理の外
土壁の密室に閉じ込められたガッドとジョナの二人。
彼らの行動は対照的だった。
ガッドは敵側の接触を待つ為壁に背を預け腕を組んだ。
片やジョナの方は壁に向かい術を放ち叫び声を上げていた。
「クソッ、ビクともしない!ガッド、アンタも手伝いなよ!」
「無駄な力を使うな。どうせ取り調べの為に術を解かざるを得んのだ」
「ロアがゲロってこのまま放置されたらどうすんのさ!そんな終わり方はアタシは御免だよ!」
「この壁は魔獣が作った物だ。何日も維持する事は出来ん。必ず開くさ」
「チッ……奴隷紋さえなきゃこんなクソみたいな仕事……」
部屋が崩れる様子が無い事からロアが敗れた事は確実だろう。
クリムゾン・ベアは大地を操る力を持つが飛べるロアとは相性が悪い筈。
少なくとも遠距離攻撃を行える術者がいるとみて間違いないだろう。
ガッド自身は近距離戦に特化したタイプだ。
懐に飛び込む以外勝機は無いだろう。
ジョナはミドルレンジの戦闘も出来るが、彼女はパワーでは無くスピードで翻弄するタイプだ。
何にしても暗殺者が場所と姿を特定されたのでは話にならない。
指笛など気にせず突っ切るべきだったとガッドは後悔していた。
彼自身、頭を貫かれてなお平然と立ち上がった兵士を見て動揺していたようだ。
そんな事をガッドが考えていると、土壁の一部に拳ほどの穴が開いた。
「ふむ、本当に言葉を理解しているのだな。……こんど体を調べさせ……」
低く獣の唸り声が聞こえる。
「……冗談だ。……おい、聞こえるか?」
「……」
「いきなり矢を嗾けてくるんだ。お前達は暗殺者の類だろう?違うか?」
「アンタ達何者だい!?頭に矢を受けて死なないなんてどういう事だい!?」
「質問しているのはこちらなのだが……まあいい、お前達にはボスが来るまでここにいてもらう」
「ボス?……黒髪黒服の術者か?」
恐らく先程の兵士だと思われる声はガッドの質問には答えず沈黙した。
壁に開いた穴からは森の中に伸びる街道が見えるばかりで人の姿は無かった。
「ボスとやらが来るまで待つしか無さそうだな」
「……ボスが出てきたらやるのかい?」
「伯爵の命令だからな。逆らえば苦痛が死ぬまで続く。俺は苦痛は受けるより与える方が好きなんだ」
「そりゃアタシだってそうだけどさ……」
ガッドは穴からの光を頼りにジョナに近づき耳元で囁く。
「……ジョナ。壁が開いた瞬間に周囲に刃をばら撒け。同時に俺がボスに切り込む」
「兵士は止めれるだろうけど魔獣はどうすんのさ?」
「首を取ったらそのまま森へ逃げ込む。撒けるかどうかは俺達の悪運次第だな」
「ロアは?」
「それも状況次第だ。無理そうだったら逃げを優先だ」
「まあしょうがないか」
ジョナの言葉にはロアを気に掛ける様子は微塵も無かった。
どのみち元犯罪者の奴隷等、消耗品に過ぎないのだ。
自分で自分の命を守る以外、生き伸びる方法など無い。
穴から差し込む日が赤みを帯びる頃、土壁がにわかに振動を始め唐突に彼らを閉じ込めていた部屋が消えた。
「やれッ!」
「あいよ!」
ジョナが周囲に不可視の刃をばら撒く。
それと同時に刃の軌道から外れる為、這う様に駆け出したガッドの姿が掻き消えた。
刃は兵を切り裂き彼らは次々に地面に倒れた。都合の良い事に魔獣の姿は見えない。
「いまよ!」
その隙をついて姿を消したガッドが一気に娘に切り込む。
鍛え上げられた肉体が弾ける様に加速し、その勢いのまま娘に迫り刃を抜き打った。
放たれた刃は娘の首を断ち切り首が地面に転がる。
その切断面からは真っ黒な霧に似た何かが立ち昇っていた。
「よし!ロアは!?」
周囲を見渡せばロアは鎖で雁字搦めにされていた。
彼の巨体を運ぶのはこの状態では無理そうだ。
「仕方が無い、逃げるぞ!」
「了解!」
駆け出したガッドの持つ剣、その鍔の水晶に娘から立ち昇った霧が吸い込まれているのにジョナは気付いた。
「ガッド、剣が!?」
「何!?」
ガッドが剣に目をやった瞬間、水晶がひび割れどす黒い霧を吹き出し弾け飛ぶ。
「グガッ!?」
爆発で剣が砕けガッドの体はズタズタに切り裂かれ倒れた。
「ガッド!?畜生ッ失敗か!!」
「……吸い込まれたのは二度目だけど、その剣じゃ容量が足りなかったみたいねぇ」
