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悪霊の国  作者: 田中
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領主だろうと駄目なモノは駄目

リベットの領主の城、その執務室でリーガンド伯領の領主ベアルはままならぬ苛立ちに打ち震えていた。

彼が爵位を受け継いで十五年程、これまで自分の望みが叶わぬ事などほぼ皆無だった。

それが二度に亘る討伐隊の派遣が失敗に終わったのだ。


ベアル自身としては盗まれた財の事はどうでもよかった。

問題なのは伯爵である自分が賊に翻弄されているという事実だった。

このまま捨て置けば第二第三の奴隷商狩りが誕生しかねない。

そうなれば王や有力貴族は自分の事を軽く見始める筈だ。


今まですり寄って来た者達に見限られ見下される。

それだけはどうにも我慢ならなかった。


「ケネス、お前はもう良い」

「ベアル様!?」

「私が直々に下知を下し賊を討ち取る。お前は身辺整理でもしておけ」

「ベアル様!?お待ちを!!今一度私に機会を!!」


ケネスは思い留まらせようと声を上げたが、ベアルは呼び鈴を鳴らし兵を呼ぶとケネスを追い払う様に手を振った。

兵達は無言でケネスを拘束すると執務室から強制的に連れ出す。


「無礼者!!放せ!!放さんか!!ベアル様!!ご再考を!!ベアル様」


ドアの外からはケネスの声が暫く響いていた。

ベアルは考えを改める気は無かったが、再び大戦力を送り込む気も無かった。

報告では黒髪黒服の女術者というのが賊の正体らしい。


報告書に書かれた兵達の言葉を信じるなら、剣も矢も術も効かず強力な力で一方的に薙ぎ払われたとの事だ。

矢が突き立っても微動だにしなかったとも、剣がすり抜けた等の報告もあった。

物理攻撃も術も効かない、攻撃がすり抜ける……つまり相手は実体のないモノだと考えられる。

であるなら倒す方法は限られている。


ベアルは先祖代々の武器を保管してある武具庫に足を運んだ。

名剣や魔槍と呼ばれる物、宝石の散りばめられた鎧等に交じって一本の剣が飾られている。

他の物と比べればシンプルな、鍔に水晶が埋め込まれただけのそれをベアルは手に取った。


「よもやこんな物を使う事になるとはな……」


鞘から引き抜き刀身を確認する。

刀身は青白い光を薄く放っていた。


何代か前の領主が戦争で敵の将軍から奪った剣。

その将軍がいうにはこの剣は悪魔を斬る為に作られたそうだ。

ベアルはその話を馬鹿馬鹿しいと思っていたが、その将軍は剣を用い多くの人ならざる者を斬り伏せたらしい。

その中には人を呪う彷徨う魂も含まれていた。


ベアルは精霊と呼ばれる死を超越した存在がいる事も知っていた。

王侯貴族の間では、過去に精霊になろうと足掻いた者も多くいたからだ。

今では選ばれた者しか精霊になる事は出来ないというのが定説で、目指す者は永遠の生に憑りつかれた愚か者だけだ。


その精霊には普通の武器や術は効果が無かった筈だ。だがこの剣なら……。

剣を携え執務室に戻ったベアルは部下に命じる。


「ガッドを呼べ」

「ハッ」


命令を受けて部下が退出した後、一人ベアルは呟く。


「私に喧嘩を売ったのだ。せいぜい苦しんで消えてもらうぞ」


報告書に添えられた似顔絵を指で叩きながらベアルは歪んだ笑みを浮かべた。






デレアにルシアと共に降り立ったカシム達は、町の様子を見て目を丸くした。

町では人に混じり獣人達が平然と往来を闊歩している。

町自体もリベットとは違い何やら活気に溢れていた。


住民達はルシアを見ると全員、やれやれといった風に首を振ったりため息を吐いたりしていた。


「どういう事だ?なにか呆れられているみたいだが……?」

「兄上、可愛い兎さんがいますわ!」

「兎人、猫人、犬人、羊人、それに鱗族まで……」

「……まずは警備隊の詰め所に行きましょう。アーズもそこにいる筈だから」


ルシアに先導されて詰め所に向かう。

その道中では森を出る際ルシアが作り出した分身の一人が、大工らしい人物に説教されていた。


「ルシアさん、あのルシアさんは何故怒られているのですの?」

「えっと……森を浮かせる為に仕事中、無理やり呼んだから……」

「国を造るって言ってたが、お前が国王じゃねぇのかよ?」


リューは大工の指示で足場を組んでいるルシアを見て不思議そうに尋ねた。


「一応、ここの領主って事になってるけど新米だしね。先輩に教わった方が効率がいいのよ」

「……変な奴だなお前」


足場の組み方が違うと注意されているルシアの分身はリューには領主とは思えなかった。

肩を竦め少し笑いながらルシアは言う。


「人の貴賤を無くしたいって言ったでしょ。それなのに言った当人が椅子で踏ん反り返ってたらおかしくない?」

「規律の為には上下のケジメはつけた方がいいんじゃないのか?」


「だから、私はそれが嫌なのよ。確かに集団で生きる為には指示を出す者とそれに従う者が必要だわ。でも指示を出す者は偉いからその立場にいるんじゃない。物事を見極め的確に指示を出して、その判断が正しいと思うから従う者も自然とその人を尊敬する……私はそういう風にしたいのよ」


