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悪霊の国  作者: 田中
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全ては恐怖の為に

高い塀で囲まれた石造りの二階建て屋敷だった。

ただ屋敷と言っても華美な所は全く無く、囲った塀の出入り口は正面の鉄で出来た扉だけ。

屋敷自体も生活の匂いは余り無く無機質な感じで、土がむき出しの庭には箱型の馬車が二十台ほど並べられている。

その庭には見張り台が設置され、皮鎧を着て弩を持った見張りが松明で照らされた敷地を監視していた。


建物を見たルシアの感想は一言で言えば監獄だった。

上空から眼下の屋敷を見下ろしていたルシアは、隣にいたアニスに声を掛けた。


「先生大丈夫ですか?」

「だっ、大丈夫です。……空を飛ぶってこんな不安な気分なんですねぇ……」


アニスは高い所が苦手な様で語尾が少し震えていた。


「せっ、先生、大丈夫ですよ。俺が付いてますから」


テリーが親指を立ててアニスに強張った笑みを向ける。


「アナタも私の力で浮いてるだけでしょ」


現在、ルシア達三人は奴隷達が収容されているという屋敷の上に来ていた。

アニスの話では、ここはリベットに拠点を置くガリア商会という人狩りが持つ施設の一つらしい。

ただ、ここはあくまで収容施設で窓口は商業区画に店を構えているそうだ。


基本的にはニーズに合わせた奴隷を店側に連れて行くみたいだが、大量購入の際にはここで顔見せする事もあるらしい。

憶測が多いのはアニス自身、余り詳しい事は知らない為だった。

だが基本的に奴隷は地下に収容されているそうだ。


「ここはメルが言ってた場所とは違うみたい……」


この施設は領主の城からは遠く、メルが見たという趣味の悪い塔は見る事が出来そうになかった。


「この街には人狩りの組織が幾つかありますから……きっとメルちゃんは別の組織に捕まったのでしょう」

「……この街もいずれ私が頂いてやるわ」

「ルシア、街を頂く云々はひとまず置いとけ。まずはメルのお産が分かる人だ」

「分かってる」

「頼むぜ。お前、カッとなるとすぐ暴走するからな。昼間だって……」


そう話したテリーの頭には包帯が巻かれている。

有りか無しかの話をしたテリーのオデコをルシアは力を使って弾いた。

むくれたルシアはテリーを治療する事は無く、アニスが治療を施していた。


「あれはアナタが悪いんでしょう?」

「ホントの事言っただけじゃねぇか……」

「喧嘩は駄目ですよ」


パンパンと小さく手を叩いてアニスは二人を止めた。

彼女の言葉でルシアとテリー、二人の間の空気が少し緩んだ物に変わった。

穏やかな彼女の声を聞いていると、心が落ち着いて来る様な気がする。

精霊と呼ばれる者の力か、それとも年の功という奴だろうか……。


「先生……」

「……昼間は悪かったよ」

「テリー……私もやり過ぎたわ」


「へへッ」

「フフッ」

「はいはい、二人が仲良しなのはよく分かりましたから、とにかく見張りを眠らせましょう?」


ニッコリ笑ってアニスはルシアを促した。


「分かりました」


ルシアは気を取り直して、手にした液体の入った瓶から小さな針を取り出した。

針には瓶の中の液体が付着している。


「狙うのは首元でお願いします。その方が薬の回りが早いですから」

「了解です」


見張り台は小さく監視は一人しかいないが、見張り台自体は等間隔で並んでいる。

また敷地内にも循環している者の姿が見えた。

監視は全部で十名程。

あまり時間を掛ければ気付かれてしまうだろう。


「やります」


力を使い見張りの数だけ針を浮かせる。

アニスの説明では液体は強力な麻酔薬で、かなり濃度を高めているので少し体内に入っただけで人を昏倒させられるらしい。

本来は槍や矢じりに塗って魔獣等に使うそうだ。


説明を聞いたルシアは人に使うのは危険ではと考えたが相手は人狩りだ。

少しぐらい乱暴でもかまわないだろう。


両手を弾く様に広げると、針は意思を持ったように見張りの首目掛けて飛んだ。

針は次々と見張りの首に突き立ち、ほぼ同時に見張りを昏倒させた。


「わぁ、上手ですねぇ」

「えへへ、いっぱい練習したので」

「練習……こんな物騒な技、何に使ってたんだよ?」


「ん?コンパスとかペンとか尖った物を、逃げ惑った人にギリギリ当てない様に顔の横に突き立てるとかかな?」

「怖えよ!」

「まぁ、上手くいったんだからいいじゃないですか。それより早く降りましょう。……地に足が付かないと落ち着きません」


彼女は一刻も早く地面に辿り着きたいようだ。

ルシアは改めて建物を見て、人の気配を探った。

