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悪霊の国  作者: 田中
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誓いの盃

自身を精霊だと言ったアニスをルシアは改めて観察した。

メルは精霊を人を導く為に地上に残った魂だと言っていた。

しかし改めて彼女を見てもルシアには人としか思えなかった。


「あの、アニス先生は精霊。つまりは幽霊なんですよね?」

「ええ、そうですよ」

「……人としか思えないんですが?」

「ああそれは多分、色々飲んで食べてしているからでしょう」


ルシアと話しながらアニスはテーブルの酒瓶を手に取り栓をあけて煽った。


「ふぅ、やっぱり美味しいですねコレ」

「そんなグビグビ飲んで大丈夫なんスか?」

「それがねぇ……ちっとも酔わないから幾らでも飲めちゃうんですよ」


そう言うとアニスはお酒について説明してくれた。

彼女は人であった時からお酒は好きだったが、現在の様に飲む事は無く嗜む程度だった。

その後、精霊になった後暫くは空腹を感じる事も無かった為、何も口にしなかったが興味本位で飲んでみたら生きている時より美味しく感じたそうだ。


「なんていうんでしょうね……酒精を旨味として認識している様で、果実ジュース的な感覚なんですよね」


彼女にとってお酒は清涼飲料水と変わらないらしい。


「アナタも精霊なんでしょう?飲んでみますか?」

「えっ?でも私未成年だし……」

「フフッ、面白い事言いますね。だってアナタ雰囲気的に何十年も……」

「あわわわわ!?飲みます!!ぜひ飲ませて下さい!!」


慌てたルシアを見て、アニスは何かを含んだ笑みを浮かべ彼女を手招きした。

首を傾げながらポンポンと自分が腰かけたソファーの隣を叩くアニスの隣に座る。

ルシアが座るとアニスは彼女の耳元で口を隠しながら囁いた。


「何十年も存在してるって、あの子に知られたくないのですか?」


アニスの問い掛けでルシアは自分が慌てた理由を改めて考えた。


もしテリーにそれを知られたら、彼の態度が変わってしまうかもしれない。

急に年上を敬う様な感じになったら嫌だなと思ったのだ。


ルシアはここ二十年、タカシ以外で友人の様に話せる相手はいなかった。

それを失いたくなかった。


「……彼が変わってしまうと思うと怖くて」

「なるほど……でも多分彼は変わりませんよ。二百年以上、人を診て来た私が断言します。……たまにいるんですよね、年齢や地位、立場じゃなくて存在そのモノで人を見る人」


「そうでしょうか?」

「余計なお世話かもしれませんが、思い切って言った方がきっとスッキリしますよ」


真剣な顔で囁きあう二人を見て、テリーはソワソワしているようだった。


「あのねテリー……」

「すいません!!どんなに可愛くても俺、先生とは付き合えません!!」

「はぁ?」


「俺、町にいるエルダさんって耳長族の人が……それに遠距離恋愛はちょっと……」

「なんでアニス先生がアナタと付き合うのよ!?」

「えっ、違うの?一目惚れ的な奴じゃないの?自分の口から言うのは恥ずかしいから、ルシア経由で俺に伝えようとしたんじゃ……」


彼の頭の中は色恋の事で一杯の様だ。


「違うわよ。私が死んだのは四十年ぐらい前だって言おうと思ってたの」

「何だそっちか。俺はてっきり……えっ?四十年……ルシアお前……」


テリーは驚愕の表情でルシアを見て小さく震えている。

やはり彼も特異な存在に対して線を引くのだろうか。


「お婆ちゃんじゃん!何だよ言えよ。そうか突飛な事すんのは老化現象だったんだな。うんうん、うちの婆ちゃんも干した洗濯物を取り込まずにまた洗ったりしてたもんな」


テリーは得心いったとばかりに頷いている。


「テリー……次にお婆ちゃんって言ったら酷いわよ」

「何で?だってお前、計算したら大体六十年ぐらい生きてんだろ?」

「幽霊は歳を取らないの!私は永遠の十七歳なんだから!」

「そうですね。私も永遠の二十六歳です」


ルシアの尻馬に乗ったアニスが両手を合わせニッコリ笑う。


「クソっ。可愛い……駄目だ。俺はエルダさん一筋なんだ……」

「テリー、アナタ……」

「何だよ?年寄りだからって今更対応は変えないからな。だってお前、考え無しだし威厳とかねぇし」

「ね?言った通りでしょう?」


なんだろうか、それはそれで腹が立つ気がする。

ルシアが腕組みして頬を膨らませていると、アニスがその頬をつついた。


「そんなに膨れると可愛いお顔が台無しですよ。それで頼みって何ですか?」


ルシアは気を取り直しアニスに向き直った。


「コホン、では改めまして、私はルシアと言います。彼はテリー。……実は連れに獣人の娘がいるんですが、彼女妊娠してるんです。それで獣人のお産が分かる人を探してるんです」

