空を飛ぶ島
魔獣と共に焼けた森の前の草原に残されたアーズは、愛馬と一緒に不安な時を過ごしていた。
ルシアは賢いから大丈夫と太鼓判を押したが、目の前で草を食む魔獣たちはどう見ても野生の獣にしか見えない。
これが普通の牛であれば別に問題は無いが、この灰色の牛たちは氷の術を操るアッシュバイソンだ。
敵と見なせばその氷塊がアーズの体を甲冑ごと穴だらけにするだろう。
「そうなってもお前だけは何とか逃がそう」
「ブモー」
馬の首をポンッと叩いたアーズに、怖がるなとでも言う様に巨大な牛が一声鳴いた。
「クッ!?」
牛の声に身構えたアーズに彼の馬が顔を寄せる。
当初は怯えていた馬だったが、今は怯えた様子も無く落ち着いていた。
「……本当に危険は無いのか」
アーズが半信半疑ながらも手綱を放すと、馬は魔獣に交じって草を食み始めた。
「ルシアの言葉は本当なのか……」
騎士の家に生まれたアーズは魔獣についても学んでいた。
人里を襲う魔獣討伐も騎士の使命の一つだからだ。
彼に魔獣の事を教えた教師は、魔獣を非常に狂暴で術を使い人を襲う危険な怪物と評した。
騎士としてベアルに仕えた後、人里に出た魔獣討伐に参加したアーズの魔獣に対するイメージも教師と同じ物だった。
だが、以前対峙した狼に似た魔獣と比べ、目の前の牛たちはとても穏やかに見えた。
思えばあの狼は狂暴ではあったが、何処か追い詰められた様な必死さも感じた。
「あれは群れからはぐれた個体だったのか……?」
魔獣を討伐する事はあってもその生態については殆ど分かっていない。
彼らは縄張り意識が非常に強く、そこに入り込んだ者をとても警戒するからだ。
君子危うきに近寄らず。
そんな危ない場所にわざわざ近づき、命がけで生態を探ろうとする様な変わり者はアーズの知る限りいなかった。
馬は警戒していない様子だし、ルシアはまだ帰って来る様子は無い。
牛も襲って来るつもりは無さそうだ。
それにあれだけの数に術を使われたら、鎧を着ていてもどのみち命は無いだろう。
そう開き直ったアーズは、兜を脱ぎ胴鎧と籠手を外して草原に腰を下ろした。
「ふぅ……私はこれから何処に行くのだろうか……リリア……」
鎧から解放されたアーズの体を草原を駆け抜ける風が心地よく撫でる。
春先の日差しは暖かく、彼はいつの間にか草原で横たわりうたた寝をしていた。
心地よく眠っていたアーズの顔を何かがベロりと舐めた。
何事かと目を覚ませば大きな牛の顔が目の前にあった。
「なッ!?」
身構えたアーズを見ると灰色の牛は彼を促す様に空を見た。
釣られて見上げたアーズはあんぐりと口を開ける。
巨大な島が真上に浮かんでいた。
その島はゆっくりとこちらに向かっているようだった。
「……空飛ぶ島……一体どこから?」
草原にゆっくりと降りたその島は大きさで言えばリベットの街を軽く超えていた。
その島から人影が二つ飛来する。
「アーズ、お待たせ。魔獣達とは仲良くなったみたいね?」
問いかけるルシアの声で、自分の周りに魔獣達が集まっているのにアーズは今更気付いた。
目の前の出来事に驚く余り魔獣たちの事等意識の外に飛んでいた。
「そうだ、仲間を紹介しておくわね」
茫然としているアーズに横に立っていた老人を示した。
「彼はフォルハ。フォルハ、この人が話していたリーガンドの騎士アーズよ」
「フォルハと申す。見ての通り耳長族の爺じゃ。よろしくのう」
「あ、ああ……異種族……仲間?……奴隷ではないのか?」
「奴隷じゃなくて仲間よ。彼には私の計画に協力して貰ってるの」
「計画……そういえば仲間になれと言っていたが、お前は詳しい事は一切話していないな。一体何をするつもりだ?」
「ルシア殿……」
フォルハは呆れた様な視線をルシアに送った。
「あ、あははッ……それについては移動しながら話すわ。取り敢えずみんなアレに乗って頂戴」
フォルハに引きつった笑いを返したルシアは、草原に下りた島を指差した。
「まさかアレに乗って何処かに向かうのか!?……大丈夫なのか?途中で墜落したりしないだろうな?」
「ブモー」
フォルハの横に並んだ大きな牛も恐らく同じ気持ちだったのか鳴き声を上げた。
目の前の出来事がアーズと魔獣の気持ちを重ねたようだ。
魔獣と人、生き物としての隔たりがあっても、これほど異常な事態が起きれば感じる事は同じなのだなとアーズは少しおかしくなった。
「こいつも落ちないか不安なようだぞ?」
「ホントに仲良しね。大丈夫、ちょっと重いけど問題無いわ」
「ちょっと重いって……お前が浮かせているのか!?」
「そうよ」
「……ハハッ、出鱈目すぎて笑えてくるな」
「全くですなぁ……」
「モー……」
アーズとフォルハに同意する様に嘆息気味に牛は鳴いた。
その後、旅人の間で空飛ぶ島を見たという噂が広まるのだが、それはまた別の話だ。




