異界の勇者
タウの言葉を聞き暴走していたルシアは、彼の言葉通り真っすぐに東へ向かった。
リベットの上を通り過ぎ大小の街を眼下に見ながらとにかく東へ飛ぶ。
やがてリベットを超える大きな街に辿り着いた。
周囲を取り囲む高い壁の向こう、街の中心には巨大な城が鎮座している。
「……これは王都って奴かしら」
激情のままに進んできたルシアだったが、王都の姿を見た事で幾分冷静さを取り戻していた。
ここまで闇雲に進んできたが、タウが言った石造りの建物は発見出来なかった。
ルシアは今更ながら、彼にもっとよく話を聞いておくのだったと後悔した。
常からブラッドには突っ走るなと説教されているのに、感情が高ぶるとそれがそのまま行動に出てしまう。
反省しつつも折角来たのだからと、ルシアは王都に近づいた。
街との境界線、城壁の上空に近寄った時、彼女はゾワっとする感覚に襲われた。
このまま近づいてはいけない。
そう感じるのと同時にルシアは強い衝撃を受けた。
王都は街自体が術を構築する結界生成装置だった。
これは最初に王都を設計した者が、空からの侵入者を排除する為に作った仕組みだ。
イメージとしては静電気発生装置に似ていた。
内部に溜め込んだ力が、ある一定距離まで近づくと放出される。
力の源は其処に住む者達。
住民一人一人から得られる力は僅かでも、それが何十、何百となれば凄まじい物となる。
王都には数十万人が暮らしている。
彼らが恒常的に放つ命の輝きを集めた力が、躊躇なく機械的にルシアを焼く。
彼女は幽体になって初めて感じる激しい痛みに、声にならない叫びを上げた。
まだ消える訳にはいかない。
デレアには分身たちを残しているが、この体の持つ力は祠の地下で渦巻いていた人々の想いだ。
愚かな自分のミスで失って良いものでは無い。
ルシアは拳を握ると結界に打ち付ける様に力を放った。
それによる反動で何とか力の及ぶ範囲から逃れる。
「……何て硬さ」
分身しているとは言え、先ほどの一撃にルシアは渾身の力を乗せた。
にも関わらず、ゾワリとする感覚は微塵も揺らいだ様子がない。
多分、今のままでは全ての力を合わせてもこの結界を壊す事は出来ないだろう。
眼下では王都の人々がルシアの事に気付く事無く、街を行きかい活動を続けていた。
今のルシアでは王都に自分の存在を気付かせる事さえ出来ないのだ。
「もっと大きな力がないと……」
結界を撃ち破り、その先にいるコリンや国王に届く為には更に大きな力がいる。
そう感じたルシアはその身を数十に分け四方に向かわせた。
元々、タウの話を聞いて祠を潰そうと東に向かった。
祠の数がこの国の中に幾つあるのか知らないが、自分が呼び出された場所とタウから聞いた物、二つだけではない筈だ。
仮に二つしか無かったとしても、祠の様に怨嗟の渦巻く場所は人を異種族を虐げているこの国なら必ずあるだろう。
結界に守られた街、その中枢で暮らす他者の命を物のように扱う者達。
奴らに牙を届かせるには、国中の暗く淀んだ想いを集める必要がある。
ルシアはそう考えたのだ。
「……今日の所は帰るわ。またね」
誰にも気付かれない呟きを残し、ルシアは西へ飛んだ。
そんな彼女を王城の一室から見ていた者がいた。
窓際に立った白銀の鎧をまとった金髪の少年は、無邪気な笑みを浮かべながら呟く。
「あの邪悪な気配……いるんじゃんボスモンスター」
「どうしたのですかアレス?」
椅子に座り本を読んでいた、金糸の刺繍を施された服を纏った銀髪の女性が少年に問い掛ける。
「いいかげん、城で待機しているのも飽きたし魔物退治でもしないか?」
「魔物退治?魔獣の間違いでは?」
「違うよ。あんな魔法が使えるだけの野生動物じゃなくて、邪悪な意志をもったボスだよ」
「アレス、またそのような事を……この世界にそういう悪魔的な者はいないと、コリン様も仰っていたではないですか」
アレスはチッチッと指を振りつつ舌を鳴らした。
「さっき見つけた。人の姿だったけどあの気配はかなり上級の悪魔だ。結構レアな物を落とすかもしれないぜ」
「倒しても残るのは装備品と死体ですよ。そう説明されましたし、自分達でも確認したではないですか」
「暇なんだよぉ、なぁ行こうぜぇ」
嘆息気味に言った女性にアレスと呼ばれた少年は駄々を捏ねる。
「はぁ……しょうが無い人ですねぇ。では久しぶりに四人で冒険といきましょうか?」
銀髪の女性はため息を吐いて本を閉じた。
「やった!流石ロアラ、話が分かる!」
「それじゃあ、シャオとマリンに声を掛けてきますから、アナタはコリン様かアルダー様に外出許可を貰ってきて下さい」
分かったと金髪の少年アレスは嬉しそうに部屋を飛び出していった。
「……神よ。本当に彼は勇者なのでしょうか?……いけませんね。神の神託を疑っては……」
ロアラと呼ばれた銀髪の女性は手を組み祈りを捧げると、机に立てかけた杖を手にして二人の仲間に声を掛けるべく部屋を後にした。
その後、アレスは渋る王国上級騎士アルダーを根負けさせ、二頭立ての馬車で王都を出立した。
御者席には手綱を握るアレス、その横には厚手の服と最低限の防具を身に着けた黒髪の男が座っている。
その後ろの車内ではロアラと黒いローブに黒い帽子、そして二の腕まで覆う黒い手袋をした紫髪の少女がはしゃいでいた。
御者席で腕を組んだ黒髪の男がアレスに問い掛ける。
「んで、アレス。悪魔ってのは本当だろうな?」
「疑い深いなシャオ、この目で見て感じたから絶対だよ。俺の読みでは勇者の祠と対となる魔王の祠的な奴があるんだよ」
「アレス……いい加減この世界に慣れろよ。この世界に俺達の常識は通用しねぇ」
黒髪男はあきれ顔で返した。
「だって……もう三ヶ月も城の中で訓練ばっか。シャオだっていい加減飽きただろう?」
「武の道は一生修行が基本だぜ。飽きる飽きないの問題じゃねぇの」
「……じゃあ何で来たのさぁ?」
シャオはニヤリと笑いそれに答える。
「たまには修行の成果を試しておかねぇとな」
「素直に暇だったって言えばいいだろ!」
「ハハッ、まぁ歯ごたえがある奴であることを願うぜ」
車内では、はしゃぐ少女とロアラが話している。
「ねぇねぇ!敵はどんな奴!?」
「私は見ていないので分かりかねます。アレスの話では人の姿をした上級の悪魔との事でしたが……」
「悪魔か……これはマリンちゃんの最大魔法の見せ場かな!?」
「安易に大規模魔法等唱えてはいけません。周囲への影響も考慮してですね、慎重な対応を……」
「真面目だなぁ。そんなんで肩凝らない?」
「はぁ……いいですか、強力な魔導士というのは存在そのものが危険なのです。貴女にはその自覚が……」
彼らは御者台と車内に分かれ、それぞれそんな事を話しながら西へ向かったルシアを追って馬車を走らせた。