「なるほど……それでギル君は私を……」


「先生は獣人を診察したりしてるんですよね?」

「ええ、私は不本意ながらも人狩り達が狩った人々の診察を行っています」

「その人たちが何処に囚われているか教えていただけませんか?」


アニスは帽子を取りそれを両手で持った。

豊かなウェーブの掛かった黒髪が流れ落ちる。


「はう!ブルネットウェーブ!」


テリーは胸を押さえソファーに倒れ込んだ。


「あらあら、大丈夫ですか?」

「はい、少しハートを撃ち抜かれただけなんで。ニカッ!」


キラッと歯を光らせながらテリーはアニスに微笑んだ。


「テリー、すこし静かにしてもらえるかしら?」

「……はい。すいません」


テリーがルシアの迫力に圧され小さくなった所で、ルシアはアニスに向き直った。


「それで先生教えてくださいますか?」

「……知ってどうするのです?無理矢理奪った所で人狩り達に追われるだけです。そんな状態でその娘が安全に子供が生めますか?」


「……実はその娘のお腹にいるのは人間とのハーフなんです」

「……それはまた珍しい」

「無事に生んでもらう為には、獣人の出産について詳しい人がどうしても必要なんです」


アニスは眉を下げて困った様にため息を吐いた。


「具体的にはどうするつもりですか?」

「えっと、私はそれなりの力を持っています。その力を使って奴隷の人たちを盗みだそうかと……」

「その力というのは?」

「建物を壊したり出来ます!鉄格子だってクシャっと壊せますよ!」


ムフンと胸を張ったルシアにアニスは首を振った。


「そんな派手な事をしたら騒ぎになってしまいます。足もつきやすいでしょう?」

「……でもメルが」

「ふぅ……しょうが無いですね。私も手を貸しましょう」

「本当ですか!?」


「私は彼らが不当に扱われて死んでいくのを見ていられなくて、今まで憤りを感じつつも治療に当たってきました。いい機会かもしれません。ただこの街にはいられなくなるでしょうから……匿っていただけます?」


ルシアは両手を合わせ嬉しそうに頷いた。


「勿論!私こう見えてデレアの領主なんですよ!」

「デレア?ここから西の小さな町ですね」


「はい、そこの領主から町を奪ったんですけど……私デレアを新しい国の基盤にしたいんです!」

「あの仰っている事が良く分からないのですが……町を奪ったという事は貴女は侵略者なのですか?」


「はい、私は力と引き換えに約束をしたんです。この歪んだ国を亡ぼすって」

「国を亡ぼす……」

「まあ、住民を皆殺しにするとかじゃなくて、誰かを虐げてる奴らをどうにかしたいだけなんですけど……」


アニスは席を離れると棚からグラスを手に取った。

それをテーブルに並べる。


「あの先生?」


アニスはその二つ置かれたグラスにテーブルの酒を注いだ。


「人間以外が虐げられる国。この三十年こんな事はおかしいと感じていました。ただ私は長く存在しただけで戦う力がなかった。いえ、力がない事を言い訳にしていたんです。これは誓いの盃です。誓って下さい。誰も虐げられない国を必ず作ると……」


グリーンの瞳が少し不安げに揺れている。

ルシアは笑みを浮かべるとグラスを手に取りそれを一気に飲み干した。


「誓います」

「フフッ、いい飲みっぷりですね。では私も」


アニスもグラスを取って同じく飲み干す。

空になったグラスを手に二人は微笑み合った。


「ルシア、平気なのか?」

「ええ、すっごく美味しかったわ」

「……先生、俺も一杯貰っていいですか?なんか仲間外れみたいで嫌なんで……」

「あら、そうですね。仲間外れは良く無いですね」


アニスはそう言うと棚から新たなグラスを取り酒を注ぐとテリーの前に置いた。


「じゃあ、頂きます。ゴクッ……ブヘッ!!ゴホゴホッ!!……あんた等こんなモンよくカパカパ飲めるな!?」

「あらあら、大変。すぐタオルを持ってきますね」


部屋から駆け出したアニスを見てテリーが呟く。


「あの先生とはやっぱり付き合えないな……」

「テリー……アナタの基準で言うと先生もお婆ちゃんよ」

「恋愛に年齢は関係無い!!要は愛せるかどうかだ!!」


「凄いわねアナタ……少し尊敬するわ……」

「ちなみにお前も無いからな。いくら可愛くてもお前は乱暴すぎる。すっぱり諦めてくれ」


ルシアは無表情でテリーを見つめ、そのまま無言で指を弾いた。

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