳を覗き込もうとした。
オロは咄嗟に目を閉じ彼女の瞳を見ない様に抵抗する。
見える景色に多少興味はあったものの、情報量と付随するあのどす黒さが問題だ。
アレをもう一度体験したいとは思えない。
暫く待ったが何も言って来ないし起こらない。
気になったオロは薄目を開けて何が起きているのか確認した。
少女はオロから視線を外し虚空を見つめていた。
やがて少女は小さく呟く。
「歩み寄る者には友愛を、虐げ奪う者には鉄槌を……私はみんなを守る盾と矛になるのね……」
呟いた少女をオロは目を見開き見つめた。
先程迄の少女の印象は暗く禍々しい物だった。
その印象は一変していた。
外見上はなんの変化のない少女が、オロには内側から光輝いている様に感じられた。
今までも何度かこういった印象を持つ人物には会った事がある。
そういう人達は例外なく人を魅了し周囲には多くの人間が集まっていた。
たった今少女から感じたモノはその中でも桁違いに強く眩かった。
「あの……」
「なあに?」
「えっと……やっぱり芸を見てもらっていいですか?それで気に入ってもらえたら……この町に置いて頂けないでしょうか?」
「芸なんて関係無くいたいならいればいいわ」
「いいえ、貴女には包み隠さず全てお見せします!本当の所を言えば部下として貴女に使って頂きたい!」
オロはフリーの芸人として自身の持つ超能力を売り物に今まで生きてきた。
誰かにあれこれ指示されるのは嫌だったし、自分自身で道を決めるのが性に合っていると思っていた。
しかし、目の前のこの少女の為に自分の力を使ってみたいと今は強く感じていた。
「部下ねぇ……お断りだわ」
「そんな!?僕の力はきっと貴女のお役に立ちます!!」
「部下じゃなくて仲間って事なら歓迎するわよ」
「仲間……それでいいです!いや、それがいいです!」
「だったら敬語は止めて頂戴。まだ名乗っていなかったわね。私はルシア、よろしくね超能力者の……」
「オロで……オロだよ。こちらこそよろしくルシア君」
オロが差し出した手をルシアが握り返す。
その手は驚く程冷たかったが、オロには何故か温かく感じられた。
少し勇気が必要だったが、意を決してルシアの瞳を見つめ返す。
初めて会った時の様な記憶の奔流は起きず、ドロリとした黒い何かも感じない。
薄いブルーの瞳は優しく強く輝いている様にオロの目には映った。
「それで、アナタは何が出来るのかしら?」
「フフッ、念力、読心、空間転移、透視。君が信じてくれるなら時間跳躍だって出来るかもしれない」
「それは凄いわねぇ……じゃあ最初はスプーンを曲げて頂戴。出来るかしら?」
ルシアの脳裏にはいつかテレビで見た超能力者の姿が浮かんでいた。
無論、現在のルシアは同様の事は容易く出来るが、それはそれ、これはこれだ。
「当然だよ!……ていうか、何でスプーン?」
「超能力者と言えばスプーン曲げって決まってるのよ!」
「……そうなんだ……分かったよ!君の望みのままにスプーンを曲げようじゃないか!」
ルシアの求めに応じ、その日オロは屋敷中のスプーンを曲げた。
その事でルシアとオロはメイド長経由でロイドから長々と小言を言われる事になるのだが、興奮していたルシアも芸人魂が湧き上がっていたオロもそんな事になるとは欠片も考えていなかった。
王城に用意されたオロの部屋。
アルダーはその部屋で、いつの間にか置いてあったという紙片を手に小刻みに震えていた。
手紙には祠の事、隣国の様子、そして別れの言葉と新しい異界人に気を付けるよう書かれていた。
追伸として“困ったら呼び給え。君の友人オロ”と書き添えてある。
「……何が困ったら呼び給え。ですか……貴方が逃げ出した事で今まさに困ってるんですよぉ!!私はぁ!!」
普段あまり言葉を荒げる事をしないアルダーが怒りの叫びを上げた事で、紙片を見つけたメイドも報告をした兵士も驚いていた。
「あの……アルダー様。この部屋はどうすれば良いでしょうか?」
怯えながらもメイドがアルダーに問いかける。
「……すみません。少し取り乱しました。……部屋は片付けて下さい。私物は倉庫にでも入れておけば良いでしょう。恐らく取りに来る事はないでしょうが……」
「かしこまりました」
頭を下げたメイドに頷きを返し、部屋を出たアルダーはコリンの執務室へ足を向けた。
気は重いが報告しない訳にもいかない。
オロは逃亡したが最低限の仕事はしている。
コリンは新しい二人の異界人に満足している様だし、話の持っていき方次第で怒りを鎮める事は可能だろう。
……何故こんな風に他人のご機嫌を伺い続けねばならないのか。
騎士になった頃は国を守るという使命に燃えていた筈なのに……。
首を振って虚しくなる心を振り払う。
コリンの執務室へ向かう廊下にアルダーの重い足取りの音が響いた。




