リーガンドの騎士
西の森の前に広がる草原、そこに布陣した約三千の兵が倒れうめき声を上げていた。
ベアルの配下、リーガンド領の騎士アーズは目の前で起きている事が理解出来ず困惑していた。
彼は側近のケネスから、リベットの西にある森に潜むとされる賊の討伐を命じられていた。
それ自体はアーズ自身何となく予想はしていた。
城の宝物庫が荒らされた事も知っていたし、探索に出た仲間の騎士がその森で行方不明になった事も知っていたからだ。
ベアルの性格なら森を焼けという事も予想の範疇だったし、森を焼けばそこで暮らす魔獣が襲って来る事も当然予期していた。
だからその為の準備として教会の術者にも協力を仰ぎ同行してもらっていたのだ。
万端の準備を整え兵の損耗を抑える為の用意は十分にした。
アーズ自身、獣に蹂躙される等真っ平御免だったし、何より賊の討伐等で育てた部下を失いたくは無かった。
だがその入念な準備を笑い飛ばす様に、黒髪黒服の女が起こしたまるで竜巻の様な攻撃が部下たちを次々と薙ぎ払って行った。
「こんな……こんな馬鹿げた事が……」
初めに用意した十基の投石器が次々と破壊された。
頑丈な木で作られた巨大な投石器が、まるで消し炭の様にグシャリと潰される。
何が起きたか分からぬうちに次は弓兵が狙い撃ちにされた。
弓を持った者は弾ける様に飛び、地面に落ちて動かなくなった。
女の存在に気付いた術者が光を放ったが、女に当たる前に女の振るった不可視の力が光を弾き飛ばした。
その後女は標的を術者に定め彼らの意識を次々に奪った。
残ったのはアーズが率いる騎馬隊と歩兵部隊のみだった。
女はその部隊の中心に降り立ち踊る様に腕を振った。
それだけで部隊の半数以上が吹き飛ばされ戦闘不能に陥った。
不思議だったのはこれほどの混乱が起きているのに、それに便乗して魔獣が襲って来なかった事だ。
魔獣たちは一様に立ち竦み、当初の勢いも無く沈黙していた。
その様子は獰猛な肉食獣の前ですくみ上る獲物の様だった。
恐らく女はアーズが司令官と分かっていたのだろう。
女は周辺の騎馬兵を丁寧に引き剥がす様に力を振るい、一人残ったアーズの前に歩を進めた。
いや、この表現は正しくはない。
何故ならその女は歩いていたのではなく、滑る様に自身が蹂躙した者達の上を飛んだからだ。
女は白銀の甲冑に身を包み槍を手にし騎乗したアーズの前に怯え一つ見せず制止した。
「アナタが大将なんでしょう?」
「……お前は一体何者だ?」
「いいじゃない、誰だって。何だったら噂のモグリの狩人とかでもいいわよ?」
「……一体何の目的で我らの行動を妨害した?」
「森を燃やされたら困るのよ。動物だって一杯暮らしてるし」
この女は何を言っている?
アーズは女の言葉が理解出来なかった。
こちらは伯爵の命を受けた軍隊だ。
それを燃やされたら困る、更には動物だと?
「貴様たかだか森や獣の為に、犯罪者の討伐を命じられた我らを薙ぎ払ったのか!?」
「そうよ。……いけなかったかしら?」
「当たり前だ!!森や獣と伯爵様の命を受けた我々の任務と、どちらが大事か天秤にかけるまでも無いだろうが!?」
「確かにそうね、一個人の命令より森の方がずっと大事だわ」
「貴様!トアラの西の要であるベアル様を愚弄するか!?」
怒りに任せてアーズが喉元に突き付けた槍にまるで動じず女は答える。
「ベアル……それってリベットの領主よねぇ?……領主って言っても人でしょう?百年後には死んでるじゃない。森は何百年、何千年もかけて育ってきたのよ。それを簡単に焼けって言う様な奴の事なんて正直どうでもいいわ」
「なっ……」
思わず絶句したアーズに女は続けて言った。
「見逃してあげるからさっさと街へ帰りなさいな。そうそう、他の人も連れて帰ってよね。その為に加減したんだから」
あまり瞬きしない女の目の奥に逆らい難い何かを感じて、アーズは知らず知らずのうちに槍の穂先を下げていた。
女が言う様に吹き飛ばされた兵の中には、呻きながらも身を起こしている者もいた。
倒れている者も起き上がれないようだが命はあるようだ。
このまま彼らを連れてリベットへ帰る?
