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悪霊の国  作者: 田中
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そう生まれ付いただけで

町の警備兵テリーは家に向かって走っていた。


ルシアは早くしろと言った。

あの女は見た目は小娘なのに中身は得体が知れない。

遅かったという事だけで自分の頭は弾けるかもと思うと、とてものんびりはしていられなかった。


家に飛び込むと台所に直行し食べ物を漁る。

するとその音を聞きつけた母親が台所に様子を見に来た。


「テリーじゃないか?どうしたんだい、今日は夜勤の筈だろ?」

「お袋!いい所に!俺のガキの頃の服とか残ってないか!?」

「そんなのある訳ないだろ?みんな人にあげちまうか、仕立て直すかしたよ」

「クソッ……何でもいい!子供が着れそうな服を出してくれ!?」

「ホント何だろうねこの子は……」


テリーの様子に呆れながら、彼の母親は家の箪笥を開けて服を探し始める。

その間にテリーは台所にあった夕食の残りを小ぶりの鍋に詰めた。


「こんなのが有ったよ。アンタが結婚して子供が出来たら着せようと思って取っといたんだ」


母親が持って来たのは、彼自身が子供の時に着ていた上等なよそ行きの服だった。


「懐かしいねぇ。……あれ、アンタ額に付いてるのは血じゃないの?」


心配そうに話す母親から服をひったくると、テリーは家を飛び出した。


「ちょっとテリー!?大丈夫なのかい!?」

「すまねぇお袋!!訳は生きて帰れたら話す!!」

「生きてって!?ちょっとお待ちよ!!テリー!!テリー!!」


叫ぶ母親を置いて、テリーは服と鍋を抱えて廃屋へ走った。



廃屋のドアを開け居間に飛び込む。

居間ではルシアが少年の頭を撫でていた。

同僚の男はまだ床に横たわったままだ。


「はぁはぁはぁ、もって来たぞ!」

「早かったわね、ご苦労様」

「約束だ!契約とやらを消してくれ!」

「……」

「何とか言え!!」


ルシアは息を荒げてこちらを見ているテリーを眺め、何かを考えているようだった。

やがて考えがまとまったのか、立ち上がり彼に近づいた。


「そうね。約束だから頭が弾ける呪いは解いてあげる」

「本当か!?」

「ええ、その上でお願いがあるんだけど?」

「お願い!?……何だ?」

「私はこの子を連れて旅をするつもりだけど、この国の事を良く知らないの。アナタ、その旅について来てくれないかしら?」


テリーは自分の顔が引きつるのを感じた。

呪いが無くてもこの娘の術はすぐに自分を殺せるだろう。

ルシアはお願いと言っているが、これはお願いでは無く脅迫だ。


「首を縦に振らなければどうなる?」

「フフッ、どうもならないわ。でも私はアナタが縦に振ってくれると信じてるけど」


ルシアは意味ありげな笑みを浮かべ、テリーの顔を見つめている。


やっぱり脅迫じゃないか……。

正体不明の女と獣人、こんな奴らと旅をするなんて冗談じゃない。

だが断れば自分も倒れた同僚と同じ目にあうだろう。

そう思い同僚に目をやると先程は動転して気がつかなかったが、胸が動いている所を見ると生きているようだ。


殺されたと思った同僚が生きていた。

この女は異常ではあるが、それ程悪い奴では無いのかも知れない。

彼の心の動きは悪人が見せたちょっとした優しさで、その悪人が善人に見える感覚に似ていた。


「……分かった。ついて行ってやる。だが家族に別れは言わせてくれ」

「家族?誰?奥さん?」

「違う、お袋だ」

「お母さん……分かったわ。行ってらっしゃい」


ルシアは少し悲しそうに笑うと、鍋と服を受け取り少年の横に座った。


「なぁ、アンタ。その獣人とはどんな関係なんだ?親友がどうとか言ってたが……」

「この子の事は詳しく知らないわ。ただ、私のたった一人の親友がこの子を命を賭けて救ったの……死なせる訳にはいかないわ」


そう言うとルシアは少年の髪を優しく撫でた。

その横顔はテリーにはとても悲しそうに見えた。


「……提案なんだが」

「提案?何?」

「町を出るにしても、そのガキ……いやその子は随分弱ってるみたいだ。俺の家で何日か休んでいった方が良いと思うんだが?」

「アナタの家?いいの、アナタたちが家畜と言ってる獣人よ?」

「お袋はそんな事気にしないぜ。俺はよく知らないが昔はこの国も獣人と仲良くやっていたらしいしな」


ルシアは少し考えていたが、床に直接寝ている少年を見て口を開いた。


「……甘えてもいいかしら?確かにここじゃこの子も休めないでしょうし……」

「おう。それで、こいつも連れてっていいか?」


同僚の男を指差しテリーはルシアに尋ねた。


「勝手にしなさい」

「良いのか?こいつ気がついたらアンタ達の事を喋るぜ」

「……それは困ったわね。……やっぱり今のうちに殺しときましょうか?」

「まっ、待て!こいつは俺が説得する!だから殺すな!」

「そう?それじゃあ頑張って説得しなさい……まあ出来ない様なら言って頂戴。サクッと呪い殺してあげるから」


テリーは一瞬でもいい奴だと思った自分を罵倒した。

やっぱりこいつは悪人だ。

見た目に騙されては駄目だ。


そう思いつつも、笑みを浮かべるルシアの顔からテリーは目が離せないでいた。




その後、廃屋を出たルシア達はテリーの案内で彼の家に向かった。

家では彼の帰りを母親が不安げな表情で待っていた。


「テリー!?生きて帰ったらなんて言うから心配したじゃないか!?」

「すまねぇ、お袋」

