指折りループ
ルシアはテリーの上官に命じ庭に集めた負傷者達を治療した。
術者の存在は知っていてもその殆どは中央に集まるらしく、治癒の業をうけた兵達は一様に驚いている様だった。
唯、テリーだけはルシアを恨みがましい目で見ていたが。
「何?」
「何でもねぇよ」
「そう?」
「いや、やっぱり言わせてもらう」
テリーはそう言うとルシアに近寄り、耳元で囁いた。
「何で家でジッとしてねぇんだよ?」
「ローザから奴隷の話を聞いてね。なんだか助けなきゃいけないって思ったのよ」
「それにしたって、たった一人で領主様の屋敷に乗り込むなんて……」
「テリー!」
テリーとルシアが話していると、彼の上官がテリーに訝しげな視線を送っていた。
「隊長……何でしょうか?」
「お前はやはりその娘と親しいようだな?」
「いや、親しいって……俺も隊長と一緒で今日会ったばかりですよ」
「そうか?その割にはコソコソと内緒話をしているではないか?テリー、その娘は何者だ?」
「何者って言われても……うおっ?…何だよ?」
ルシアは隊長に向き直り、何か言おうとしたテリーを押しのけ前に進み出た。
「私が何者か知りたいなら直接聞けばいいじゃない?」
「……では聞こう。お前は何者だ?町を奪うという事は他国が送り込んだ刺客か?」
「違うわ。私はこの国の大司教とかいうクソジジイに別の世界から呼ばれた女よ」
「大司教……宰相様がお前を別の世界から?」
「私だけじゃ無くて、かなりの人間を誘拐同然にこの国に呼び込んでいるみたいよ」
「一体何のために……」
ルシアは両手を広げ方をすくめた。
「さあ?力の強い者を集めてるみたいだったけど……もし狂暴な怪獣とか出てきたらどうするつもりなのかしら?」
「もう狂暴なのは呼んじまってるじゃねぇか……」
「テリー、アナタ、さっきの一発じゃ物足りないみたいね?」
「うぇ!?ちょっと待てよ!今のは口が滑った……いや、そうじゃなくてだな」
「ウフフッ……アナタ、面白い人ね」
ワタワタと必死で取り繕おうとするテリーを見ていると、ルシアは自然と笑っていた。
そんなテリーの様子に隊長は少し呆れた様だった。
「全く、そんなんだから嫁の来ても無いんだ。思った事をすぐに口にせず少しは考えてから話せ」
「はぁ、すいません」
「まぁいい、それで我々はどうすればいい?町を支配したという事は、お前の麾下に入る事になるのか?」
「好きにすればいいわ。私は奴隷や虐げられている人達の受け皿が欲しかっただけだから」
「……奴隷か……確かに私も国の方針が変わってから、何人か友人を無くしたよ」
隊長は大体四十代ぐらいに見える、ローザよりは少し上といった所だ。
彼にもきっとローザの様な仲良くしていた人達がいたのだろう。
「聞かせて欲しい、お前はこの国で言う所の人もどき……耳長族や土小人、獣人達を解放するつもりなのか?」
「私はこの国の事を詳しくは知らない。ただ、誰かがいじめられているのを見るのは許せないのよ」
「そうか…………分かった。お前に協力しよう」
「えっ!?隊長、本気ですか!?こいつに協力するって事は国と戦う事になるって事ですよ!?」
「別にお前にやれとは言わん。俺個人が協力するだけだ。……ガキの頃から一緒だった奴らが連れて行かれた時から、ずっとモヤモヤしていたんだ。兵士になってからもずっとな……」
ルシアが考えていたように、やはり納得出来ていない人間はいるのだ。
ただ、彼らは面と向かって国や王におかしいとは言えなかったのだろう。
そんな隊長の姿を見て、ルシアは深呼吸すると空に浮かび上がった。
「おいルシア!?何を!?」
月をバックにこの町の兵達を見下ろす。
人が空を飛ぶなど見た事のない兵達は、ポカンと口を開けて月明かりを浴びたルシアを見上げた。
「お聞きなさい!!町を守る兵達よ!!私はルシア、この町の支配者になった者!!これからこの町で暮らす者達には、一切の差別を許さない!!人もそれ以外の種族も、上下なく暮らす事を強制する!!気に入らない者は今すぐ立ち去るがいい!!」
「……あのそれだけですか?金を差し出せとか、娘を出せとか、財産を没収とかは?」
「……普通、そういう事をするの?」
「はぁ、戦勝国は大体奪い取った町で略奪をしますねぇ」