そんな考えが浮かぶがアーズは首を振ってそれを否定した。
ここで逃げ帰っても、任務をたった一人に妨害されたとあっては恐らく自分は処刑されるだろう。
それは部下にまで及ぶかも知れない。
アーズは槍を握りしめルシアに尋ねた。
「……お前、名前は?」
「……私はルシア」
「ルシアだな。私はリーガンドの騎士アーズ・デボネアだ。……ルシア、私と一対一で戦え」
「なんで?」
死を覚悟して言ったアーズにルシアは不思議そうに聞き返した。
「このまま帰っても私は処刑される。だがここで戦えば、勝っても負けても部下の恰好はつくからな」
「勝手な人ね。……そうだ。私が勝ったらアナタ私の仲間にならない?軍隊の考え方が分かる人がいた方が良さそうだし」
ルシアの返事にアーズはどちらが勝手なのだと少し呆れた。
「はぁ、好きにしろ」
半ば自暴自棄にアーズは答えると槍を構えた。
「うん、好きにする。ちょっと待ってね。周りの人を退けるから」
そう言うとルシアは両腕を左右水平に持ち上げた。
上にした手のひらをクイッと上げると周辺で倒れていた兵や馬、諸々の物が浮き上がり離れた場所にそっと降ろされた。
「……なんだか自分のしている事が馬鹿馬鹿しくなってきた」
「ほんと?じゃあ戦わないで仲間になってくれる?」
「いや、これでも騎士だ。誇りがある」
「騎士の誇りねぇ……分かったわ」
ルシアはアーズから距離を取ると、すっと右手を持ち上げた。
「では参る!!」
掛け声と共にルシアに向けて馬を走らせながら槍の柄を握りしめる。
穂先が熱を帯び赤い光を放った。
ルシアが手を振る動きに合わせ、アーズは馬の軌道を変える。
攻撃は見えず横を何かが通り過ぎる音だけを感じた。
「良し、やれるぞ……」
アーズの術は放出系の技では無く、所謂エンチャントという奴だった。
トアラでは余り重要視されなかったが、それを補う為槍と乗馬の腕をずっと磨いて来た。
ルシアへの申し出も近距離戦であれば勝つ事が出来るかも知れないと思ったからだ。
馬もアーズに応えその身を躍らせ不可視の技を躱していく。
「フッ!」
見えない攻撃を掻い潜りルシアに近づいたアーズは、馬の勢いを乗せて槍を突き出す。
狙い違わず穂先はルシアの胸を貫いた。
「取った!!何ッ!?」
しかし彼の槍は抵抗なくルシアの体をすり抜けた。
驚きつつもそのまま駆け抜け馬首を巡らせる。
「どういう事だ……?」
ルシアは駆け抜けたアーズを振り返り満足そうな笑みを浮かべていた。
「強いわね。さすが職業軍人……」
「さては幻術か!?」
「ちょっと違う」
アーズの読みを否定してルシアは右手を振った。
槍が突然何かに引っ張られ、放し損ねたアーズを振り回す。
槍は宙を暴れ回りアーズを地面に叩きつけた。
「グハッ!!」
大の字になったアーズの喉元に宙に浮かんだ槍が突き付けられる。
「……やはり……無理だったか」
「私の勝ちね。それじゃあ約束どおり仲間になって頂戴。騎士のお兄さん」
そう言うとルシアはニッコリ微笑んでアーズに手を差し出した。
誤字報告ありがとう御座います。
大変助かります。




