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悪霊の国  作者: 田中
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赤揃えの侍

四人になったルシアをアニスは興味深そうに観察していた。


「全員ルシアさんなんですか?」

「ええ、まぁ」

「これは副作用は無いのですか?」

「副作用というか意識を分けて分身するので、その分力は弱くなります」


「そうですか……大変興味深いです。これって私にも出来ます?」

「先生なら練習すれば多分……」

「練習ですか……」


そう呟きながらアニスは腕を組みつつ顎に手を当てて何やら考えていた。


「あの、先生……」


「あっ、すいません。忙しい時、便利そうだなと思って……えっと、地下の術者でしたね。……地下は廊下の両側に牢が並んだ作りになっています。その廊下に等間隔で見張りが立っています。異常を察知すれば術を使って奴隷達を殺害するかもしれませんので、やるなら一斉に倒して下さい」


「分かりました。じゃあ二人はここで待っていて下さい。終わったら呼びますから」

「お気を付けて」

「油断すんなよルシア」

「うん」


ルシア達は二人に頷きを返し地下への階段を降りた。

姿を消し地下の廊下を覗き込む。


アニスの言葉通り幅二メートル程の石造りの廊下には鉄格子の牢が両側に並んでいた。

中にいる奴隷達は栄養状態が良くないのか痩せていた。

全員牢屋の中の木の寝台に身を横たえ眠っている。


廊下にはランプの灯りに照らされて鈍く光る、鎧を着こんだ見張りの姿が見える。

鉄の鎧に鉄兜、鉄と皮で全身を覆った甲冑は確かに針を通しそうに無い。


“心臓を止めて失神させましょう”

“フォルハが言ってた様に殺すと面倒だから、やり過ぎない様に気を付けて”

““了解””


分けた意識の間でやるべき事を確認する。

ルシア達は頷き合い、それぞれの目標の近くへ、その身を躍らせた。

術者は全員人間である様で、メルの様な鋭敏な近くは持ち合わせてはいないようだ。


オリジナルのルシアは目の前の男を観察した。

鎧を着こんだ姿は、術者つまりルシアが想像していた魔法使いと言うよりは、戦士、騎士と言った方がしっくりくる。

この世界における術者の認識を改める必要がありそうだ。


そう言えばギルの兄達も優秀な術者であり騎士だったな。

そう思いつつスッと右手を上げる。

シンクロした様に分身たちも全く同じ動きを見せた。


“いくよ!”


右手を握り男の心臓を力を使って締め上げる。


「グッ……クハッ……」


男は胸を押さえ苦しそうに喘ぐと膝を突き倒れた。

横を見れば廊下には同様の状態で見張り達が倒れていた。

音はわずかで牢の中の奴隷達は眠ったままの様だ。


“ミッションコンプリート!それじゃあ集合!”

“““はーい”””


