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悪霊の国  作者: 田中
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超能力者と精霊の定義

あれからどうなったのか、確か異形の女に足を切られて逃げ出して……。

西に向かった筈だ。それから……。


目を開けばボンヤリと木組みの天井が見える。

ここは何処だろう。

記憶がハッキリせず、思考がまとまらない。


「目が覚めたのかい?でもまだ起きなくてもいい。もう少しお眠り」

「誰……メル?」


ルシアは翳む視界に映った誰かの頭に、メルに似た耳を見た様に思った。


「メル……そうかい、あの子の知り合いかい……こうゆうのを縁っていうのかねぇ」


誰かは優しくルシアの頭を撫でた。

それだけで不安に満たされていた心が凪いでいく気がする。


「アナタは……?」

「元気になったら教えてあげようね。今は体と心休めるんだよ」

「……」

「ゆっくりお休み……心配な事は何もないから、いいね」


誰かの言葉は優しくルシアは幼い頃、風の強い夜、自分が寝るまで手を握ってくれた母親を思い出した。


「うん、分かった」

「いい子だ」


覗き込んだ顔の中心、二つの金の輝きが細くなった。

笑ったのだとルシアは気付く。

柔らかく優しく撫でられている内に何時しかルシアは眠りに落ちていた。




王都のコリンは城壁前での一連のやり取りについてアルダーから報告を受けていた。


「黒服黒髪の娘?」

「はい、娘はデッド殿に攻撃をしかけ効かないと見るや西の空に逃亡しました。その際、バレラ殿の攻撃により手傷を負ったようです」


「西か……そういえばベアルに祠の様子を調べるよう指示していたと思うが?」

「報告はまだ上がっていません」

「そんな仕事も出来んのか……西の雄などと粋がっていても所詮は奴も領地を引き継いだだけか……ベアルはもうよい、異界人に使えそうな者がいただろう」


アルダーの脳裏に呼び込んだ者達の顔と能力が浮かぶ。


「ではオロ殿ではいかがでしょう?」

「その者でよい。黒服黒髪というのが気になる。よもやレガの封印を破れるとは思えんが……」

「レガ殿の……呼び出されたその場で閣下のお命を狙ったという娘ですか?」


「うむ。暗殺には適した力だったが、力自体はそれ程ではなかった。杞憂とは思うがな」

「すぐ向かわせます」

「ついでだ。ハーグの様子も見て来させろ」

「畏まりました」


コリンの部屋を辞したアルダーはその足で異界人オロの下へ足を運んだ。

オロは人に似た姿の緑の髪を持つ青年だった。

本人曰く超能力という術によく似た力の持ち主だった。


アルダーには彼の言う超能力と術の違いがよく分からなったが、オロはこだわりを持っている様で自分は超能力者だと譲らなかった。

何でも周囲がそう信じないと力の強さに影響が出るらしい。


話を聞いた時、面倒な力だと思った事をアルダーは思い出していた。


そのオロの部屋に辿り着いたアルダーはドアをノックした。


「待って!君が誰か当てよう!」


アルダーが名乗る前に室内から声が返る。


「……分かったぞ。君は上級騎士のアルダー君。そうだろう!?」

「その通りです。さすが超能力者ですね」

「フフッ、入り給え」


彼の部屋に入る為には毎回これをやらされる。

行為の意味を尋ねると、自分には力があると深く信じさせるのが目的らしい。

彼の世界の住民はかなり疑り深かったのだろう。


ドアが開き椅子に腰かけたオロがアルダーを出迎えた。

室内には他に人がいた様子はない。これもいつもの事だ。


「それで何用かね?」

「調査を依頼したいのです」

「調査……西……祠……だね?」


額に右手の指を当てオロが答える。


「そうです。それも急ぎでお願いしたい」

「待った。その他の詳細についても当てようじゃないか。……黒髪黒服……変わった服の少女……違うかい?」

「仰る通りです。それと合わせて西の隣国ハーグについても国境付近の状況をお調べ頂きたい」


「フフッ、数ある異界人の中から僕を選んだのは正解だよ」


笑みを浮かべたオロは不意に真顔になってアルダーを見つめた。


「アルダー君、君が一連のこの行為を馬鹿馬鹿しいと思っている事は知っている」

「……」


「だが、君は表面上は文句も言わず、ずっと僕に付き合ってくれた……この国から逃げ出したくなったら言い給え。どこへでも連れて行ってあげよう」


「なっ!?」

「では行って来る」


心の奥底の不安を言い当てられ動揺したアルダーの前で、オロは一瞬で椅子の上から消えた。




再び目覚めたルシアは、しばらくぼんやりした後、起き上がり周囲を見回す。

こじんまりとした室内には、ベッドが一つとサイドテーブルと丸椅子以外は家具は置かれていない。

