暗殺者たち
ルシアはジョナの戒めを解き刻まれた奴隷紋を示す様に促した。
ギル達は奴隷紋に興味があるようだったが、女性という事で少し離れた位置で待機してもらった。
彼女は脱ぐ事を一瞬躊躇したが、逆らっても無駄だと思ったのか身に着けていたコートを脱いだ。
コートの下はタンクトップにショートパンツ、そして腿まで覆うレザーブーツ。
その上から皮のベルトによって無数のナイフを身につけていた。
だがそんな事よりもルシアは顕わになった肌に残る傷跡の方が気になった。
「ジロジロ見ないでよ」
「どうしたのそれ?」
「……」
「何でも言う事聞くんでしょう?」
「チッ……昔、養い親にやられたんだよ。まぁそいつはアタシが刻んでやったけどね」
笑みを浮かべ言うジョナの顔にルシアは苦さの様な感情を感じた。
「……そう、じゃあ奴隷紋を見せて?」
「ほらよ」
ジョナは左腕を示す。
彼女の肩から二の腕に掛けて赤黒く光る紋様が刻まれていた。
以前見た物と似ているが意匠は違うようだ。
「……この奴隷紋って模様に意味は無いの?」
「知らないよそんな事。入れる奴ごとにオリジナリティ出してんじゃないの?」
「ふーん……まあいいか。それじゃあ消すわね」
ルシアは彼女の腕に口を近づけ呪いを吸った。
冷たさにジョナは顔を顰めたが声を上げる事は無かった。
呪いを吸い終えると、奴隷紋が消えた二の腕に手をやり問いかける。
「……なぁアンタ」
「ルシアよ」
「じゃあルシア、ルシアはどうして死体みたいに冷たいんだい?」
「私はもう死んでるからよ」
「……精霊って奴か……なぁ死ぬってどんな感じなんだ?」
ルシアは目を閉じ一つ息を吸って吐いた。
やがて目を開くとその時を思い出し語り始める。
「……私のは多分普通と違うと思うけど……最初は闇、意識を取り戻した後は憎しみと怒りに支配されてた。その感情が落ち着いた頃には後悔が感情の半分ぐらいを占めていた様に思う……」
「死んでもそういうのからは逃げられないんだね……」
「そうね。どちらかと言うと肉体が無くなった分、余計に激しくなった気がするわ」
「そうなんだ……死んでも終わらない事もあるんだね……」
「……さて首輪をつけるわよ。別に命令とかはしないけど約束は守ってよね」
「……殺しても死なない奴に逆らったりしないよ」
ジョナはルシアが首輪を嵌めるのに大人しく従った。
「……なんか力が入らない。なるほどこんな感じなんだ」
「それじゃあ教えてあなた達は何者?」
「アタシらは……」
ガッド、ロア、ジョナの三人はベアル子飼いの暗殺者だった。
彼らは元犯罪者で能力を買われ彼の奴隷にされた。
仕事は主に邪魔者の抹殺。
お互いの能力を見せ合ったりはしなかったが、共闘していれば自ずとそれは知れる。
ガッドは原理は分からないが姿を消す事が出来る。
その力を使い屋敷の奥に隠れた標的を殺す事を得意としていた。
ロアは遠距離からの狙撃を主に行っていた。
風で力を増した彼の放つ矢は普通の弓では届き得ない距離からの狙撃を可能にした。
そしてジョナは護衛に守られたターゲットを消す事が多かった。
不可視の刃を展開し護衛ごと刃とナイフで切り刻む。
恐らく仕事で殺した人の数はジョナが一番多いだろう。
彼らの出自は良く知らない。
ロアは多分元山賊、ジョナ自身は街で盗賊を生業にしていた。
彼女はその過去を語る時、幸せそうで裕福な家を狙うんだと笑いながら話した。
その笑みの中に強い嫉妬が混じっているのをルシアは感じていた。
ガッドについてはよく分からないらしい。
殆ど自分の事は喋らないし、そもそも必要な事以外言葉にしないのだ。
ただ、三人が組む場合、冷静なガッドが司令塔になるのが常だった。
「仕事については、討伐軍を倒した術者を殺す事以外は知らないよ。伯爵と話したのはガッドだしね」
「髯の子ね」
「子って……ガッドは三十は超えてると思うけど……アンタ幾つ何だい?」
「……」
「なっ、何でもないよ!」
無表情で自分を見たルシアにジョナは慌てて手を振った。
