奇妙な集団
嗣光の話では廊下の奥には見張りの仮眠する部屋があるらしい。
様子見に来られても厄介なので、ルシアはそちらを先に片付ける事にした。
「るしあ殿、ここは某が」
「いいえ、実行犯が誰か分からない方がいいわ。私が眠らせる」
「左様か……お役に立てると思うたのじゃが」
「伊東さんの出番もその内あるわよ」
「ぬう……」
嗣光は再び兜と面頬を身に着けており、押し黙ると少し不気味だ。
全身甲冑……伽藍洞の甲冑が動き出し剣を振るう。
うん、これも怖いかも知れない。
ルシアはそんな事を考えながら姿を消して仮眠室のドアをすり抜け中の様子を見る。
八つ並んだベッドで見張りが眠っている。
一つが空なのは嗣光の物なのだろう。
さっさと薬で眠らせよう。
ルシアは一旦顔を引っ込め、アニスが用意した針を取り出した。
隣で様子を窺っていた嗣光が低い唸り声を上げている。
「何?」
「るしあ殿、お主は扉を抜けられるのか?」
「ええ、実体化してたら無理だけど」
「ふむ、便利だのう。……もしや某も幽霊になれば、すぐにでもこりるの首を取れるのでは……」
「止めた方がいいわ。アナタが幽霊なれるとは限らないし、色々あって力を得たけど基本的に霊は無力よ」
「左様か……」
残念そうにため息を吐いた嗣光を横目に、ルシアは仮眠室のドアを細く開いた。
蝶番がキィと耳障りな音を立てる。細く開いた隙間の前に左手を向ける。
手のひらの上に取り出した針を乗せルシアはフッと息を吹きかけた。
吹き矢の様に針はドアの隙間に滑り込んで、眠っている見張りの首に突き立った。
「これで良し。一度一階に戻りましょう」
「一階……そういえば仲間が居ると言っておられたな」
「うん、医者の先生と警備兵の男の子よ」
「医者と兵と幽霊……なんとも奇妙な組み合わせじゃのう」
「これからはそこに侍が加わるんだから……ほんと何の集団かしらね」
「ククッ、確かに珍妙じゃ」
嗣光はクツクツと低く笑った。
廊下を取って返し一階へ向かう。
改めて奴隷達を見ると、首にはメル達が付けていた物に似た首輪が光っていた。
彼らは一様にこちらに向けて怯えた視線を向けていた。
それはルシアを斬った嗣光では無く、主にルシアに向けられているようだった。
「うう、初対面の印象は最悪みたい……」
「あの虫の術はおぞましかったからのう……思い出しただけで怖気が走るわ」
「あれは伊藤さんが話を聞かないからでしょう?」
「済まぬな。敵の話を聞けば剣が鈍ると師に教わったものでな」
悪びれた様子も無くカカッと嗣光は笑った。
先程までこちらを殺そうとしていたとは思えない。
ルシアは教科書以上の事を知っている訳では無いが、戦国時代は下剋上の世界だった筈だ。
その事も彼の価値観に影響しているのだろうか。
一階に上がりルシアが姿を見せるとテリー達がこちらに駆け寄ろうとした。
しかし、続いて姿を見せた嗣光を見て動きを止める。
「ルシア、誰だよそいつ?」
「変わった鎧ですねぇ」
テリーは訝し気に、アニスは興味深そうに嗣光を見ている。
「某、伊藤嗣光と申す。るしあ殿には呪いを消してもらった恩義を返す為、加勢する事に相成った。お二方ともよろしゅう頼む」
「おい、なに仲間増やしてんだよ。ブラック達といい、行く先々で人拾っていく気か?」
「しょうがなかったのよ。一方的に斬り掛かって来て、全然話聞いてくれないだもの」
「んなあぶねぇ奴引き入れんなよ……はぁ……報告書がドンドン分厚くなるじゃねぇか……」
テリーは肩を落とし諦めた様にため息を吐く。
「綺麗な赤ですね。これはどうやって色を?」
「くっ、詳しくは知らぬ。おっ、恐らく漆であろう」
アニスは鎧の色に興味がある様で、無警戒に顔を近づけ鎧を観察している。
嗣光はクルクルと回りを移動するアニスに戸惑っているようだ。
「先生、まずは奴隷達を」
「そうですね。イトウツグミツさん……変わったお名前ですね?」
「そっ、某、こちらの生まれでは無い故」
「こちらの……なるほど異国の方なのですね。納得です。後でお話聞かせて下さいね」
「う、うむ」
ルシアは嗣光の笑みを向けるアニスに声を掛けた。
「先生、それでですね。伊藤さんと戦ってるのを見て、奴隷達が怯えちゃってですね……」
「お前、また何か変な事をしたんだろ?」
「細切れになった所から無数の小さなるしあ殿が現れ某に集ったのじゃ。いや、あれは肝が冷えたわい」
「ちっちぇルシア……そんな事も出来んのかよ」
テリーは鞄から紙束を取り出し何やら書き記した。
「何してるの?」
「使うつもりは無かったが、色々あり過ぎて覚えきれねぇ。取り敢えず起きた事を箇条書きにしとく」
「……悪いわね」
「全くだ。産婆を助けたら、もう何もすんなよな」
「……全員連れ出すつもりなんだけど」
「全員……だと?何人いるんだ!?」
「この前、私が診察した時はざっとですが六十名前後はいたと思います」
「六十……どうやってそんな人数、街から連れ出すんだよ!?」
あー、と髪を掻きむしるテリーにルシアは言う。
「だってほっとけないじゃない」
「はぁ、またかよ……んで、なんか考えがあんのか?」
「まあね。取り敢えず奴隷達を外へ出しましょう。先生。先生なら彼らも話を聞いてくれると思うんですが……」
ルシアがそう言うと、アニスは頷きを返した。
「そうですね。診察してましたから、医者だとはみんな認識してる筈です」
「お願い出来ますか?」
「ええ、勿論」
ニッコリ笑うとアニスは足取りも軽く地下へ降りて行った。
「私は怯えられてるから逃げる準備をするわ。テリーは先生についていてあげて」
「分かったよ。……これ以上何もすんなよな」
「分かってるわよ」
「ふむ、では某はるしあ殿をお手伝いしよう」
「いいえ、伊藤さんは奴隷達の首輪を外して頂戴。鍵があるんでしょうアレ?」
「首輪か。心得た」
嗣光は頷きを一つ残し一階の廊下に消えた。
それを見送ったルシアは建物の入り口へ足を向ける。
「お金も欲しいし、ちょっと多めに用意しようかな……」
小さく呟くと彼女は分厚い木の扉をあけ放った。