集まってきた分身がオリジナルに重なり合う様に同化する。


「ふぅ、意外と楽勝だったわね……」

「おかしな気配を感じて来てみれば……」

「えっ?」


声の方向、廊下の奥に目をやるとランプに照らされて赤い鎧を着た侍としか呼べない者が立っていた。

顔部分は髯の付いた面で覆われ表情は伺えない。


「侍?……何で侍が……」

「……某を侍と呼ぶという事はお主は日ノ本の出か?」

「日ノ本……確かに私、日本人だけど……アナタは一体?」


「拙者は伊東嗣光(いとうつぐみつ)。主を求める浪人者じゃ。今は故合って人狩り共に使われておる」

「アナタも奴隷なの?」

「情けない事にのう。さて……同郷の者、さらには女人ともなれば斬るのは本意では無いが……曲者は斬らねばならぬ。お覚悟を……」


嗣光はそう言うと腰からすらりと刀を抜き正眼に構えた。


「ちょっと待ってよ!アナタ日本人なんでしょう?」

「問答無用!」


嗣光は一気に踏み込み、ルシアを唐竹割りにした。

ルシアはそのまま左右に分かれ床に転がる。


「南無……成仏してくだされ」


右手を顔の前で立てて嗣光は黙祷をした。


「ちょっと!いきなり酷いじゃない!」

「なっ!?これは面妖な……さてはお主、妖怪変化の類じゃな?」

「妖怪でも変化でもないわよ!」


ルシアは体を浮かせ左右に分かれた胴体を合わせた。

斬られた部分が融合し一つに戻る。


「もう!痛みは無いけどビックリするんだからね!」

「クッ……異界の地でこのような妖と出会うとは……二つで死なぬなら細切れにするまで」

「ちょっと話を聞きなさいよ!?」

「きえええッ!!」


雄たけびを上げて嗣光は矢継ぎ早に刀を振るった。

横薙ぎ、袈裟斬り、刃があらゆる角度に振られ一太刀ごとにルシアの体は小さく解体される。

一呼吸でルシアをバラバラにした嗣光は、刀を血振りしてシーと息を吐きながら刃を鞘に納めた。


「許されよ。これも全て大願成就の為……」


嗣光の奇声で目を覚ました牢屋の奴隷達は、彼の蛮行に怯え鉄格子から出来るだけ離れようと部屋の隅に固まっていた。


「騒がせたな。曲者は始末した故、ゆるりと眠るがよい」


嗣光はそう言うと倒れた見張りの下へ足を進めた。

その足を何かが止める。


見れば小指程の小さな人が彼の足に無数に取りついていた。


「何じゃこれは!?気色の悪い!!」


嗣光は払い落とそうとするが、小人は払っても払っても無数に沸いて彼の体を登ってくる。


「ひぃいい……そっ、某、虫は苦手じゃ……」

「誰が虫よ!!話を聞きなさいよ馬鹿侍!!」

「止めよ!!クッ、首元を這うでない!!」


日本の甲冑は西洋の物に比べ隙間が多い。

それが嗣光には災いした。

鎧の隙間から袴の中に入り込んだルシアは嗣光の太腿を這い回り、兜の下の首筋を引っ掻く。


「ふがぁぁああ!!こっ、これ以上は耐えられぬ!!この上は!!」


嗣光は刀を抜くと首筋に沿わせた。


「何やってるのよ!?」

「もっ、もはやこれまで!!」

「もう!!」


小さなルシアは嗣光から離れ一つに戻った。

力を使い刀を奪う。


「あっ!?」

「簡単に自殺しようとしないでよ!」

「かっ、返して下され!!」


「もう自殺しない?」

「……もう自害はいたさぬ。某の負けじゃ妖怪殿。……頼む、刀を。この通りじゃ」


嗣光はルシアの前に膝を突き、両手を床につけると深く頭を下げた。

所謂土下座だ。


「妖怪じゃないし……刀は返してあげるから頭を上げて頂戴」

「おお、かたじけない。……その刀は異界に持ち込めた数少ない物なのじゃ」


ルシアがフヨフヨと刀を嗣光の前に浮かべると、彼は両手でそれを受け取り鞘に納めた。


「ふう、情けを掛けて頂き感謝いたす。されどこれ以上の狼藉はご容赦頂きたい。見逃す故、立ち去っていただけぬだろうか?」

「これ以上何もせずに帰れって事?」

「左様。負けた身で厚かましい願いなれどお聞き入れ頂きたく……」


嗣光は再度ルシアに頭を下げた。


「アナタが此処を守ってるのは奴隷紋の所為?」

「いかにも……刻まれた(まじな)いが某を人狩り達の下僕に落としておりもうす」

「それ、消してあげようか?」


「誠か!?……某をこの異界に呼んだこりるなる老人に一太刀浴びせるまではと生き延びておったが……」