カシムは貴族社会で生きて来て、家柄だけでその地位にいる者を沢山見て来た。

アーズのしていた様な努力も無く、地位で以って人を顎で使い死地に送り込む者達。

確かにルシアの言う様に家柄では無く、能力や資質、人格で役割を与えられるならそれは理想かもしれない。


「そんな風に適性が簡単に分かれば苦労はしないさ」

「勿論そうだわ。だからこれから造る国は自由にやりたい事を選べる様にしたいの」

「自由に……」

「ええ、やる仕事が向いていないかも知れない。そんな時に何時でも仕切り直せる。自分で選んで何でも試せるそんな国」


ルシアはずっと学生たちを見て来て思った事がある。

彼らは一様に勉学に励み優秀な大学に入る事を目指す。

生活の安定を目指すなら確かに正しいし、間違っているとは思わない。


だが、そこから少しでもはみ出ようとすると周囲はその者を許さないのだ。

往々にして虐めにあうのは、人とは少し違う事をしようとした者が多かった様に思う。

ルシア自身、ハーフである事でよく仲間外れにされた。


人は毛色の違う者を嫌う。

ルシアはそんな風潮を払拭したかった。


「人間もそれ以外の人たちも自由に学んで好きな事が出来る国。私が目指してるのはそれだわ」

「はぁ、よく分かりませんが、兎さんや犬さん達と仲良くお話出来るのは楽しそうですわ」

「でしょ。いがみ合うんじゃなくて、笑い合った方が絶対楽しいに決まってる」

「ハッ、俺達を奴隷にした人間の癖によく言うぜ」


リューは顔を顰めそう吐き捨てた。


虐めた側は忘れても、虐められた側は忘れる事は無い。

経験上その事は良く知っていた。

彼に認めてもらうにはこれからの行動で示すほかなさそうだ。


ルシアはそう考え、気持ちも新たに詰め所の扉を開いた。

詰め所ではブラッドが部下になにやら指示を出していた。


「ブラッド、お疲れ様。アーズは訓練場?」

「……」

「ブラッド……?」


頬を引きつらせ額に青筋を浮かべたブラッドにルシアは恐る恐る声を掛けた。


「一つ聞くが町の近くに現れた空飛ぶ巨大な森はお前の仕業だな?」

「そう……だけど?」

「やはりか……どうして事前に連絡しない!?怯えた町民が詰め所に押しかけてこっちはパニック状態だったんだぞ!!」


「あう……それはベアルがまた森を焼こうとしたから……それで」

「お前はいつもそうだ!!思い付きで勝手な事ばかり!!……その後ろの奴らは誰だ!?」

「えっと、アーズのお嫁さんとお兄さん、耳長族の子はエルダの知り合いなんだけど……」


ブラッドはガリガリと頭を掻きむしった。

あんな風に掻いて頭皮は大丈夫なのだろうか。

そんな事を考えていたルシアをブラッドは据わった目で一瞥すると部下に声を掛けた。


「おい、手の空いている者はいるか?……いる訳ないな……そこの二人済まんがちょっと来てくれ」

「何スか?隊長、俺、住民への説明の手配で忙しいんスけど……」

「右に同じ」


「いいから、頼むよ」

「はぁ……」

「やれやれ……」


二人は嘆息しつつブラッドの元に足を向けた。

ブラッドの影に隠れていたルシアに気付くと、二人は彼女に苦情を並べたてた。


「あっ、ルシアさん。突然変な事しないで下さいよ。仕事が増えるんだから」

「そうっスよ。ただでさえ住民が増えてやる事多いってのに」

「うぅ……ごめんなさい」


「二人ともルシアへの説教は俺がしておくから……お前達は彼らをアーズとエルダの所に案内してやってくれ」

「……隊長、お説教はキツメにお願いしますよ」

「分かった分かった。そっちはやっておくからお前達は案内を頼む」


ブラッドに頭を下げられた警備兵達は少し苦笑してカシム達に声を掛けた。


「了解しました。じゃあアーズさんに会いたい人はついて来て下さい」

「あ、ああ。ありがとう」


「んじゃ、エルダさんに会いたい人はこっちッス」

「……なぁ、あいつ領主じゃねぇの?」

「ハハッ、領主様ですけど問題起こしたら当然怒られるっスよ。この町じゃね」

「そうなのか……」


警備兵の一人に案内されたリューが詰め所を出る前振り返ると、ルシアはブラッドに腕を引かれ隊長室に連れ込まれる所だった。

彼の耳は部屋の中の二人の言葉を漏らさず拾っていた。


「こんな筈じゃなかったのに……領主として理想の国を目指している所を見せる筈が……」

「何をブツブツ言っている!!そもそもお前は報連相の大切さをだな……」


「どうしたんスか?行くっスよ?」

「何でもない。今行くよ」


警備兵に続いて扉をくぐったリューの顔には、ひねた笑みでは無く愉快そうな笑顔が浮かんでいた。

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