転がった生首が薄笑いを浮かべジョナに語り掛ける。
見れば切り裂いた兵士もシュウシュウと音を立て立ち上がり初めていた。
ジョナは自棄になったのか、周囲に無数の刃を展開する。
彼女を中心に見えない刃が竜巻の様に渦を巻いた。
「クソッ、この化物共が……」
刃を纏ったジョナはまるでドリルの様に石畳の街道を抉りながらボスであろう娘に迫る。
「危ない娘ねぇ」
生首がそう話すと、立ったままだった首を失った肉体がスッと左手を上げ、その手を握り込んだ。
瞬間、ジョナの心臓が悲鳴をあげる。
「クハッ……何よ……これ……?」
刃を維持する事も出来ず、彼女の意識は闇に落ちた。
次に目覚めた時、彼女はガッド達と共に鎖で縛りあげられていた。
二人はまだ気が付いていない。場所は先程と同じ森の中の街道。光線の具合からさほど時間は経っていない様だった。
「ルシア、目を覚ました様だぞ」
「そう」
コツコツと足音を響かせてジョナの前までくると、ルシアと呼ばれた娘はしゃがみこんだ。
「こんにちは。さてあなた達は何者なのか教えて頂戴?」
「……言う訳ないでしょ?」
「そうよねぇ……ねぇ先生、どうしたらいいと思う?」
「俺に聞くな。領主はお前だろう?」
「だって一番被害を受けたのはアナタ達でしょう?」
「ふむ、そう言われればそうだな。……では薬の被検体に……」
「駄目に決まってるでしょ」
言い切る前に否定されギルと呼ばれた兵士は顔を歪めた。
「クッ、サンプルは多い方がいいというのに……」
「人体実験は許可出来ません」
「今までだって囚人を使った解剖は行われてきたんだ」
「解剖って死体でしょ?」
「そうだが……こいつ等は問答無用で襲って来た犯罪者だぞ?無為に処刑するよりは薬の研究に……」
被検体、人体実験、解剖、研究……。
今まで多くの者を殺めて来たジョナだったが、言葉の響きからくるおぞましさに思わず顔を青ざめさせた。
最悪死ぬのは許容できる。まともに死ねないのは心の何処かで覚悟していた。
だが、訳の分からない研究とやらで体をいじくられるのは流石に勘弁して欲しかった。
「ちょっと!殺すんならひと思いにやってよね!」
「あら、アナタ死にたいの?」
「アタシもこいつ等も人殺しで生きてきたんだ!自分の番になったからって文句は言わないよ!」
「うーん、そう言われても法の整備がまだなのよねぇ……」
「法?法なんて上の一存でどうにでも曲げられるでしょうが?」
「……そういう認識だから貴族はやりたい放題なのねぇ」
ルシアは眉根を寄せて困った様に笑った。
「しょうがないわね。法の整備が終わるまで首輪を使いましょうか」
「首輪だって……?」
「ええ、結構一杯あるのよねぇ」
「止めろ!アタシたちは奴隷紋で縛られてんだ!これ以上呪具で縛られたら……」
「縛られたら?」
ジョナは目の前の小娘の見開かれた瞳に釘付けになった。
薄いブルーの瞳の奥に底知れない闇が渦巻いている。
夕闇に浮かぶ血だらけの兵士を引き連れた青い燐光を放つ瞳の少女。
自分の知る理の外の光景にジョナの喉がゴクリと鳴る。
「……丁度一つ持っているから……試してみましょうか?」
ルシアはそう言うとポケットから奴隷の首輪を取り出した。
「止めて……止めて頂戴よ……なんでもいう事聞くから……」
ジョナはかつて奴隷紋を刻まれた奴隷が首輪を付けられた所を見た事があった。
ただ付けられただけでは何も起きない。
だが相反する命令を受けたその奴隷は、首輪と紋の呪いによって精神が引き裂かれた。
ダラダラと涎を垂らし意味不明な事を呟き笑う。
ああはなりたくない。その時、強くそう思った事を今でも覚えている。
「フフッ、いい子ねぇ。でもちょっとヤンチャだから首輪はつけさせてもらうわよ」
「止めて……それだけは……壊れるのは嫌なのよぉ……お願い……」
「安心なさいな。奴隷紋は消してあげるから」
「……本当?」
「ええ、だから知っている事を全部話すのよ。いいわね?」
吐息を感じられるほど近づいた顔からジョナは目を離せなかった。
瞬きをしない目がジョナの瞳を覗き込む。
ジョナはガクガクと壊れた様に首を縦に振った。
「素直な子は好きよ」
そう言って頬に触れた手は信じられない程冷たかった。