「そうなの?略奪とか野蛮ねぇ……でもどうしてもして欲しいっていうならやるけど?」
「おい!?余計な事言うなよ!!町には俺の家族が暮らしてんだぞ!?」
「そうだそうだ!皆がお前みたいな一人もんじゃねぇんだ!」
一人の兵士の質問が伝播して、全体がガヤガヤとルシアの言った事について話し始めた。
「立ち去るっていっても行くとこなんてねぇぞ?」
「その通りだ、畑もあるしそう簡単に動けねぇよな」
「でもこの町にいたら国に狙われるぞ?」
「こんな小さな町一つ国が気にするかな?」
「お前は楽観的過ぎる、国にも面子ってモノがあるだろう」
皆、これからどうするか夢中になり、ルシアの事は失念してしまったようだ。
肩を竦め地面に降り立つ。
「いきなり変な事すんなよ!!」
「方針をバシッと宣言しといた方がいいかなと思って……」
「何でお前は何の相談もせずにそういう事するかなぁ……」
「……そう言えばタカシ君にもそれで良く小言を言われたわ」
「誰だよタカシって?」
「私の親友……そうだ!隊長さん。アナタは私に協力してくれるんでしょ?」
ルシアは思い出した様に隊長に目をやった。
「ん?ああ、そのつもりだが」
「だったら、城に地下にいる奴隷の子を外に出すの手伝ってもらえる?」
「領主……いや、元領主だったな。彼の奴隷たちか?」
「そうよ。このおじさんの子供を産むために鎖でつながれてるの」
ルシアは地面でスヤスヤと眠っているダルガを指差し忌々し気に言った。
「そういえば、元領主はどうするんだ?殺すのか?」
「……ちょっと試したい事がある」
そう言うとルシアはダルガの顔の近くにしゃがみ込み、思い切り頬を張った。
「ブベッ!?……何だ!?……貴様!!おい、ブラッド何をボーっとしておる!?さっさとこの狼藉者を切り捨てよ!!」
「はぁ、それが我々はこの娘、ルシアに大敗しまして……降伏したのです」
「なっ!?降伏だと!?全員怪我らしい怪我もしておらぬでは無いか!?……分かったぞ貴様ら術者に臆して戦いもせずに負けを認めたな?」
「違います。けが人は全てルシアが癒したのです。我々は完全に敗北しました」
「グッ……ふざけるな!!」
ダルガはルシアに手を翳した。
その翳した手から、こぶし大の水の球が放たれる。
ルシアは力を奪った氷の刃を思い出し、力を使って思い切りその球を弾いた。
球は水風船が割れる様に砕け、空中で霧散した。
「おしまい?」
「クソッ!!力さえ!!力さえあれば儂も王都で成り上がれたものを!!」
地面を殴り、ダルガは激情を吐露した。
彼が獣人の力を取り込もうとしたのも、自らが術者として余りに非力だったことが原因だろう。
まあだからといって、メル達にした事が許される訳ではないのだが。
ルシアは再びダルガを宙に浮かせた。
「聞きたい事があるの?教えてもらえる?」
「フンッ、確かに儂は半端な術者だがそれでも貴族だ。貴様の様な小娘のいう事等誰が聞くか」
「そう。言った方があなたの為だと思うけど……」
「何だ?拷問でもするつもりか?好きなだけやるがいい、やるだけ無駄だがな」
ダルガは不敵な笑みをルシアに返した。
「いや、一瞬だったな。おれ領主様は両手ぐらいは粘ると思ってたんだけど」
「まさか、限界まで指を反らしただけで根を上げるとはな……」
ルシアは力を使って、ダルガの指を一本ずつ折って行くつもりだった。
折る指がなくなったら、癒して再度同じ事を繰り返す予定だったのだが、不敵に笑っていたダルガは、人差し指を反らしただけで涙と鼻水を垂らしながら許してくれとルシアに懇願したのだ。
「ちょっと残念ねぇ。新記録いけるかと思ったんだけど、日本の不良の方がまだ根性があったわね」
「……よく分からんが、お前、もとの世界でも似たような事してたのか?」
「ええ、その子は七本まで耐えたわ」
そう言って笑みを浮かべたルシアに、テリーもブラッドも完全に引いていた。
「さて、それじゃあ教えて。アナタの奴隷たちの首輪のカギは何処にあるのかしら?」
「何故首輪のカギなど……」
「いいから、早く教えなさい」
「……寝室の隠し金庫に仕舞ってある」
「そう、ありがとう。隊長さんは先に地下に行ってくれる?」
「あっ、ああ」
ブラッドにそう言うとカギのありかを聞いたルシアは、ダルガを持ち上げたまま寝室へ飛んだ。