「こりる?……もしかしてコリン?」

「ご存知か!?」


嗣光はガバッと顔を上げてルシアを見上げた。

どうやら嗣光を呼んだのは宰相のコリンのようだ。


しかし、彼はコスプレでは無く本物の武士に見える。

ルシアとタカシを飲み込んだあの球体は時間も飛び越えるのだろうか。


「……私もそのコリンってクソジジイにこの世界に呼ばれたのよ」

「そうであったか……その言い様であればお主も彼奴の願いを断ったのじゃな?」

「えっと、伊藤嗣光さんでいいのよね?」


「うむ」

「じゃあ、伊藤さんも断ったの?」

「左様。いかに異形といえど、童を手に掛ける輩に貸す手は某持っておらぬ故。きっぱりと断ってこの様じゃ」


コリンは嗣光を呼んだ時も子供を犠牲にした様だ。

吹き出しそうになる怒りを深呼吸をして抑える。


「ふう……ねぇ、伊藤さん。私と一緒にコリンに復讐しない?」

「復讐?それは願ってもない誘いじゃが、彼奴はこの国の重鎮であろう?いかに妖怪殿でも……」

「だから妖怪じゃないってば、私はルシア。分かりやすく言うと幽霊よ」

「なるほど、幽霊もまた見た事はないが細切れにすると虫の如く変わるのじゃな。次からは気を付けるとしよう」

「虫じゃないわよ。……確かに元のアイデアは虫だったけどさ……」


ルシアが先ほど嗣光に行ったのは自らを無数に分け人に集る技だ。

難点は殆ど力を使えなくなる事だが、虫嫌いの女の子にはとりわけ効果が高かった。


ルシアはこれを大学教授が古代の遺産を巡って戦う冒険映画から思いついた。

映画を思い浮かべながら、あの教授もいい加減滅茶苦茶だったなと懐かしく思い出す。


「して、るしあ殿、某の呪い、誠にどうにか出来るのか?」

「ええ、奴隷紋なら多分消せるわ」

「では是非ともお願いしたい。人狩り共の用心棒等やりとうは無かったが、逃げ出そうにも痛みが酷く走る事もままならぬでな」


「オッケー。じゃあ奴隷紋を見せて」

「おっけー?……先程からお主は稀に分からぬ言葉を使うのう。幽霊の言葉か?」

「……説明は後でするからさっさと奴隷紋を見せなさい」


「……うむ」


嗣光はルシアの妙な迫力に圧され素直に従った。

髯の付いた面頬を取り兜を外す。

その顔は予想外に若く二十代前半に見えた。

黒髪黒目の細目の純日本人といった雰囲気だ。


その彼の右頬に赤黒く光る紋様が刻まれていた。


「これを顔に刻まれたお蔭で、逃げてもすぐにこの身が奴隷と知れてな。痛みに耐え身を隠す事も出来ぬのじゃ」


ブラック達は胸に刻まれていたが顔か。

これは確かに隠し辛いだろう。

布で覆うにしてもそれはそれで目立ちそうだ。


「頬っぺたか……ちょっと照れるわね」

「なんぞ申したか?」

「なんでもない」


ルシアは彼の横に膝を突くと、頭を抱え頬に口づけをした。


「なッ!?るしあ殿何を……冷たい!?」

「じっとしてて」

「クッ、なんと破廉恥な……」


嗣光は結構純情のようで、耳まで真っ赤に染めていた。

奴隷紋を消して彼から離れると、嗣光はフーと大きく息を吐いた。


「るしあ殿、もしやその方、女の色香で以って男の生気を啜る類では無かろうな?」

「……伊藤さん。助けてあげたのにそれは無いんじゃない?」

「此れはしたり……あい済まぬ。昔、物の本で読んだものでな……ふむ、確かに呪いの気配が消えておる。かたじけない」


「ふう、上手くいって良かったわ。それじゃあ伊藤さん、私はやる事があるから」

「……ここの者達を逃がすおつもりか?」

「ええ、アナタはこのまま逃げればいいわ。今なら上の人は眠っているから……そうだ、上にいる二人は仲間だから斬らないでね」


嗣光はルシアを見上げると、彼女の前で片膝を突き頭を垂れた。


「恩を返さず去るなど出来申さぬ。るしあ殿、某にもお主の仕事を手伝わして下され」

「いいの?私に協力するって事は、面と向かってこの国に楯突く事になるわよ?」

「国に……それこそ望む所。某、あのこりるを斬る為に生き恥を晒して来た身。喜んでお手伝いさせていただく」

「……精霊の次は侍……なんだかRPGみたくなってきたわね」

「ああるぴいじい?なんであろうかそれは?」


首を捻る嗣光を見て、ルシアは苦笑を浮かべた。

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