狩人と奥様
リベットの街。下町の酒場でフードを被った若者が、カウンターの隅で注文した酒を舐める様に飲んでいた。
その後ろのテーブルでは仕事帰りの職人風の男たちが最近起こった出来事を肴に酒を酌み交わしていた。
「何でも西の森に逃げ込んだ賊の討伐は失敗したらしいな」
「ああ、俺、戻って来た討伐隊を見たんだけど、全員ズタボロで酷いもんだったよ」
「やっぱ魔獣のいる森に手ぇだしちゃ駄目だよな」
「それがよぉ。ここだけの話だが討伐隊が失敗したのは、魔獣にやられたからじゃねぇみてぇなんだ」
テーブルに座った男達は顔を近づけ囁き合う様に話し始めた。
酒場の喧騒に消され男たちの声は聞こえない。
しかしフードの若者の鋭敏な耳は彼らの会話をシッカリと捉えていた。
「討伐隊はたった一人相手に叩きのめされたらしい」
「馬鹿言うな。あいつ等ニ、三千はいた筈だろ?」
「嘘じゃねぇぜ。俺の弟が城に出入りする商人とこに見習いとして入ってるのは知ってんだろ?」
「ああ、知ってるさ。上手く潜り込んだもんだって、お前いつも羨ましがってるじゃねぇか?」
「全く。あいつ俺より稼ぎが良いんだぜ。見習いのくせによぉ」
話をしていた男は不満たらたらで酒を煽る。
「ぼやくなよ。そりゃ、俺達も一緒だ。それで弟はなんだって?」
「あいつ、たまに内密で兵士に酒の調達を頼まれるのさ。その馴染みの兵士から聞いたんだってよ。討伐隊をやったのは黒い服、黒い髪の小娘だってな」
「小娘?そりゃいくら何でもねぇだろ?」
「馬鹿みたいに強い術者だったみてぇだぜ。そいつに隊長の騎士も一騎打ちで殺られたって話だ」
男達の喉がごくりとなる。
この国で隊長を務められる騎士であれば、術者を兼ねた結構な使い手の筈だ。
それに騎士は名誉を重んじる。例え事実であろうと不名誉な噂が広まる事は許さない筈。
つまり兵士が話すという事は、その騎士はもういないという事だ。
「やられたのは誰なんだ?」
「弟の話じゃ最近、デボネア卿の姿を見ないから彼なんじゃないかって」
「デボネア卿……赤槍アーズ!?」
「声がでけぇよ」
「赤槍アーズといやぁ魔獣討伐や賊退治で有名な、リベットじゃ一、二を争う使い手だろ?」
「ああ、あくまで弟の推測だがな。そんな騎士が負けたんだ。その黒服の娘が噂の奴隷商狩りかもしれないな。……まぁ何にしても揉め事は御免だぜ」
テーブルを囲んだ一人が背もたれに体を預け天井を見上げた。
「揉め事か……最近西のハーグとも小競り合いが起きてるし嫌な感じだな」
「そうそう、西といやぁよ。何でも空を飛ぶ島が西へ…」
話題が変わったと見て取った若者はテーブルに金を置いて酒場を後にした。
奴隷商狩りを名乗る賊は西の森にいる様だ。
その賊は奴隷商から奴隷を奪っているらしい。
であるなら自分の探している者も、その奪った奴隷の中にいるかも知れない。
少なくとも接触できれば何らかの情報は得られる筈。
若者は足早に街の西門へ向かった。
日は落ちかけていたが、急げば閉門前には街を出る事が出来る筈だ。
街を抜け街道を行く頃には完全に日は落ち、周囲は薄闇に包まれていた。
しかし若者の足は緩むどころか、異常な速さで歩を進める。
全力疾走に近い速度だったが彼の息に乱れた様子は無かった。
やがて若者は唐突に足を止めた。
街道の北に広がる森はもう目前に迫っていた。
彼の前には討伐隊が戦ったという草原が広がっている。
その草原の奥から悲鳴と下卑た笑い声、そして馬の甲高い鳴き声を彼の耳は聞き取った。
「死体漁り共か……」
若者は周囲に人がいない事を確認するとフードを脱いだ。
短めの金髪と尖った耳、薄いエメラルドグリーンの瞳があらわになる。
