敗走
王都の外周を囲う城壁の上、コリンとその側近達は物見塔の上から西に延びる街道を見つめていた。
城壁の下ではデッドとバレラが退屈そうに西に広がる草原を眺めている。
「牢屋から出られたのはいいが、文明レベルが低すぎて面白味に欠けるな」
「随分と進んだ場所から来たのねぇ。アタシは可愛くて美味しい男の子がいれば文句ないけど」
バレラはあてがわれた耳長族の少年の首に赤い唇を添わせながら答える。
少年の目は虚ろに揺れており、その顔には何の感情も浮かんでいなかった。
「もう壊したのか?」
「壊したんじゃないわ。この子には苗床になってもらったの」
デッドはおもむろに少年を見ると、嫌悪感を隠そうともせず金属の光沢を放つ顔を顰めた。
「それがお前の能力か?そんな事してたら、お前の好きなガキなんてすぐいなくなるんじゃねぇか?」
「ご心配無く、この星なら兵隊なんて千もいれば十分よ」
「……気持ち悪ぃ、やっぱお前とは合わねぇな」
「そうね。最後は二人で決着付けるのも楽しいかも知れないわねぇ」
物見塔ではコリンが遠眼鏡を覗きながらアルダーから報告を受けていた。
「コリン様、アレス殿達の足が止まりました。街道から外れた林の中です」
アルダーが手にした水晶球を覗きながら場所を示す。
「林の中?……あれか。あそこでは良く見えん。戻ってくるよう言え」
「それが……先ほどから命令は出しているのですが、動く気配がありません。それに呼び出した時の地点から考えますと移動速度が速すぎます」
「……速すぎる?」
「これは私の推測ですが、あの四人は追いかけていたという魔物に返り討ちにあったのでは?」
「吹き飛ばされたと?」
「恐らく」
アルダーの言葉、動かないアレス達。
コリンの脳裏には敵の力量さえ測れない未熟な彼らが、強力な術で吹き飛ばされた場面が浮かんでいた。
林に落ちて死んだか重傷を負って動けないのだろう。コリンはそう考え顔を歪めた。
「つくづく使えん奴らだ。もういい。デッド、バレラ、どちらにでもよい。林ごと若造共を消す様に指示を出せ」
「林ごと……畏まりました。あの林です。下の二人に消す様に伝えて下さい」
アルダーが兵士の一人に林の場所を伝えると兵は物見塔から駆け出していった。
「コリン様、彼らの術はそれ程、強力なのですか?」
「見ていれば分かる」
城壁の下、通用門から駆け出した兵士がコリンの指示を二人に伝えている。
「あの林か……ん?妙な反応が出てるな……」
「若い子なら味見したいわねぇ……」
「じゃあ、てめぇがやるか?」
問われたバレラは探る様に林に顔を向けた。
バレラの顔にある八つの目が林を見つめる。
「……止めとくわ。死体の血は美味しくないの」
「死体……確かに人サイズの生体反応はねぇな。んじゃ俺が消すか」
デッドは少し城壁から離れた位置に移動すると右手を林に向けた。
それぞれの指先から光弾が放たれ、着弾と同時に五つの半円形の光が広がった。
一瞬後に爆風が城壁を揺らす。
「ハッ!一発で良かったなぁ!」
「スマートじゃないわねぇ」
「……なんて……力だ」
城壁の上、物見塔ではコリンが歓喜に震えていた。
そうだ。欲しかったのはこのような力だ。
世界を焼き尽くす力。
これがあればこの世から人以外の者共、人間の言葉を話す汚れた下僕を一掃出来る。
「クククッ。どうだアルダー、世界を制するに相応しい力だろう?」
問い掛けられたアルダーの視線の先、林があった場所には林の面積を遥かに超えて五つのクレーターが生まれていた。
「こんな……」
「ククッ、愉快だ。アルダー、デッドには求めるだけの褒美を与えろ。バレラの方は次の機会だ。……クククッ、楽しみだ」
コリンは呆然とクレータを見つめるアルダーを置いて、愉快そうに物見塔を後にした。
デッドの攻撃が始まる少し前、林の中ではルシアが嬉しそうに力を使い土をこねていた。
最終的な形を想像し、細部の造形を整えていく。
「フフッ、学校のグラウンドの土はあまり良くなかったから試せなかったのよねぇ」
ある程度形を整えると、ルシアは作った四体の土人形に奴隷印を埋め込み力を送り込んだ。
人形はまるで人間の様に喘ぎ、荒い息を吐き始める。
それと同時に形はアレス達の姿を模し始めた。
「さて、後は探しにきた人の前で血を吹き出して死ぬだけね。……反応が見れないのが残念」
これはルシアが考えた生徒達を脅す為の技の一つだ。
人形を使う事で人の重みを感じさせる。
重さは作り出した偽物にリアリティを持たせ、見知った顔の死によって自分もこうなるのだと対象に恐怖と絶望を与える。
ただ、学校ではよい土が無かったので小さな試作品しか作る事が出来なかった。
作品の出来に満足しルシアは林の上空に飛んだ。
「それじゃあ、あとは待つだけ……何かしらアレ……鎧の騎士?」
陽光を反射してキラキラと光る人型の何かがこちらに手を向けた。
その人型から光の弾が放たれる。
「何かヤバい!?」
ルシアは咄嗟に力を使い周辺に防壁を張り巡らせた。
ほぼ同時に眼下の森に球形の光が溢れる。
防壁と光は反発しルシアは遥か上空に飛ばされた。
体勢を整え林を見下ろすと光によって五つの丸い窪みが出来ていた。
「林が……動物だって暮らしてたのに……」
ルシアは拳を握りしめると、人型の何かに向かい突進した。
何かのいる城壁の近くでは赤いドレスを着た女性と女性に抱かれた子供、そして兵士が一人立っている。
ルシアは金属の輝きを放つそれに上空から思いっきり力を打ち付けた。
しかし力はその何かの周りに展開された力場に弾かれ霧散する。
「嘘!?」
「なんだぁ?妙な反応は検知してたが、てめぇが原因か?」
「意識の集合体みたいねぇ……よくそんなに溜め込んだものねぇ」
「……タダで仕事はしたくねぇが、売られた喧嘩は買わねぇとな」
「待ってよ。今度はアタシがやるわぁ」
「あぁ!?喧嘩売られたのは俺だぜ!?」
ルシアは驚きのあまり暫しの間、言い合いを始めた金属の彫像と異形の女を茫然と見ていた。
「チッ、一つ貸しだぜ」
「フフッ、ありがと」
そうしている間に眼下の二人は話を付けたようだ。
八つの目がルシアを見上げる。
ルシアはその異形の女から本能的に危機感を感じた。
踵を返し上空に逃げたルシアに、女はスッと左腕を振った。
微かな違和感を感じ下を見下ろすとルシアの両足はふくらはぎの中心あたりから無くなっていた。
「何で!?」
見れば両足の先は黒い靄を吹き出しながら落下し、地面に落ちる前に散る様に消える。
切断されたのだと理解が及んだ瞬間、両足に燃える様な痛みが走った。
「クッ……一体どうして……」
混乱する思考の中、ルシアはとにかくこの場を離れなければと懸命に西へ飛んだ。
「逃げられちゃった」
「だから最初から俺に任せておけばよかったんだ」
「……そうね。あの子の血は飲めそうにないし、次は貴方に任せるわぁ」
バレラはそう言うと左手の人差し指、虫に似たそれをペロリと舐めると深紅の唇を笑みの形に曲げた。