一、二階にはそれ程人の気配は無く、気配は地下に集中しているようだ。


建物の中に動きは無く、見張りが倒れた事はまだ気づかれてはいない。

だがそれも時間の問題だろう。


正面の入り口の前にゆっくりと降り立つ。

テリーとアニスを地面に降ろすと、三人は入り口にそっと近づいた。


「正面に一人いるようです。先生どうしましょうか?」

「そうですね。作戦通り皆眠らせちゃいましょう。ノックしますからテリー君、お願いしますね」

「うっス。ああ、緊張するな」


テリーは布に液体をしみ込ませ扉の脇に待機する。


「じゃあ、いきますね」


アニスはおもむろにドアをノックした。

コンコンと分厚い木の扉が音を鳴らす。


「何だ?何かあったのか?」


内部から男の声が聞こえ足音がこちらに近づいてきた。

アニスは更にドアを叩く。


「何だよ?」


ガチャリと音を立てて扉が開き、ガッチリした男がドアを開け庭を見ようと一歩踏み出す。

テリーは男が出たところを見計らい、右手を掴み背後に回り、足を払って押さえ込むと口元に布を当てた。

男は少しの間藻掻いていたが、やがて意識を失った。


「やるじゃないテリー」

「へへッ、警備兵の捕縛術だ。お前じゃないが結構練習したからな」

「順調順調。それじゃあ、二階は私がやりますね」


アニスはそう言うと、建物の中へ進み二階へ向かう階段の中程に鉄で出来た筒を置いた。

円筒形の上部分に瓶の液体を垂らすと、アニスは小ぶりな蝋燭を取り出した。

壁のランプから蝋燭に火を灯すと、それを筒の下に開いた隙間に差し入れる。


「これで二階にいる人は眠る筈です」

「睡眠ガスですか?」


彼女の後に続いたルシアは筒を見ながら尋ねる。


「あら、難しい事を知っていますね。ガスは上に溜まりますが量は十分なので充満します。きっと朝までグッスリですよ」

「なんだよ、二人だけで分かり合ってないで俺にも説明してくれよ」

「テリー君には後でゆっくり教えてあげます。あとは一階ですね」


一階には二十名程が詰めているようだ。

恐らく見張りの交代要員だろう。

動いていない所を見ると就寝中のようだ。


「左右に別れて十名ずつ眠っているようですが、交代するなら起きて来るかも……」

「ルシアさんは凄いですね。私は精霊になっても薬を作る事しか出来ないのに」

「いやぁ、気配を感じられないと効率的に怯えさせられないので……」

「……なんかお前の能力って人を怖がらせる方に偏ってるよな?」


照れるルシアにテリーは少し引き気味に呟いた。


「役に立ってるんだからいいでしょ」

「まぁそうだけどよぉ……」


「フフッ、さぁさぁ二人ともお喋りは止めてお仕事に戻りましょう。先程のガスですが火に掛けなくても気化します。これを交代の人たちが眠っているドアの下に撒いておきましょう。ルシアさん、部屋を教えて下さい」


「分かりました。じゃあまずは右から」


その後、ルシア達は手分けして見張りの寝室に液体を撒いた。

殆ど抵抗無く進めているのはアニスの睡眠薬の力もあるが、そもそも脱走は警戒しても襲撃は想定していなかった事が原因だろう。


「さて、いよいよ地下ですが、ここからは今までの様にはいかないと思います」

「どうしてですか?」

「地下には反乱に備えて腕利きの術者が常駐していた筈です」

「針で眠らせれば……」


アニスは首を振った。


「術者は鉄の鎧を着て、四人一組で監視に当たっています。異常感じれば彼らは奴隷達を殺すかもしれません」

「殺す?だって大事な商品でしょう?」


「逃げられて自分達の手口が漏れるのを恐れているのですよ」

「そんな事で殺すんスか?」

「ここの人達は彼らからすれば最下級の商品ですから……」


アニスは唇を噛んで悔しそうに呟く。


「四人ですね」


ルシアはそう言うと前に進み出る。


「まぁ……」


一歩歩く度ルシアの姿が増していく。

最終的に彼女の姿は四人に増えていた。


「「「「四人一度に気絶させれば問題ないのでしょう?」」」」


四人のルシアはアニスを見つめそう問い掛けた。


「話には聞いてたけどホントに増えた……」

「これはビックリですね……」


余りビックリした様子も無く、アニスは口の前で手の平を広げている。


「お前さぁ、そういうのやるんなら一言言えよな」


「あら?」

「事前に分かったら」

「驚いて」

「貰えないじゃない?」


「分担して喋るな……大体味方驚かせる必要ねぇだろ……はぁ、隊長の顔が引きつってた理由が良く分かるぜ」


テリーはブラッドに似た引きつった苦笑を浮かべつつため息を吐いた。

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