「ホントにもう!それで後ろの娘さんは誰だい?それにあんたが背負ってる人はどうしたんだい?」

「こいつはルシア、ちょっと訳ありで家でかくまう事になった」

「訳あり……娘さんが抱いてる子は獣人かい?……なるほどねぇ、早くお入り」


母親は獣人の子を見て頷くと、ルシア達を家に招き入れた。


「俺は詰め所にこいつを連れてく。後は任せていいか?」

「ああ。……上手くやんな」

「おっ、おう」


妙に頼もしい母親の様子に気後れしながら、テリーは警備隊の詰め所に向かっていった。

ルシアはテリーの母親に案内されて、少年をベッドに寝かせた。

あれほどの騒ぎの中起きないのだから、かなり衰弱しているのだろう。


「さて、ルシアちゃん。事情を聞かせてもらえるかい?」

「事情といっても、私にもよく分からないの……信じて貰え無いかも知れないけど、私はこの世界の者じゃない」

「この世界の者じゃない?どういう事だい、別の世界から来たってのかい?」

「ええ、多分。偉そうなクソジジイ……。そいつに無理やり連れてこられたの。この子はその儀式の為に血を抜かれたみたい」


彼女は別の世界から呼び込まれたルシアよりも、血を抜かれたという少年を気づかわし気に見た。

恐らく理解しにくい別世界というワードより、目の前の少年の方が彼女には大事だったのだろう。


「血を……そうかい。それは大変だったねぇ……」


母親は眠っている少年の頭を慈しむ様に撫でた。


「アナタはこの子を家畜扱いしないの?」

「獣人や他の種族を僕って言い始めたのはここ三十年ぐらいだよ。その前はこの町にだって獣人は普通に暮らしていたのさ」

「そう言えばテリーもそんな事言っていたわ」


「リエール教が国教になってからさ、人間以外を家畜扱いし始めたのは」

「アナタは違うの?」

「そのアナタってのは止めておくれ。何だかくすぐったいよ。私はローザ。気軽にローザって呼んでおくれ」


ローザはそう言うとニッコリと笑った。

その笑顔はルシアに母親の笑みを思い出させた。


「私は小さい頃、近所に住んでた獣人の夫婦に随分可愛がってもらったからねぇ。いくら神様の教えでも受け入れられなかったんだ。まぁ大っぴらに嫌だって言えなかったんだから、偉そうな事は言えないけどね」


「そう……そのリエール教ってのが諸悪の根源なのね」

「ルシアちゃん、アンタ何をするつもりだい?」


「そのルシアちゃんっていうのは止めて、何だがくすぐったいわ。私もルシアって呼んで」

「フフッ、そうかい?じゃあ改めてルシア、何をするつもりだい?」


ルシアは少年に目を落とし、少し考えるとローザに視線を向けた。


「約束があるの。……私はこの国を消さないといけない」

「国を……消す?」


ローザは物騒な事を口にしたルシアを茫然と見つめた。


「ええ、でも住民を皆殺しにするとかじゃない。多分、彼らの望みは理不尽な事をしている奴らを消す事……」

「消す……リエール教やお貴族様を殺すつもりかい!?そんなの無理だ!相手は軍隊だよ!」


「それでもやらないと……そう生まれ付いただけで、踏みにじられるなんて間違ってると思わない?」

「……そうだね……確かにこんな小さな子が酷い目にあう世の中なんて間違ってるよ。でも……」


ローザが眠っている少年の手を握ると、少年が薄く目を開けた。


「……誰……新しい……ご主人様……ですか?」


少年は視線を巡らせると、体を起こそうとした。


「無理するんじゃないよ。今、水を持ってきてあげるから」

「すみません……ご迷惑を……少し休んだら……すぐ働きますから……乱暴は……しないで……」

「安心しなさい。ここにはあなたに暴力を振るう人間はいないわ。ゆっくり休みなさい」

「……ほんとう……ですか?」

「ええ、本当よ。それにそんな人がいたら、私があの世に送ってやるわ」


少年はとても驚いたようで、目を見開きルシアを見た。

とても綺麗な藍色の瞳の中に、ルシアの顔が映っている。


「綺麗な瞳の色ね。まるで深い海みたい」

「……そんな事……初めて言われました」

「ほら、水だよ。ゆっくり飲みな」

「ありがとう……甘い……」


少年はローザに水を飲ませてもらうと、再び目を閉じ眠り始めた。


「ご主人様って……この子は奴隷だったのかも知れないねぇ」

「奴隷……」


日本でいじめられていた一ノ瀬の事が脳裏をよぎった。

彼女は小さなナイフで理不尽に立ち向かおうとした。

少年はそんな気持ちさえ起きない程、ずっと奴隷として生きてきたのではないだろうか。

そうでなければ、見知らぬ人間を新しいご主人様とは呼ばないだろう。


恐らく彼以外にも同じ境遇の人々は沢山いる筈だ。

助けなければ……。


ルシアは唐突にそう感じた。

かつて救いを求めたルシアを教師は助けてくれなかった。

あの時、彼らが手を差し伸べてくれさえすれば、自分は死んでいなかったかもしれない。


図書室で読んだ本には、自分の足で立ち、道を切り開く事の素晴らしさを書いている物もあった。

確かに人は自立して自分の足で歩くべきだろう。

だが、無理矢理、地面に押さえつけられているのに、どうやって立てばいいというのだ。


「ねぇ、ローザ。奴隷はこの町にもいるの?」

「小さい町だからねぇ……まぁ、領主様のお屋敷にはいると思うけど……」

「そう。……お屋敷の場所を教えてもらえる?」

「ルシア、アンタまさか!?」

「手始めにこの町から始めるわ」


ルシアはそう言うと、底冷えする様な笑みを浮かべた。

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