普通に生きて
南にから王都に異界人を引き連れ戻ったコリンは、アルダーからアレス達が王都から出た事を知らされていた。
コリンとしては新しい異界人、デッドとバレラの力に満足しており、詠唱という隙だらけの行為を為さねば技の行使も出来ないアレス達について興味は薄れていた。
「していかがなさいますか?」
「青臭い若造共等、捨て置けと言いたいところだが……ふむ、そうだな。デッド、バレラ、貴殿らの力をこの目で見たい」
「早速仕事かぁ?……久々だ。何をバラす?」
「出来れば若い子が良いわねぇ……経験上、味は成長期が一番好みだから……」
「……コリン様、この者たちが?」
「そうだ。二人とも素晴らしい力の持ち主だ」
アルダーは金属の彫像の様な体を持つデッドと、八つの目の一対でこちらを見ている赤いドレスのバレラに得体の知れない嫌悪感を感じた。
コリンが力を持つというのなら、それはそうなのだろう。
だがそんな強力な力の持ち主を御しきれるのだろうか。
アルダーの思考はそこから、奴隷印をどう飲ませるかという事に変化していった。
そんなアルダーにバレラが不意に近づき耳元で囁く。
「楽しそうな事、考えてるのねぇ……別にいいのよ、この国から出て行っても?」
「何を仰って……」
「縛ろうっていうのなら……別にこの国を狩場にしたって……ねぇ?」
まさか心を!?思わずバレラを見返したアルダーの瞳を八つの目が見返す。
笑みを浮かべた深紅の唇から尖った牙が覗いている。
バレラは甲虫の外殻を纏った指をアルダーの首に絡めた。
「クッ!?」
アルダーの首筋に痛みが走る。バレラの爪が彼の首を浅く切り裂いていた。
「うん……少し熟成が進んでるけど……嫌いじゃないわ。もっと若い頃に味わいたかったわねぇ」
見れば指先の血を長く細い舌が舐めとっている。
「バレラ…だったか?勝手に話進めんなよ。殺しで飲み食い出来て女も抱ける。こんな良い国、中々ないぜ」
「聞こえてたの?耳が良いのねぇ」
「俺の体は特注品だからな」
「フフッ、血も特注なのかしら?」
「……試してみるかよ?」
にらみ合うデッドとバレラを見てアルダーは思う。
これまでコリンが呼び寄せた者の中には、デアンの様な人食いの怪物もいた。
だがこれまではこちら側の術者の力で何とか対応が出来るレベルだった。
この二人はそれを超えている。アルダーはそんな気がしてならなかった。
「何をこそこそ話している……アルダー、若造共を呼び戻せ」
コリンの言葉でアルダーは我に返った。
「……印の力を使えば反抗的になると思いますが?」
「かまわん。綺麗事しか言わぬ者達だ。今までは多少なりとも力があると思って放置していたが、もう必要なかろう」
「畏まりました」
「二人は遊び相手が戻るまで休んでいてもらおう。ついて来い」
「へいへい」
「コリン、少し喉が渇いたわ。若い男の子を用意して頂戴」
コリンの後に続く二人の異形……宰相閣下はあんな化け物をこれからも呼び込むのだろうか。
言いしれない不安を抱えたまま、アルダーはアレス達を呼び戻すべくその場を後にした。
草原に置かれた馬車から金髪の少年が憔悴した様子で顔を見せた。
「うぅ、ひどい目に遭った……」
「大丈夫?アレス?」
「何だよアレ!?話と全然違うじゃん!気持ち悪いし痛いし!」
「すみません。やはり麻酔が……」
「いや!先生は全然悪くないよ!多分悪いのは……アレだ……医者の腕が……」
「そいつは聞き捨てならんな。こいつを貴様の腹の中に戻してもいいんだぞ」
アレスの後ろで手術着姿のギルが奴隷印をつまんでいた。
「いや、それは、その……」
「ギル、患者さんを揶揄っては駄目ですよ」
「その子供を窘めるような言い方は止めてくれアニー」
「フフッ、私にとって貴方はいつまで経っても家出少年のギル君ですよ」
「クッ……背も見た目も上になったのに……」
二人の様子を見ていたシャオがアレスの肩をポンと叩いた。
「何だよ?」
「……何でもねぇ」
