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悪霊の国  作者: 田中
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守り戦う者

異界人オロがルシアの分身体の瞳を覗き、渦巻く意識の記憶に当てられ目を回していた頃、オリジナルのルシアは猫人の精霊カラの家で自分という存在について改めて考えていた。


人は特に意識しなくても自分という存在を定義出来る。

それは肉体という揺るがない物を持っているからだ。

霊体であるルシアにはそれが無い。


自分を自分たらしめるには、己の心で自分自身を形作るしかない。


ルシアは自分がなりたい自分を想像した。

一般的に人が考えるボンヤリとした理想ではなく、現実感を伴ったこうあるべきという理想像。

ただ、力だけを求めれば、破壊しかしない者になってしまいそうだ。


ベッドの上でカラに見守られながら思い出を遡り、そうならない為の核になる物を探していく。


彫像の様な男、赤いドレスの女。

異界の勇者たち。

直近で起きた事から祠で死の淵にいたクレオまで。


それから学校にいた四十年近い年月。


生きていた頃の記憶。

ユーモラスな父と優しく明るい母。


五十年を超える記憶を振り返り、ルシアの心に残ったのはみんなの笑顔だった。

学校に憑りついていた時も、この世界に来た後もいつも怒りは誰かの笑みを奪った者に向いていた。


そうか……と今更ながらに気付く。

私は誰かと一緒に幸せを感じて笑っていたかったのか……。


思えば身の内で渦巻く人々の怨嗟も、幸せを奪われた事が原因だ。


幸せ……。


それを奪った者を傷付け奪う?

違う。

それは憎しみの連鎖に他ならない。


「……決めました」

「どうするんだね?」

「私は優しくてしなやかな自分を目指します」

「優しくてしなやか……なんだかよく分からないねぇ?」


眉根を寄せ虚空を見ながら顎に手を当てた三毛猫にルシアは微笑みを返した。


「……私はこれまでこの国を力でどうにかしようとしていました。それを止めようと思います」

「力を求めないって事かい?」

「力は手に入れます。でもそれは侵略の為じゃない。守る為に使います」

「……一体どうしようっていうんだい?」


ルシアは小首を傾げたカラにニッコリと笑った。


「見せつけてやるんです。このトアラという国に生きる人たちに。彼らよりも幸せで豊かに暮らしている私達の国を」


これまでルシアはコリン達、権力者を排除する事を考えて来た。

自分にはその力がある筈だと思って。

だが、自分はあえなくより強い力の前に敗北した。


もし、更なる力であの異形の二人を倒せてもコリンは恐らく更に強い者を呼ぶだろう。


求めるべきは強固な砦や全てをなぎ倒す暴風では無い。

何度踏まれても起き上がる野草の強さだ。

それもただの野草では無く、起き上がる時に踏んだ者を叩きつけるとてもしなやかな。


「幸せで豊かな笑顔の溢れる国、それを作ればきっとみんな暮らしたくなる。暮らしたい人は受け入れます。奪おうとする人は追い出します。その為に私は守り戦う者になる」


ルシアは胸に手を当て、その奥にある光を想いながら強く静かに宣言した。


幸せを求める気持ちを核にルシアの中に辿るべき道が見えた。

それを機にバラバラで渦巻いていた怨嗟に流れが生まれる。

恨みの想いはその元となった奪われた幸せを求め始めた。


誰しも笑って穏やかに暮らしたい筈なのだ。

一部の人間が誰かからそれを奪おうとするのなら徹底的に排除する。そう決めた。


「歩み寄る者には友愛を、虐げ奪う者には鉄槌をって奴だねぇ」

「……いいですねそれ。使ってもいいですか?」

「いいよ、別にアタシの言葉じゃないし。大昔の英雄の言葉さ」


気付けばルシアの断ち切られた筈の足は元通りになっていた。


「あれ……いつの間に……」

「多分、迷いがなくなったからじゃないかねぇ。……それじゃあもうお行き。メルによろしく言っておくれ」

「……あの、一緒にいきませんか?これからも色々教えて貰いたいし……」


カラはゆっくりと首を横に振った。


「アタシは行けない……ここはアタシが作り出した幻影の庭さ。残っちまった子を送り出す為の」

「残ってしまった?」


ルシアが問いかけるのと同時に、部屋の入口を茶虎の子猫が覗き込んだ。


「あっ!?お姉ちゃん起きてる!?……もう大丈夫なの?」

「ああ、お姉ちゃんはすっかり良くなったから、もうここから出て行くんだよ」

「えー、つまんない。みんなで遊ぼうと思ってたのに……」

「お姉ちゃんにはお仕事があるのさ。我儘言っちゃいけないよ」

「ちぇっ、分かったよう。ねぇ、お仕事終わったらまた遊びにきてね」


子猫は手を振ると入り口から顔を引っ込めた。


「……あの子は?」

「メルから人狩りの事は聞いたかい?」

「はい」

「あの子は……あの子以外にも何人かいるんだけど……自分が死んだ事を理解出来ないのさ。……子供達がその事を自分で理解出来るまで側にいてやろうと思ってねぇ」


メルは村が焼かれたと言っていた。

あの子はその時に……。


顔も知らない人狩り達に対して怒りが沸き上がる。

だが、これまでと違いルシアの心は怒りに支配される事は無かった。

中心にある何か暖かい物が、揺れた心を受け止めしなる。


根無し草だった気持ちが大地に根を張ったような感覚だった。


「帰るのは子供達と少し遊んでからでいいですか?」

「勿論。みんな喜ぶよ」


目を細め笑みを浮かべた三毛猫にルシアは同様の微笑みを返した。

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