部屋のドアは空いており、そこからは台所らしき部屋が窺えた。


ルシアは自分の足に視線を戻すと掛けられていた毛布をどけた。

足は再生しておらず、断ち切られた場所には包帯が巻かれている。


「どうして……」


足が治らない事が理解出来ず心の中に不安が沸き上がる。

この国をどうにかしようと思えば、必ずあの赤い服の女と戦う事になるだろう。

だが今のままでは細切れにされて消される事は必至だ。


「起きたのかい?」


声の方に目をやると三毛猫の獣人がこちらに金の瞳を向けていた。


「アナタが助けてくれたんですか?」

「まあね」

「どうして?この国の人間は獣人に酷い事をしているのに?」


「酷い事をされて、酷い事しかえしちゃいつまで経っても終わらないだろ?それにアタシャ相手がどんな奴でも、傷ついていれば取り敢えず助ける事に決めてるのさ。我ながら賢くないとは思うけどね」

「賢くない?」


「ああ。もし相手が悪人だったら、元気になったら金を奪うとか殺すとかするかも知れない。どうだい、あんまり賢いとは言えないだろう?」


三毛猫の言葉にルシアは笑みを浮かべた。

確かに苦しんでいる人がどんな人間を考え、助けるかどうか決めるのが賢いなら自分も馬鹿でいいと思う。

もし悪人であったとしても追及するのは命を助けたあとでいい。


「とにかくありがとう。随分楽になりました」

「そうかい、そりゃ良かった。……ところでアンタが言ってたメルって子は……」

「メルですか?灰と黒の縞々の?」


「そう!知ってるのかい!?」

「はい、メルならデレアの町に……」

「生きてるんだね!?……そうか……良かったよぉ」


どうやら三毛猫はメルの知り合いのようだ。

彼女の村は人狩りに焼かれたと聞いたが生きて逃げ延びた者もいたようだ。


「あの、私はルシアです。それでアナタは?」

「アタシャ、カラ。メル達の村で相談役みたいな事をしてた婆さんだよ」

「相談役……もしかして精霊の!?」


「何だ、知ってたのかい。……精霊って言っても長生きしただけだけどねぇ」

「よく昔話をしてくれたってメルが言ってました」

「そうかい……あの子がそんな事を話すんだ。アンタはいい人間、いや精霊なんだろうねぇ」


傷を手当したのはカラだろう。であれば気付いていても当然か。

話しながらカラは丸椅子をベッドの横に置き腰を下ろした。


「とにかく毒は抜けたみたいだね」


カラはルシアの足を撫でながら優しく言う。


「毒?だって私は……」

「精霊だって無敵じゃない。悪意や誘惑を流し込まれたら意識が混乱して消える事もある」

「……あの、それってどうすれば対抗出来ますか?」

「対抗……ほんとはアンタみたいな娘さんには、戦う、なんてやって欲しくないんだけどねぇ」


少し困った顔をしたカラをルシアは真っすぐに見つめた。


「言っても聞きそうにないねぇ……」


カラは苦笑して言葉を続けた。


「アタシら精霊は肉体を持たない意識だけの存在だ。人や物に触れたり、逆に触れられたりするのも自分でそう認識しているからさ」


「自分で……」


「だから、今、足が消えてるのは別の誰かに認識を流し込まれて、斬られて消えたと思い込まされてるからさ」

「じゃあ私が強く思えば?」


カラはルシアの言葉に首を振った。


「思うだけじゃ駄目だ。自分で本当にあると強く信じるんだ。意識体である精霊は認識の強さに左右されるからねぇ」


ルシアは今まで漠然と力を使って来た。

人々の怨嗟を飲み込み何となく強くなったと感じ、心臓を握れるのなら何となく物も動かせる筈だと思ってやって来た。


そんな漠然とした思いでは、あの女の力には対処出来なかったのだろう。


「認識を確立するんだ。……それだけの力があるならどんな事だって出来る筈だよ」

「どんな事でも……分かりました。やってみます」

「……ただ、これだけは忘れないでおくれ」


カラはルシアの手を握り、金の瞳で彼女の瞳を見つめた。


「どんなに強くなってもその力に振り回されちゃいけない。……迷いそうになったら、そうだねぇ……その胸の中の光を思い出しな」

「胸の中の光?」

「気付いてないのかい?ずっと心配そうに胸の奥で小さく光ってるよ」


「……タカシ君?」

「さぁ?名前までは知らないけどねぇ」


ルシアはそっと胸に手を当てた。

取り込んだタカシの心臓の一部は、欠片になってもルシアを見守ってくれていたようだ。

祠で得た大きな力にかき消されルシア自身が気付かなくてもずっと……。

ルシアの右目から無意識に一筋、涙が頬をつたう。


「うぅ……タカシ君……生きていたんなら……声ぐらいかけてよ……」


瞳からこぼれた涙が黒い服に更に深い黒を作る。

暖かさと喜びが入り混じった気持が溢れ、ルシアはカラに背を撫でられながら暫くの間泣いた。

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