ルシアは彼女から目を離し縛られたガッドの前に膝を突いた。
彼は砕けた剣により無数の傷を負っていた。
力を使って鎖とコートをはぎ取り、肉体に食い込んだ刃の欠片を無理やり引きずり出す。
「可愛い顔して容赦がないねぇ」
「グッ……」
意識を失っているガッドは苦痛のあまり目を覚ました。
彼は周囲の状況を見て取ると、姿を消して逃走を試みる。
「……なるほど、周囲の光を歪めているのね」
「見えない理屈が分かんのかい!?」
ジョナがルシアを驚きの目で見つめた。
「似たようなのを映画で見た事がある。それは別の星からきた異星人だったけど……」
「えいが?いせいじん?」
「フフッ、面白い映画だったわよ。私はどちらかと言うと主役よりその異星人の方が好きだったわ」
「言ってる事の意味が……」
話しながら森に逃げ込もうとするガッドを力で抑え込む。
「クッ!?何故居場所が分かる!?」
「見えなくなるのは姿だけで存在が無くなる訳じゃないもの」
ルシアは言葉を紡ぎながら捕らえたガッドを目の前に移動させた。
「首を落とした筈だ……お前も…兵も…化け物か?」
「失礼な人ねぇ」
そう言いながらルシアはガッドの頬に触れた。
冷たい手から力が流れガッドの体を癒していく。
「療術?」
「さて暗殺者さん、アナタは素直に話してくれるかしら?」
「話す?……ジョナ、お前吐いたのか?」
「……ガッド、アンタも話した方がいい。この娘は首輪を持ってる」
ジョナは自分の首を示しながらそう言った。
「……壊れるのを嫌ったか」
「今回の詳細を話してくれるなら奴隷紋を消してあげるわよ」
「紋を消して首輪で縛るのか?」
「別に奴隷にしたい訳じゃないわ。首輪は力を抑える為に使うだけよ」
ガッドは暫く視線を漂わせるとルシアに目を向けた。
「条件がある」
「何かしら?」
「奴隷紋を消して俺を解放しろ」
「アナタ、暗殺者でしょう?そんな危ない人、自由に出来ないわ」
「……俺はお前の言う様に暗殺者だ。奴隷になる前からな」
「そうだったんだ。道理で手馴れてる訳だよ……」
ジョナは得心がいったのか小さく呟いた。
ガッドはジョナやロアとは違い元々暗殺を生業にしていたようだ。
ルシアの脳裏に一瞬、背後に立ってはいけない男の顔が浮かんだ。
「じゃあ余計に自由になんて出来ないわ」
「やり残した仕事を終えれば、俺はきっぱり足を洗う」
「仕事?何、私の暗殺?」
「違うさ。おれのターゲットは伯爵……ベアルだよ」
名前は言うなとでも命令されていたのか、ガッドの顔が苦痛に歪んだ。
「……暗殺に失敗して捕まったの?」
「……」
「話したくないならいいわ。……取り敢えずこんな迷惑な人たちを送り込んできたベアルには、お礼を言いに行かないといけないわねぇ」
薄い笑みを浮かべたルシアにガッドは思わず口を開いた。
「あいつを殺すのか!?止めろ!!あいつは俺の標的だ!!」
「殺しはしないわよ……ただちょっと怖い目に遭ってもらうだけよ」
薄い笑みが悪意を含んだモノに変わる。
ルシアの周囲が暗く淀んだモノに覆われていく。
「……頼む。俺も連れて行ってくれないか?……奴隷になる前に受けた最後の依頼なんだ」
ガッドはその気配に臆することなく真っすぐにルシアを見た。
「大事な事みたいね?」
「俺にとっては大事な事だ」
「その依頼、どんな物か教えてくれる?」
「依頼については話さないのが俺の流儀だ」
ルシアはガッドの目を見つめ返す。
彼の目は最後まで逸らされる事は無かった。
「……いいわ、連れて行ってあげる」
そう言うとルシアはガッドの肩に刻まれた奴隷紋に口を近づけた。
「何を?……これは……」
掛けられた呪いは解かれ、ガッドは久方振りの自由を感じた。
「さて、それじゃあ行きましょうか?」
「まさか今すぐに!?」
「ええ、ジョナとロアだっけ?二人には町の牢屋に入ってもらうわよ」
「ああ、抵抗はしないよ。……あのさぁ研究ってやつには使わないよね?」
「「ええ、私がさせないわ」」
ガッドとジョナは、問いに答えながらその身を二つに分けたルシアを茫然と見つめた。