「変な奴だな?」
シャオが全く気付いていない様子のアレスに同情の視線を向けた時、ギルの手にした奴隷印が青く光った。
「ふむ、こんな風になるのか」
「ちょっと貸して下さい」
ギルが興味深そうに眺めていた奴隷印を、ギルの後ろから顔を出したルシアがヒョイと取り上げた。
いつかフォルハがした様に耳元に当てる。
「……緊急事態が起きたから帰ってこいだって」
そう言ってルシアはアレスに奴隷印を手渡した。
彼もルシアを真似て印を耳に当てる。
「確かにそう言ってる……」
「どうするアレス?」
シャオの問い掛けにアレスは周囲の人々を見回し口を開いた。
「帰るのは止めよう」
「……ルシアのいう事を信用すんのか?」
「この石を飲んだ時、王都の連中は身分の保証の為としか言わなかった。こんな声を届ける仕組みの事は一言も……」
「確かルシアさんは遠隔からでも指示できると言っていました」
「そう言えば言ってたね」
アレス達はルシアに視線を向けた。
ルシアは彼らを見返し笑みを浮かべる。
「行くとこないなら、受け入れるわよ。その代わり働いてもらうけど」
「……それしかないか」
「あーあ、三食昼寝付きの生活も終わりかぁ……」
「まぁ、もともと俺らは根無し草みたいなもんだからな」
「本とお茶……駄目ですね……甘美な誘惑に少し毒されていたみたいです」
アレスの決定に、マリンは残念そうに、シャオはニヒルな笑みを浮かべて、ロアラは振り切る様にそれぞれ言葉を紡いだ。
「さて、それじゃあ私はこの奴隷の印を王都に返してくるわね」
「一人で行くのか?王都には俺達以外にも呼び込まれた奴らがいるぜ?」
「これを王都の近くにちょっと細工して置いて来るだけよ。すぐ戻るわ」
「ルシア、気を抜くなよ」
「分かってますよギル先生」
ルシアは四人から摘出した奴隷印をポケットに入れると、先ほどとは比べ物にならない速さで東の空に消えた。
「……あいつ、なんであんな凶悪な気配なのに対応普通なんだよ」
「あの……なんとなくですけど……」
アレスの呟きを聞いたアニスはそう前置きして話始めた。
「ルシアさんが彷徨う魂という事は聞きましたか?」
「はい、なんかこの世界には正常な意識を保ったゴーストがたまに出現するんですよね?」
「ええ、理由は様々でしょうが私の場合はやり残した事があるという強い想いが恐らく原因でした」
「私の場合……アニス先生ゴーストなんですか!?」
「はい、この世界では精霊と呼ばれていますが……」
アレス達は人と変わらぬ様子のアニスに一様に驚いた様子を見せた。
「嘘だろ……だってゴーストって呻いてるか泣いてるかぐらいしか……それに大体半透明だし……」
「確かに驚いたが世界が違うんだ。ここじゃこれが普通なんだろ」
「ふえー、世の中は広いねぇ」
「あの、何でしたらお送りする事も出来ますが……?」
おずおずと言ったロアラにアニスは首を振った。
「今はまだ……放っておけない人もいますから……」
アニスはチラリとギルに視線を送る。
ギルはそれに気づきばつが悪そうに頭を掻いた。
「えっと、それでですね。ルシアさんは普通に生きたかったんだと思うんです」
「普通に?」
「ええ、彼女の過去は聞いてないですけど……なんだかそんな気がするんです」
「信じます!先生が言う事なら!」
笑みを浮かべたアニスの手を握りアレスは強く言い放った。
シャオは無言でアレスの頭を一発殴った。
「ガッ!?シャオ何すんだ!?」
抗議の声を上げたアレスを引き離しながら、シャオは小さく頭を下げる。
「すまねぇな。ウチの大将はちぃと察しが悪くてよぉ」
「いえ、お気になさらないで下さい」
「何なんだよ!?二人だけで分かり合ってんじゃねぇよ!!」
「アレス、分かってないのはアンタだけだよ」
「そうですね。もう少し人の機微を学ぶべきです」
「何だよ……訳分かんねぇ……」
マリンとロアラに次々に責められたアレスを全員気の毒そうに見つめていた。




