復讐の連鎖
ルシアの前には熊と鹿と牛の三頭の魔獣がいた。
その三頭は逃げるでも無く、かといって攻撃してくるでも無くルシアをじっと見ていた。
彼らはルシアが暴れている間は恐怖を感じていたようだが、攻撃が兵士だけに向かっている事に気付きルシアの出方を見る事にしたのだろう。
魔獣たちの周辺には十数名の人間、兵士と教会の者らしき死体が転がっている。
ルシアが介入した事で人的被害はその十数名だけで済んだようだ。
まぁ、家を焼かれそうになれば誰だって反撃するだろう。
見れば三頭とも術と矢傷により負傷していた。
「痛そうね、それ」
ルシアが魔獣たちに近寄ると警戒する様子を見せたが、ルシアに敵意が無い事を鋭敏に感じ取ったのか抵抗する事無く、矢を引き抜いても小さく鳴くだけだった。
全ての矢を引き抜き魔獣に触れて傷を癒す。
赤い熊の毛は固く、牛と鹿はしなやかな触り心地だった。
傷を癒したルシアは魔獣たちに語り掛ける。
「取り敢えず森を焼こうとした軍隊は追い払ったから住処へお帰り。……そうだ。この森の木を幾らか貰って行っていいかしら?」
「ブモー」
灰色の牛が返事をする様に鳴いた。
ルシアは気配を感じ取り、そこに肯定的な感情を見て取った。
先程から会話が成立している様に感じる。
魔獣はかなり知能が高く、ルシアの様に人間の放つ感情を読み取れるのかも知れない。
「いいの?ありがとう」
「ガァ」
赤い熊が肯定を返す。
気にするなとでも言いたいのかも知れない。
「じゃあね」
飛んでアーズのもとに向かったルシアを灰色の牛が追って来た。
他の二頭は小さく鳴いて森に姿を消している。
アーズの近くに降り立ったルシアに彼は思わず声を荒げた。
「なんで魔獣なんて連れ来るんだ!?」
「連れて来たんじゃ無くてついて来たのよ」
「どっちでも一緒だろう!?何とかしてくれ!馬が怯えてる!」
牛の接近に怯えて逃げようとした馬の手綱を掴み宥めながらアーズは叫ぶ。
「しょうがないわね。少し離れてなさい」
「魔獣を手懐けるなんて、なんて奴だ……」
アーズは怯える馬を宥めつつルシアから距離を取った。
灰色の魔獣はルシアに近づくと頭を彼女に擦り付けた。
どうやら傷を癒した事で懐かれたようだ。
しかし他の二頭は森に去ってしまった。
どうもただ懐かれたというだけでは無さそうだ。
魔獣の真意を探るべく、気配を読む事に意識を集中する。
ルシアは気配を探る時、その者の感情を色として感じていた。
実際に見える訳ではないが、赤は怒り、暗い黄色は不安、緑は安堵等だ。
そして今、魔獣が発しているのは暗い黄色と深い青が綯交ぜになった物だった。
深い青は悲しみ。
「何が悲しいの?」
「ブモー」
一声鳴くと牛は焼けた森に顔を向けた。
フォルハが術を使って延焼は食い止めた様だが、それでもかなりの範囲が焼失していた。
その焼けた森から十数頭の牛が姿を見せる。
どの牛もルシアの近くにいるモノよりは小さく、その中には子牛も何頭か混じっていた。
「もしかしてアナタの家族?」
牛は肯定を意味する明るい青を見せた。
「焼けた所で暮らしていた?」
同様に肯定を示し、牛は悲し気に鳴いた。
ギンは森には魔獣の縄張りがあると言っていた。
焼けた場所が牛たちの縄張りだったのだろう。
気が付けばルシアの周りに牛が集まって来ていた。
牛たちは悲し気にルシアを見ていた。
「……私と来る?」
群れのリーダーと思われる一番大きな牛はルシアに頭を軽くこすりつけた。
輝く様な黄色、喜びをルシアは感じた。
その後他の牛たちも同様の反応を見せる。
「おい!?大丈夫なのか!?」
遠く離れた場所から馬に乗ったアーズがルシアに問い掛ける。
「うん!!大丈夫!!……魔獣を家畜にしたかったけど、こんなに賢いと食べるのは無理そうね」
「ブモ!?」
ルシアの呟きに反応して牛達は濃い紫色の感情を放った。
それはルシアが一番馴染み深い感情、恐怖だった。
「フフッ、大丈夫、食べたりしないから。ただ、開墾を手伝ってくれたら嬉しいかな。あとお乳も分けて欲しいな」
「モー」
肯定の明るい青を示しながら牛たちは一斉に鳴いた。
その後、ルシアは森の中にいたフォルハと合流し移植する木を選別した。
フォルハの意見を入れて、木は一か所からは取らず色々な場所から少しずつもらう事とした。
フォルハに頼み、木々の意思を確認して持ち上げる。
「しかし、魔獣が人に懐くとは……」
「普通は懐かないの?」
「彼らと遭遇するのは大体縄張りに踏み込んでしまった時か、相手が餌を探している時ですからなぁ。向こうも最初から喧嘩腰ですよ」
「なるほどねぇ……」
知能の高さから鑑みるに魔獣とは獣人の傍流では無いだろうか。
獣の特徴を持った人々、高い知能を持つ獣。
ルシアは何となく昔見たSF作品を思い出した。
その作品では遺伝子を人為的に操作する事で人に様々な能力を与えていた。
もしかしたら異種族や魔獣はそんな風に生み出されたのかも知れない。
その魔獣、アッシュバイソンという名の牛達は現在アーズと共に森の外で待機してもらっている。
魔獣と一緒に待っていろと言った時のアーズの顔を思い出し、ルシアは思わず笑みを浮かべた。
「何ですかな?」
「ちょっとアーズの顔を思い出しちゃって……」
「仲間にしたというリーガンドの騎士ですな。しかし、敵を取り込むとはルシア殿は器が大きいですな」
「……器云々の話じゃないわ。前にメルに言われたのよ。殺して殺し返してたらいつか誰もいなくなるって……」
「……確かに復讐の連鎖は終わりへ向かう滅びの道かもしれませんな」
フォルハは遠い目をしてそう呟いた。
これまで自分の怒りや恨みを誰かを虐めた者にぶつけてきたルシアは、彼らに復讐される日がいつか来るのだろうかとボンヤリと考えた。
これから自分がやろうとしている国を亡ぼす事。
もし事が成った暁にそんな復讐者が現れたら……その時は恨みを受けて静かに消えようか……。
それで連鎖を終わらせられるのならそれもいいかな。
そう思ったルシアは悲しい様な嬉しい様な表情で微かに笑った。




