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悪霊の国  作者: 田中
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世間知らずで無鉄砲

リリアに出会った翌日、朝食の準備をしながらフードの若者リューはため息を吐いていた。


昨夜、小川に向かい手と顔を洗ったリリアは服を着替えたいと言い出した。

リューは見張りをしておくから手早く着替えろと答え、後ろを向いたのだが着替える音が聞こえない。

不審に思ったリューが振り返ると、リリアは両手を広げ不思議そうにこちらを見ていた。


「何をしている?早く着替えろよ」

「ええ、ですから鞄の上に置いた服に着替えさせて下さる?」

「……俺がか!?」

「貴方以外人はおりませんわ?」


人間の貴族は服も満足に着替えられないのか……。

首を振って呆れながらリューは答える。


「こう見えて俺は紳士なんだ。他人の奥方の肌を見る趣味はないんでね。一人でどうにかしてくれ」

「そんな!?私、この様な臭いのする服を着ていてはとても眠れませんわ!?」

「……じゃあ寝なきゃいいだろ」

「レディーが困っているのを見捨てるのが紳士なのですか?」

「……チッ、面倒な奥様だぜ」


リューはリリアに近づくと、取り出した布で目隠しをして音を頼りに彼女の服を脱がせ始めた。

音で周囲を観測する技術は暗い森の中での狩りの為に身に着けたのだが、まさか女の着替えをする為に使う事になるとは。

リューは服ぐらい自分で着れるようになれよとぼやきつつ、リリアを鞄の上にあった男物の服に着替えさせる。


「ご苦労様。初めてとは思えない程上手でしたわ」

「里じゃ子供の面倒を見ていたんでね」

「まぁ、人生何が役立つか分からない物ですわね」


両手を合わせてニッコリ笑うリリア。

リューの皮肉は彼女には届いていないようだ。


「そう言えば貴方、お名前は?」

「……リューだ」

「リューさんですね」


リリアは笑みを浮かべウンウンと頷く。


「んで、脱いだ服はどうする?」

「お洗濯に回してくださる」

「……洗濯……お前もちろん洗濯なんて出来ねぇよな?」

「ええ、そういう事はメイドがやっておりました。……あら大変、ここにはメイド達はおりませんわね……どうしましょう?」


リリアは小首をかしげリューを見つめた。

リューはその態度に苛立ちを感じつつも、情報の為だと文句を飲み込んだ。


「……服は俺が洗っておく」

「ありがとう御座います」

「ふぅ……取り敢えず飯にしようぜ」

「そうですわね!私、家の厨房から色々持ち出してまいりましたの!」


そう言うと彼女は小川で水を飲んでいた馬に近寄り、掛けていたもう一つの鞄をひょいと持ち上げた。

リリアは見た目は華奢だが、先ほど馬に乗った時といい身体能力は高いようだ。


「どうです?これだけあれば、十日はご飯に困らないんじゃなくて?」


鞄を開き嬉しそうにリューに尋ねる。

リューはリリアが持ち出したという物をみてため息を吐いた。


「そうだな。腐らなければの話だか」

「腐る?」

「アンタが持って来たのは生肉に白パン、それにこの瓶に入っているのはスープだな。全部日持ちしないぞ」


「そうなのですか?私てっきり一月程は持つ物かと……」

「夕食は白パンとスープだ。肉は燻製にしてやる。……全くパンぐらい焼き絞めた奴を持って来いよ……」

「……すみません」


リューのボヤキを聞いてリリアはションボリしながら答えた。

世間知らずで傲慢な貴族の娘かと思っていたが、少なくとも傲慢というのは外して良さそうだ。


「まぁ、そう気を落とすなよ。お貴族様ならしょうがないさ」

「……粗暴な言葉遣いに似合わず、お優しいんですね」

「前半は余計だ」


その後、食事の準備をしつつリリアに探りを入れたのだが、彼女は旦那、騎士アーズの仕事については殆ど知らない様だった。

今回の事は出会った時に彼女が話していた様に、彼女の兄(どうやら討伐隊に同行していた騎士らしい)から旦那の死を聞かされ居ても立っても居られず家を飛び出したようだ。


街で情報を集め、現場である草原まで一人で来たのだから行動力はあるのだろう。