彼はおもむろに背負っていた弓を構え、矢をつがえると目を瞑った。
長い耳が微かに動く、やがて目を開くと彼は連続して矢を放った。
孤を描き三本の矢が夜空を飛ぶ。
その矢が消えた先で遠くドサリと何かが倒れる音が若者の耳に届いた。
続けて女の短い悲鳴が聞こえる。
助けた女は直ぐに立ち去るだろうと若者は考え森に目を向けた。
だがその後も女はその場から動こうとせず、なにやらごそごそと周囲を探っている様だった。
若者は助けた手前見捨てる事も出来ず、フードを被り直すと音の出所を目指し草原に足を踏み入れた。
草原の北、男物の服を着た金髪の娘が兵士の死体を松明も持たず探っていた。
来ている服はサイズは合っていないが仕立ては上等で、高価な品だと思われた。
若者は持っていたランプに火を灯し、ゆっくりとその女に近づく。
彼女の近くには自分が放った矢で死んだ粗末な身なりの男の死体が三つ転がっていた。
「なぁ、アンタ、何を探しているのか知らないが明日にしちゃあどうだい?」
「放っておいて下さいな!……あの人が簡単に死ぬはずがないのです……」
「あの人?その死体の中に知り合いでもいるのか?」
「うるさい人ですわね!手伝う気が無いなら向こうへ行って下さい!」
「……あのなぁ、恩を着せるつもりは無いがアンタを襲った奴らをやったのは俺だぞ。少しは言う事聞いてもいいだろ?」
「あら……それはご親切にどうも」
女は死体を探る手を止め若者に目を向けた。
何処となく幼さを感じる容姿だったが、その蒼い瞳は強い意志に溢れていた。
「私はリリア・デボネア。リベットの騎士アーズ・デボネアの妻で御座いますわ。助けて頂きありがとう御座いました。では御機嫌よう」
リリアと名乗った女は立ち上がると丁寧に若者にお辞儀をして再び死体を探り始める。
この娘は街で聞いた討伐隊の隊長の妻の様だ。
多少なりとも奴隷商狩りについて情報をもっているかも知れない。
「こう暗くちゃ死体の顔も分からんだろ?明日、日が昇ったら俺も手伝ってやるから今日はお終いにしないか?」
「手伝い?本当ですか!?大変助かりますわ!」
リリアは若者に駆け寄ると彼の手を握って嬉しそうに振った。
死体を探っていた彼女の体からは血の臭いと腐敗臭が漂っていた。
「アンタ、貴族なんだろ?こういうのは使用人にやらせりゃ良いんじゃないのか?」
若者は顔を顰めつつリリアに尋ねる。
「それが出来たらこの様な事はしておりません!兄上は死んだの一点張りですし、バーンズはなりませんしか言いませんし、私、いい加減頭に来ておりますのよ!」
「はぁ、そうかい。それはともかく探すのは明日にしようぜ」
「……そうですわね。確かに貴方の仰る通りこう暗いと探しづらいですわね」
「分かってくれて嬉しいよ」
一息ついて気が抜けたのかリリアのお腹がクゥと鳴る。
「……それじゃあ取り敢えず飯でも食うかい?その時に旦那の事教えてくれよ」
「ご飯!?まぁ嬉しい。お腹ペコペコでしたのよ」
「……じゃあ止めろよ……その前にだ、アンタ酷い臭いだぜ。近くに小川がある筈だからまずは手と顔だけでも洗ってくれないか?」
「……これは失礼いたしました。大丈夫着替えはたんと持って来ておりますのよ」
彼女はそう言って手を叩く。
すると少し離れた場所にいた馬が彼女に駆け寄って来た。
馬の鞍には大きなカバンが両脇に二つ掛けられている。
リリアはその馬に颯爽とまたがると若者に言う。
「ではその小川に案内して下さいな」
「分かりましたよ、奥様」
肩を竦めて若者は手綱を取った。
面倒事に首を突っ込んでいる気がしないでも無いが、目的の為だと気持ちを切り替え若者は小川へ向かった。




