人食いの森
薄暗い森だった。
その森の中で百名程の男たちが周囲を窺っていた。
その中の一人、騎士風の男が怯えた様子の二人に尋ねた。
「お前達が得体の知れない怪物に襲われたのは確かにここで間違いないのだな?」
「はい、ここで間違い無いです。焚火の痕も残ってるし……あの場所もお教えしましたし俺達はこの辺で……」
「何を言っている?奴隷を奪われたのだろう?それでガリア商会に泣きついたのでは無かったのか?」
「確かに商会長さんを頼りましたが、俺たちゃ何の力もねえ唯の平民なんで……」
騎士風の男はベアルの部下の一人だった。
答えた男はブラック達を連れていた人狩りの一人だった。
ルシアがガリア商会を襲った翌日には商会の長バーズは領主であるベアルに犯人の討伐を訴え出ていた。
モグリを名乗り奴隷を略奪、店から金品を奪った者。
それと城に忍び込み宝物庫から宝を盗みだした者。
戻らぬデアン。
そのデアンの反応がある森で、得体の知れない怪物に襲われたという奴隷商の男達。
奴隷商の収容施設のみならず、城にまで侵入した賊。
そんな者が何人もいる筈が無い。
ベアルの側近ケネスが得られた情報から導き出した答えは、森にデアンを解放した正体不明の賊が潜んでいるという物だった。
騎士をリーダーとして術者兵士合わせて七十、ガリア商会から術者も含んだ狩人三十、そして案内役の奴隷商二人が森に送り込まれた。
今回奴隷は連れて来ていない。
奴隷を使わなかったのは、解放され敵の戦力を増やす結果を危惧した為だ。
「怯える必要はなかろう。こちらには術者もいる。奪われた奴隷は殆どが獣人だと聞いている。噂のモグリがどれほどの術者であろうと遅れはとらんよ」
「……そうですね。確かにこの数なら……」
「あの、この先に兎の集落があるんですよ、賊が拠点にするのはそこじゃねぇかと思うんですが……」
人狩りの一人が卑屈な笑みを浮かべ騎士に言う。
「兎……獣人か……ふむ、ケネス様も反応は森の奥だと仰っていたな……よし、その兎の集落に案内せよ」
「はい……あの出来れば子ウサギを一匹……」
「勝手にせよ。ただ我々は賊の討伐を命じられている。兎が賊の協力者であれば掃討するぞ。欲しいなら早めに自分達で捕らえるのだな」
「分かってますよ。里はこっちです」
人狩りに導かれ森の奥へと進んだ者達。彼らがその薄暗い森から戻ってくる事は無かった。
それから数日後、王都近郊の街道沿いの町。
宿場町として多くの旅人が行きかうその町の食堂で、フードを被った若者がカウンターで食事を取っていた。
傍らに弓と矢筒を置いている所を見ると狩人の様だ。
その若者の隣に座った旅の商人風の男が店主と世間話に花を咲かせている。
「所で最近西の方が少し騒がしいみたいだけど、ホントのトコどうなんだい?西に足を伸ばしたんだろ?」
「ん?西か……確かにきな臭いね。どうも奴隷商狩りが拠点を西に移したみたいでさ。リベットの領主様が討伐に出した兵士が返り討ちにあったみたいなんだよ」
ガタリと椅子の音が響いた。
商人と店主が目を向けると、フードを被った若者が椅子から腰を浮かし二人を目を見開いて見ていた。
「何だね兄さん?西に知り合いでもいるのかね?」
「あ……ああ、親戚が暮らしてるんだ」
若者は少し狼狽えた様子で商人に答えると椅子に座った。
「そうかい、だったらこっちに呼んだほうがいいかもね。噂じゃ領主様はかなりご立腹の様でね、近々大規模な討伐軍を差し向けるそうだよ。そうなりゃ奴隷商狩りも黙っていないだろうから戦争みたいな事になるかもしれない」
「戦争……そうか、親戚にうちに来るよう手紙を送っておくよ。教えてくれてありがとう」
「んにゃ。アンタも心配だからって自分で行ったりしない方がいいよ」
「ああ……分かってるさ」
若者は話を終えるとカウンターに金を置き席を立った。
「毎度」
店主の声も聞こえていない様子で、若者は足早に店を出て行った。
「大丈夫かね……」
「きっと親戚が心配なのさ」
若者はそのまま町を出ると街道を西に向かって歩き始めた。
若者が向かった先、リベットの城ではベアルが不機嫌そうにケネスを眺めていた。
「ケネス、賊一人に随分手こずっているようだな」
「申し訳ございません。賊は森に潜んでいると思われるのですが、送り込んだ者が帰ってこず状況が把握できないのです」
「ケネス、私は言い訳が聞きたい訳では無い。森の全容が知れぬのなら焼いてしまえばよかろう?」
「森を!?でっ、ですがあの森には多くの魔獣が暮らしています!森を焼けば魔獣がこちらに牙を剥くのは必至です!」
「殺せばよい。どうせ魔獣など害獣に過ぎぬ。いい機会だ、森を焼き農地とすればよい」
「兵にかなりの被害が出ますぞ」
ケネスの言葉にベアルは顔を歪めた。
「兵の心配をしている場合か?森の代わりに貴様を焼いても良いのだぞ?」
「ベアル様……」
「次に報告の時には賊を私の前に連れて来るのだ。なるべく殺すな、賊は私が直々に罰を下すからな」
「はい……畏まりました」
ケネスは噴き出した汗をハンカチで拭いベアルに頭を垂れた。