そして翌日、貸した毛布に包まり眠るリリアを横目にリューは昨日の残りのスープを温めていた。

小川で水を汲みスープに足して、足の速そうな野菜と肉を適当に切っていれる。

リリアの持ちだした塩で味を調え朝食の完成だ。


「おい、起きろ。朝飯だ」

「……」

「おい!」


「ふぁ……何ですの?まだ暗いじゃありませんか?」

「貴族がどうかは知らないが、庶民は日の出と一緒に働き出すんだよ」

「そうなのですか?皆さん働き者ですわね。……そういえば使用人達も私が起きる頃には皆、働いていましたわ……」


リリアは鍋のかかった焚火を見つめると、寝袋から起き出しリューに尋ねた。


「ずっと火の番をされていたのですか?」

「ずっとじゃねぇよ。少しは寝たさ」

「……どうしてこのように親切にして頂けるのですか?」

「チッ……成り行きだよ。助けた奴が次見た時死んでたら気分が悪いだろ」


「気分が……確かにそれはそうかもしれませんわね。……とにかく助かった事は事実ですわ。主人の生死に問わず貴方には何かお礼させて頂きますわ」


リリアはペコリと頭を下げると微笑みを浮かべた。

日の光が彼女の下ろした金の髪を輝かせる。

それはリューに尋ね人を思い起こさせた。


「こっちも急ぎの用がある。礼は結構だ」

「まぁ、それはいけませんわ。受けた恩を返さないとあってはデボネア家の恥になりますわ」

「面倒な女だ。いいと言っているだろう」

「いけません!」

「ねぇ、何してるの?」


二人が謝礼について言い争っていると突然頭上から声が掛けられた。

見上げると黒い服の少女が二人を見降ろしていた。


「事情は知らないけどさっさと逃げた方がいいわよ」

「逃げる?……」


リューは目を閉じ耳を澄ませた。

遠く人馬の動く音が聞こえる。

数はこの感じだと一万を超えているだろう。


「まさか討伐隊……こんなに早く次を送って来るとは……」

「討伐隊!?本当ですのリュー!?」

「音だけでは断言出来んが、この近くに一万も送り込める所は他に無いだろう?」


「へぇ、耳が良いのね。彼の言う通り軍隊がこっちに向かってるわ。巻き込まれたくなかったら早く逃げなさいな」

「お前はどうするつ……黒髪黒服……お前、もしかして討伐隊を倒した術者か?」


リューは少女を改めて見返し酒場で聞いた話を思い出した。


「討伐隊を倒した……?本当ですの!?貴女!貴女が夫を殺したのですか!?」

「夫?」

「リーガンドの騎士、アーズ・デボネアですわ!!」

「アナタがアーズの奥さん?ふーん、随分可愛らしい女の子をお嫁さんにしたのね」


少女はこちらを睨むリリアを見て優しい笑みを浮かべた。


「答えなさい!!夫を殺したのは貴女ですの!?」

「アーズ、生きてるわよ。会いたいなら連れていってあげるけど?」

「生きてる!?……あの人が生きてる……お願いします!!連れて行って下さい!!」


「おい、こいつは伯爵に喧嘩を売った奴だぞ?」

「良いのです。あの人に会えるなら、悪漢の囚われになったとしても本望ですわ!」


リューに真っすぐな瞳を向けてリリアは言う。

どうやら少女が嘘を吐いているという可能性は欠片も考えていないようだ。


「お前なぁ……こいつが嘘を言っていたらどうするんだよ?」

「嘘……その時は彼女を私の力で断罪しますわ!」

「力って……」


腕を曲げ力こぶを作るリリアをリューは呆れて見返した。

そんな二人に黒衣の少女は声を掛ける。


「二人で話し合ってどうするか決めておいてもらえるかしら?私はあの兵隊さん達を追い払ってくるから」

「追い払うって一万だぞ!?」

「一万だろうが、十万だろうが関係ないわ。……全く、足りない木を補充しに来ただけなのに」


そうボヤキつつ、黒髪をなびかせ少女は東の空へ飛び去った。

少ししてリューの耳は轟音、そしてそれに続く兵士達の悲鳴と呻きを捉える。


「……ホントにやってやがる。……化け物だ」

「何が起きてるんですの!?リュー、説明して下さいな!?」


呆然と東の空を見るリューにはリリアの声は届いていなかった。

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